おさかなさん

島 まこ

おさかなさん

おさかなさん。おさかなさん。海ですいすい泳いでる。光の差す、きらきらした青く広い海で、浜辺の近くの岩場の陰で、僕が潜れないような深くて暗い底で、のんびりぷかぷか浮かんでる。

細長い身体を左右にゆっくりくねらせて、優雅に、気ままに、ガラスの向こうで泳いでる。間近に見るその姿は、上から照らすライトを上手に反射させて、まるで生きた宝石みたいに輝いてる。

お皿の上で湯気を出してる。箸でつまんで味わうと、すぐに口の中でほどけた。旨味のギュッと詰まったその身をお腹いっぱい味わった。骨は多くて食べるのは大変だけど、その分美味しくて僕は好きだ。

おさかなさん。おさかなさん。ピンと張った糸の先に繋がれて、海を漂ってる。糸は口から伸び、明るい世界の暗い影とをむすんでる。力なく漂ったのち、明るい世界にあげられた。口には先の尖った釣り針が刺さり、ほっぺたは鮮血で軽く濡れてる。みんなは目をまんまるにして見てた。その顔は笑顔で溢れてた。

ぎゅうぎゅう詰めの中で泳いでる。すぐ隣りには別の魚がいて、ゆったり泳ぐにはこの海は狭すぎる。世界はもっと広かったはずなのに。もっと青くて明るくて暗かったはずなのに。けれど、いつのまにかこの四角い世界にいた。厚いガラスの向こうで、こっちをじっと見てる人が微かに見える。かと思えば、ちらっと見るなりすっと通り過ぎていく人もいる。時々目があって睨めっこすることもある。ここは狭いけど、退屈凌ぎにはちょうどいいのかもしれない。

釣られ、切られ、焼かれた。その上身体はバラバラに解かれ、やがて暗い部屋の中で消え失せた。あの透き通るような青く広い海の中を、力漲る身体で自由自在に、思うがままに泳ぎたかった。たどり着く先はきっと、みなが仲良く暮らす楽園だろうと信じていた。海から突然引きずり出されたあの日を、私は絶対に忘れなはしないだろう。

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