しあわせは甘い方がいいよねっ。
ほねうまココノ
あやしい種のバーゲンセール。
マッド女学院・種子研究開発センターのラボラトリーに、明けても暮れても種のことしか頭にない少女、デボン・カラモピー博士が配属されて、はや四か月。
彼女は、ふと気がつけば、飛び級、飛び級、また飛び級をかさねて学院を卒業し、このマッド種子・開発分野における世界最年少記録、わずか九歳にして博士号を取得した天才少女である。
そんなカラモピー博士に、庶民は声をかけづらいらしい。
しかし、この私、クロベリッド・ムスターニャはちがう。
いようっ! カラモピー博士っ!
といった具合で、毎日フレンドリーに話しかけている。
私は、たまたま年齢が一つ上だったので、最年少記録がどうのという騒ぎには巻き込まれずに済んだ。これはカラモピー博士のおかげだ。
そんな私はいま、ペトリ皿にヒマワリの種をむきむきしながら、平穏なラボライフを満喫している。
おっと、カラモピー博士が、またも新種を完成させたようだ。
「しあわせになる種さん
ふむふむ、なるほど。前のやつは頭がよくなる種さん
「CODE3は、土に植えたら有効成分が消えちゃうから、欠陥品だぁ~ってネットでたたかれたの。だから失敗作」
果たしてそうかな? ネットの悪評など三か月もたてばみんな忘れる。そして種の性質など誰も気にしてはいない。理解もしていない。
たとえば頭がよくなる種とか、しあわせになる種とか耳にすると、多くの人が危ない薬を思い浮かべる。しかし医学の歴史をふり返って欲しい。覚えたての頃は、なんだその危ない名称の薬物はと驚いた。笑気ガスと呼ばれる麻酔薬や、アヘンから抽出されたモルヒネも、使い方や分量さえ間違わなければ、人をしあわせにすることがあるのだ。
ちなみにあの、頭がよくなる種さんCODE3は、ネット炎上の末にやたらと売れまくったため、ラボの金庫は潤ったという。センター長は「情弱ざまぁぁ――っぅひょぉ~~ぃ!! 大成功っ!!」と事務室で喜んでいた。
ん? カラモピー博士、どこか、不満な点でも?
「CODE3は、ラボの汚点だと、センター長がつぶやいてた」
いやいやいや。
センター長は、まちがいなく事務室で「大成功っ!!」と喜んでいたよ。
「汚点だと、書き込んでた。本当だよ?」
もし本当ならひどい話だ。こんな
匿名でやっていたなら死罪だ。
「うん、センター長は、匿名だったの」
えっ?
あいや待たれよ、匿名でやっていたなら、なにゆえカラモピー博士は、それを知っている?
「不適切な発言、報告ボタンをぽちっと押して、IPアドレスを開示させた。そしたら、ここの施設のプロキシと一致した。あとは学院のサーバー管理者に手伝ってもらっただけ」
うわぁ、天才にたてついてはいけない。絶対にだ。
カラモピー博士は、しあわせになる種さんCODE4を試してくれないかと、五粒ほど私に分けてくれた。
ぽりぽりぽり。
ん、おいしい、おいしい、何コレおいしい。味はスパイシーで、ゴフッ! 粉っぽくて、クッ……、むせる食感だっ。
カラモピー博士は、効能をたしかめるために質問をはじめた。
「まずは、しあわせになる種さんCODE4に、頭がよくなる種さんCODE3と似たような効能があるかどうかテストするの。では、十五世紀中頃に描かれた古文書『ヴォイニッチ手稿』に見られる植物について、その正体を三分以内に答えなさい。検索は禁止だよ?」
まってまって、いくら頭がよくなっても「古文書に載っている植物」というヒントだけでは正直きびしい。写真もないし。
「では、次の質問なの。この種さんCODE4を一袋に三六〇錠入れて、価格は一万二千八百円とします。初回出荷は、何袋にすべき?」
えーと、たしか、CODE3のときは、頭がよくなる種という、いかにも怪しげな売り文句を付けたために、まともなお店は取り扱ってくれなかった。
ネット炎上もあいまって、消費者庁からもお叱りを受けた。
とはいえ、発売から二か月のうちに、計二百万袋が、ネット上でビットコインに姿を変えた。
さて、もう少し情報がほしいところ。
CODE4の効果時間はどれくらい?
「三時間なの」
副作用など、安全面に関するサポートは?
「厚生労働省と保健所には連絡してある。いくつか食べさせたら気に入ってもらえた」
種さんCODE3みたいに、土に植えたら急成長する?
「種さんCODE4は、CODE3よりも四倍はやく育つの。あと、果実はおいしく食べられるし、種なしだよ?」
おお、種なしはうれしいね。
ところで、四倍のはやさで育つとなると、種のまま食べたときに、おなかの中でジャングルが生い茂るのでは?
「よくかんで食べたら安全なの」
仮に、飲み込んだら?
「ジャングルに……なる、かも」
ぎゅるるぅぅ~と、おなかが、うなり始めた。
うう、急に寒気もしてきた。
カラモピー博士は、あわてて種をいくつか食べてみせた。安全性をアピールしたいのだろう。
「やっぱり、種さんCODE4はおいしいの。ジャガイモやフグだって、食べ方をまちがえれば、死ぬよね?」
うん。死ぬ。
しかし、頭の良さって一体何だろう。
しあわせって一体何だろう。
もしや私は、悪魔の研究に加担しているのでは?
いやいや、種はおいしい、果実もおいしい。
つまり頭がよくなるとか、しあわせになるとか、余計なことを考えてはいけない。
まず、種がほしい人は、買って食べればスパイシーだ。
すごくシンプル。
では、果実がほしい人は、それほど需要あるの?
たった一袋購入するだけで、CODE3の四倍もはやく成長してしまう。つまり、それだけで果実はずっと食べ放題なのでは?
「抜かりはない。CODE4は、果実が平均
ほほう。
たとえば組織培養のスキル持ちで、カルスから
「ふつうの人がやっても、
なるほど。そのようなものをご家庭に、ゴホンゴホンっ。
私の意識から、ネガティブな気持ちが消えはじめた。
この種はいいものだ。
この種の価値は、CODE3の倍プッシュでもまだ弱い。
いっそのこと、もうひと声、五百万袋で手を打とう。
カラモピー博士が、ラボのマシンに生産予約を『十八億粒』と入力した。
確定ボタンをぽちり。
「はい、予約完了。でもラボにはお金がないって」
えっ。
「予約は通ったから、このままだと、ムスターニャのお給金がしばらく払えませんって」
えっ、なぜっ? なにゆえ私のお給金がっ!?
「ムスターニャ、しあわせな広告を考えてほしい」
カラモピー博士……。
「すべて売れたら、みんなしあわせ」
うるうると上目遣いでお願いしてくるカラモピー博士……。
やらねばなるまい。ただし、炎上商法はダメだっ。
「うん。わたしたちは、しあわせを拡散するの」
まったく、専門外のことに首をつっこんでしまった。
私は、カラモピー博士と『しあわせの意味』を考えはじめた。
そのうちに。
私たちは……――。
女子トークに花をさかせていった。
――たとえば、好きな人といっしょに種を植えたら恋が実るというストーリーは?
それだと、果実が奇数だったら戦争になるよ。
なら、一つは神様にささげよう。それが狩猟のならわし。
――ちょいまち、平均で三玉だから、果実が奇数になるとは限らないよ? あっ、そうだ、奇数になったら残りの一つは、いっしょに両サイドから食べちゃえば、きっとしあわせだよねっ。
そこへ、センター長が、土足で踏み込んできた。
乙女の花園へようこそ。
「君たち、マーケティングは現代の戦場だ。たとえこのラボで良質な種が生まれても、適切な土壌に届かなければ、ただのゴミクズ。いわばくたびれ損だ。ゆえに私は鳥になる、ミツバチになる。君たちラボメンのためなら実名炎上もやぶさかではない」
まったく反省の色がみえない、ゴミセンター長め。
ではこうしよう。
センター長ご自慢の庭園に、しあわせになる種さんCODE4を植えたカップルは、たとえ果実をもてあましても、センター長のご自宅に投げつけちゃえば、胸がすっきり、おかげで恋が成就するかも♪
「ま、まちなさい」
種は、適切な土壌に届かなければ、ただのゴミクズ。いわばくたびれ損だ。センター長のおかげで目が覚めた。そうだ、私たちは、この大量のCODE4を売り切るために動くのではない。
CODE4という種を通して、みなさまにしあわせを拡散することが大切なのだ。
そうでしょう、センター長。
「炎上でがんばった私にも、しあわせをおすそ分けして」
センター長、あなたはミツバチだ。
ミツバチは受粉のためによく働いた。あとのことは我々ラボメンに任せてほしい。
しあわせになる種さんCODE4は、かならず拡散させる。
約束しよう。
「体を張って私が集めたハチミツは……?」
しっかりべったり、種に塗りたくる。
私もカラモピー博士も、ほんとうは種の研究が専門だから、甘くておいしいチョコレートをカカオ豆から作ろっか♪ とか、乙女の花園で、そう決まりかけていた。
でもほら、センター長が自ら炎上を望んだわけだし、人の不幸は
決してラボメンのためではなく、誰かのためではなく、あなたのしあわせのために、甘い蜜をしぼり出して。
しあわせの裏に不幸があるけど、センター長の自作自演だけど、スパイシーな種を引き立てる甘さが、きっと拡散を助けてくれる。ほら、キレイにまとまった。ぜんぶ台無しだけど。では、締めのひとことを。
カラモピー博士、どうぞ。
「しあわせは甘い方がいいよねっ」
しあわせは甘い方がいいよねっ。 ほねうまココノ @cocono
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