拡散する病
千石綾子
拡散する病
世界中にゾンビが現れ始めて一週間になる。
どこからどこからどう始まったのか憶測ばかりが飛び交い、人々はパニックに陥った。皆家に閉じこもり武器を携え息をひそめていた。また護身用にと銃が密売されはじめた。
しかしいつまでも隠れて過ごす訳にはいかない。まだゾンビの数はそう多くはないから、結局皆こぞってショッピングセンターへと食料の買い出しに行くのだ。
日本人はこんな時でもしっかりと出勤しているから買い物にも事欠かない。ただ一時的に食料が品薄になっており、今日も僕はあまり人気のない羊羹とお茶を買って帰ることにした。
TVでは各地に広がるゾンビの分布の話で持ちきりだ。映画やゲームではお馴染みだが、いざ現実となるとドラマのようにはいかない。しかもこのゾンビ、どうやら人を襲ったりはしないようだ。
ただ唸り声をあげて徘徊するだけ。そんな無害なゾンビに人々は当惑するだけだ。
ゾンビと言えば人を襲って喰らうもの。そういう常識が崩れたとき、人はどういう行動に出るのか。
注目すべきはゾンビになった者の家族の行動だ。進んでゾンビの隔離施設に送り込むか、こっそり自宅にかくまうか。
どちらもできずに遠く離れた土地に捨ててくる者もいた。
1か月後に政府はゾンビとの共生を目指す声明を発表した。ゾンビ化を一つの病気と捉え、治療法の確立と拡散防止を唱えたのだ。
これにはもちろん賛否両論の反応が起きた。
「この決定は時期尚早。もっと研究を進めて無害だと確信できてから決めるべきだ」
「ゾンビは最早人ではない。税金を無駄に使うべきではない。ゾンビは捕えて処分すべきだ」
「ゾンビ化したとはいえ元は人間だ。家族もいる。治療に力を入れる事には賛成だ」
人の数だけ意見が分かれ、紛糾した。
僕はと言えばゾンビになってしまった妻と3歳の娘を地下室にかくまいながらひっそりと暮らしていた。食べ物は相変わらず羊羹や干し芋、缶詰などばかりだったが。
彼女たちは特に暴れることもなく大人しくしてくれているので焦りなどはなかった。娘などは人間だったころに好きだった音楽をかけるとそれに合わせて踊ることもできた。ゾンビが歳をとるのかもまだ分からなかったが、このまま過ごしていけるならそれもありかと思えるようになっていた。
そんな矢先のことだった。
ゾンビが、突然狂暴化したというニュースが流れたのだ。
全てのゾンビがではない。ごく一部の事らしい。しかし人々のパニックは一気に広まった。
政府や有識者は原因が分かるまで家から出ないように、ゾンビから距離を置くようにと声を上げた。
僕は妻や娘のことを知られないように細心の注意を払っていた。
「最近奥さんと娘さん見ないね」
隣人が探るような目で尋ねてくる。
「ちょっと喧嘩して実家に帰られちゃってさ。今別居中なんだよ」
しょんぼりとしてみせると隣人はばつが悪そうに謝ってくる。
「そうか、こんな時に大変だな。食事とか良かったらいつでも食べに来いよ」
「ありがとう。お言葉に甘えて今度お邪魔するよ」
こうしてこの場はなんとか誤魔化す事が出来た。
研究機関がゾンビの生態や発生源などについて色々と突き止めた事を発表した。
人を襲うゾンビと襲わないゾンビの2種が存在すること。ゾンビ化はウィルスによるものであること。襲わないゾンビを治療する薬とワクチンは間もなく完成するということ。
襲うゾンビが生まれたのは襲わないゾンビのウィルスが何らかの理由で変異したものであること。
TVの生放送での記者会見を観ながら僕は娘とブロックで遊んでいた。妻はにこにことそれを笑って見つめている。
ノックの音がした。
「こんばんは。夕食の差し入れだよ」
隣人がシチューの入ったタッパーを持ってやってきた。僕は有難く礼を言ってそれを受け取ろうとした。しかし彼はタッパーを持ったまま固まっている。しまった。僕は気付いた。僕の後を追って来た娘を更に妻が追いかけ、隣人の前に姿を晒してしまっていた。
「待ってくれ、彼女たちは……」
僕が説明する前に、彼は腰に提げていた護身用の銃を取り出していた。僕が叫ぶと同時に彼の銃が火を放つ。娘と妻は頭に銃弾を受けて崩れ落ちた。
「ゾンビを殺してはいけません。彼らは変異したウィルスの保菌者です。殴り殺したり銃で撃ったりして流血すれば病が蔓延するばかりです。彼らから感染した人達が人を襲うゾンビになることが判明しました」
地下のTVから会見の声が響く。僕はそんな声ももう聞こえなくなり、彼の銃を奪うと彼を撃ち殺した。
もう動かなくなった娘を抱きしめて僕は誓った。僕もゾンビになって人々に復讐してやろうと。僕自身が憎しみの種になって病を拡散していくのだ。
拡散する種はこの世を埋め尽くしていくだろう。
そして娘を抱いたまま僕は人混みのショッピングセンターへと歩き出した。
了
(お題:拡散する種)
拡散する病 千石綾子 @sengoku1111
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます