どうして彼女はそうも物騒なのか

 戦いの後、九十九刑事はストレッチャーに四肢を縛り付けられていた。相棒の須藤は近くにおらず、薄暗い部屋の中に彼女は一人きりだ。

 天井にぶら下がる無影灯の電源が入れられ、手術衣を纏った彼女の姿が照らし出される。太陽の光ではないとはいえど、ヴァンパイアであるが故に眩しい光は得意なものではない。目を瞑って悶えたところで拘束が外れることはない。やがて、せせら笑う女の声が部屋の中に木霊し始める。

 ぎらり、と光るメスを手に持った、赤縁眼鏡の女医が九十九刑事の顔を覗き込む。目鼻立ちは端正で、可愛らしいのだが、如何せん引きつった笑みが不気味過ぎる。ぞくぞくっと背中に走る悪寒をこらえながら、九十九刑事は女医に問う。


「蟹場……、どうしてお前はそうも物騒なんだ?」

「いやー、だって興奮してますもん! “侵蝕”の能力を使っただなんて、何年ぶりなんですか!? こんな可愛らしい九十九さんが翼を広げれば五メートルは優にある巨大な怪物に変身するんですよ! そんな素敵な九十九さんの身体を隅から隅までくまなく調べられるだなんてぇ~!!」


 恍惚とした表情を浮かべて身体をくねくねさせるその仕草は、変質者そのものだ。蟹場理沙かにば りさ、牙月区で起きる事件の刑事捜査において検視解剖等を担当する法医学者だ。知識も腕も確かなのだが、趣向が少し危ない。こうして九十九刑事をストレッチャーに縛り付けているのも、特に使う予定もないメスをギラつかせているのも蟹場の趣味である。


「“侵蝕”の能力を使用したことによる身体へのダメージが残っていないかを、確認してもらいたいだけなんだがな」

「まあまあ、大した異常はなかったんだから、そうカリカリしないの。それよりも……」


 血の注がれた試験管が、彼女の眼前に突き出される。不躾にも蟹場は、その血を飲んでみて欲しいと頼んできたのだ。


「藪から棒だな。先に、何から取り出した血か教えなさい。どこの馬の血・・・とも知れない物を飲む気にはなれないからね」

「えー、知らない方が身のためだと思うなー」

「いいから教えなさい」


 仕方ないなあ、と渋々受け入れた蟹場は、何か・・をシャーレからピンセットで掴み取る。それが無影灯の光に照らされて、姿が露わになった途端、九十九刑事の顔が青ざめる。

 ――錨の形をした頭を持つ、ヒルのような生物。そんなものが目の前に迫ってきたものだから、跳び上がってしまわずにはいられない。コンマ数秒後、彼女は、悲鳴を上げてストレッチャーごと横倒しになった。


「おおー、流石はヴァンパイア。馬鹿力ねえ」

「な、何!? 何なのよ、その気持ち悪いの!!」

「だーから知らない方が身のためだって言ったのに……。にしても、これが何なのか、あたしも詳しくは分かりかねているのよ。見た目はコウガイビルにそっくりなんだけどねえ、体液からヴァンパイア特有の核酸が検出されたの」

「はぁ? 冗談でしょ?」


 自分の耳を疑った。あんな、ぬめぬめした身体で這いずり回る生物が、ヴァンパイアと同じ体液成分を有しているとは、にわかには信じがたい。


「あたしも冗談と思いたいけれど、事実なんだから仕方がないわね。で、こいつから取り出した体液が、さっき見せた血ね。まあ、“ヒル”から取り出したから、もともとは九十九さんの血だったかもしれないけど」


 横倒しになってじたばたともがく彼女の前に、蟹場はしゃがみ込み、先ほどの“ヒル”から取り出した血を見せびらかす。


「有益な情報は得られると思うのよ。これ、おそらくは九十九さんのことを嗅ぎまわるために犯人が仕込んだ物と思うしね」


 蟹場の言葉は尤もだ。ここに来る直前に九十九刑事は、一連の殺人事件を起こしたと思われる怪物との激闘をくぐり抜けてきたのだ。激しい攻防の中で相手が、気づかれないようにあの“ヒル”を忍び込ませてきたことも十分に考えられる。


(あの“ヒル”は奴の分身ということか……!)


 と思いあたり、ハッとなったところで、蟹場に瞳を覗き込まれる。


「お。飲んでみる気になった?」


 いくら血生臭いものが好きなヴァンパイアであっても、彼女とて“ヒル”から絞り出した血を飲むのは気が引ける。ただ、蟹場の「有益な情報が得られるかもしれない」という言葉には思うところがあった。あの怪物との死闘の後、須藤が証拠品として口紅を回収しているが、それが目の前にある情報をみすみす逃す理由になどならないのだ。

 

 九十九刑事は、決心を固めた。


「分かった。飲むから、とりあえず拘束を解いてくれないか」

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刑事 九十九結衣はヴァンパイアなので利き血ができます。~こちら神奈川県 横須賀市 牙月区 特別犯罪課〜 津蔵坂あけび @fellow-again

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