はっしゅだーく

清泪(せいな)

かりすまどっとこむ

  スマートフォンの画面に並ぶ白い鳥のアイコンをタップすると、顔も知らぬ人々の言葉が無数に表示されて私の心の平穏が保たれる。そこは孤立とも繋がりとも呼べない異質な環境だけれども、指先一つで手にはいる安堵の世界だ。


 意味のある言葉、意味の無い罵倒。空を切る願望、地を這う懇願。


 自分に必要かどうかの取捨選択をしながら指を滑らした。流れていく有象無象。


 真偽不確かな情報と共に拡散し続ける新しいウイルスがもっぱらトレンドだ。画面に流れる文字たちだけでなく、今や各メディアでこぞってそれを取り上げる。日々変わる情報の多さにまるで他人事のように感じてしまうのは間抜けなのか、疎外感からか。


 私は世界に馴染めなかった存在だ。


 きっと、そんな言葉を思いつくのは漫画やアニメの影響なのではなく昔見たモラトリアム系の深夜ドラマのせいだろう。


 恋も仕事も無難にこなす端から見れば幸せに生きてるだろう私は三十を前にして、そんなドラマみたいにアイデンティティを見失ったのだ。


 自立出来ずにいる私は、何処にいても誰と居てもそこにあるという事に自信が持てず意味を見出だせずにいる。


 しょーもない事だ。そんな軽い捉え方をしてどうしようもない吐露を呟けば少しは気も紛れるだろう。だけどそれが望みではないことを誰よりも自分自身がわかってる。


 有象無象から同類を探しだしてもそれも慰めにもならない。ただ、同族嫌悪を抱くだけだ。


 誰かを見下したって、誰かを否定したって、誰かを拒絶したって、それが私のアイデンティティを確立する助けにはならないことはわかってる。


 わかってる。わかってはいるのだけど。


 他人の善意にすがるのも、他人の悪意につられるのも、気軽なもので。


 仕事から帰宅した午後九時、私はメイクを落としながらスマートフォンが汚れぬよう注意して有象無象の悪意を拾い上げていく。


 憂さ晴らしの副アカウント、時間潰しの裏アカウント。悪意を拾い上げ、悪意の矛先を折り曲げて、悪意を撒き散らす。


 炎上という言葉に燃やしてるなんて例えられるが、気分的にはバレないところから手榴弾を投げているつもりだ。燃えて鎮火するまでを楽しむ放火魔ではなく、粉々に無くなればいいと楽しむ爆弾魔。


 拡散した悪意、その種を拾っては爆弾にして投げていく。悪趣味だ、面白くもない趣味だ。


 何をやっているのだろうと思うときもある。幸福感も嫌悪感も抱きはしない、虚無の行為。


 こんなことをしながら私はしっかり彼氏とのLINEでは可愛い彼女を演じている。あざとくなく冷めてもいない距離感を保つ言葉を紡ぐ。無難な距離感を保っている。


 アプリを切り替えながら、感情を切り替えながら、表情はきっと何も変わらないまま、爆弾を構えた可愛い彼女をこなしていく。


 仮名ぐらいしかしらない何処かの誰かさん、さようなら。


 うん、明後日の晩なら時間大丈夫だよ。最近会えてなかったもんね。


 二役演じる人差し指が文字を入力し終わると、LINEに既読の表示がすぐ付いた。 


 待ち合わせの時間の連絡かと思っていた私は目を開いた。


『そういやさ、アレ、裏アカみたいなの止めた方がいいよ。良く無いよ、ああいうの』


 温度なんて持たないのに、先程まで続いてた会話文とは違い冷たい文字が並ぶ。


 疑問と誤魔化しと否定とを込めた文字を打たねばと人差し指を動かそうとするよりも早く次の言葉が表示される。


『ああいうのやりたくなる気持ちもわからなくも無いけどさ、ダサいと思うんだよね。俺、そういうの嫌いなんだよ』


 流れてく有象無象と同じことを彼氏が綴るのを私は無感情で眺めていた。画面が付いたままなので、きっと彼側には既読の表示が付くのだろう。


 文字を打つことを止める。アプリを閉じた。


 深呼吸を一つ。鼻から息を吸い、口から鬱憤を吐き出す。


 Twitterのアイコンをタップして開き直す。迷い無い操作でアカウントを消去する。何度も行った操作だから手順はわかるものの、面倒なのは変わらずだった。


 Twitterのアカウントを消去してアプリを閉じる。表も裏も全て消した。その指でLINEのアプリをタップする。


「そういうの嫌いなんだよ」


 私はゆっくりと口を開きそう言った。まるで誰か他人が、有象無象の文字列が吐き出したような言葉が、部屋の中で破裂した。


 

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はっしゅだーく 清泪(せいな) @seina35

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