3/トレロ・マ・レボロ -20 二人目のマッサージ師

「腰、いッてえ……」

 早朝から午後までぶっ通しで御者台に座っていたせいか、思いきり腰を痛めてしまった。

「おいおい、情けねえなあ」

「治癒術頼むう」

「はいよ」

 アーラーヤが俺の腰に触れ、治癒術を展開する。

 一瞬で痛みはなくなったが、疲労による腰の重みまでは取れなかった。

「……治癒術便利過ぎるな?」

「だろ? クソ便利なんだから、みんな覚えりゃいいのにな」

 あっさり言ってのけるが、剣術を扱える治癒術士なんて誰が考えても強いに決まっているのだから、当然目指す人は多いはずだ。

 にも関わらず、アーラーヤと同系統の術士は知る限り存在しない。

 この事実が何よりも雄弁な答えと言えた。

「アーラーヤサン。治癒術の習得難度ってすごい高いって聞いたケド……」

「まあ、高いは高いんじゃねえかな。でも努力でなんとでもなる範疇よ」

 そう言って、アーラーヤが豪快に笑う。

「……クロケー、どう思う?」

「アーラーヤサンだから言えるコトだと思う……」

「ヤガタニは?」

「私は治癒術を修めていないので、なんとも。ですが、奇跡級上位の剣術士が奇跡級の治癒術を使えると言うのは、努力も才能も超越した何かを感じざるを得ませんね」

 アーラーヤが呆れたように言う。

「おいおい。人をバケモンみたいに」

「人の枠内で言うなら最高レベルのバケモンだろ」

 クロケーが、ウンウンと頷く。

「その最高評価で、魔竜のルインラインとも互角に戦えりゃよかったんだけどな……」

「あれは枠外の何かだから」

 クロケーが、ウンウンと頷く。

「……?」

 雑談を交わしながら腰の周囲を撫でている俺に気付いたのか、ヤガタニが尋ねた。

「カタナさん。まだ腰が痛むのですか?」

「痛いっつーか、疲労だな。治癒術は疲労には効きが悪いんだと」

「なら、うつ伏せになってください。あれを行います」

「……あれ?」

「さすらいのマッサージ師、です!」

「おお……」

 まさか、ヤガタニがヤーエルヘルの代わりを務めてくれるとは思わなかった。

 アーラーヤがオウム返しに問い返す。

「さすらいのマッサージ師?」

「俺たちが疲れてるとき、ヤーエルヘルがそう名乗って、各部屋を回ってはマッサージしてくれたもんだよ」

「へえー、健気じゃねえの」

「せっかくだし、頼むわ」

 俺は、客車の床にうつ伏せに寝そべった。

「それでは」

 ヤガタニが俺の太股の上に座り、腰をぐいぐい押してくれる。

「気持ちいいですか?」

「……ああ、こりゃいいわ。極楽だ」

「ヤーエルヘルの動きはラーニング済みですので」

 効く。

 本当に、効くよ。

 プルは無情にも連れて行かれ、ヘレジナは意識不明となり、ヤーエルヘルはヤガタニの中で眠りについている。

 俺が大好きな三人は、俺を好きでいてくれた三人は、今はもう話すこともできない。

 ヤガタニは、そんな俺の気持ちを汲んでくれているのだろう。

「ありがとう、な」

「……いいんです。このくらい、させてください」

 俺とヤガタニの様子を見ていたアーラーヤが、ふとクロケーを呼んだ。

「──おい、クロケー。師匠の腰揉めって言ったら揉んでくれるか?」

「モチろん!」

「おお、素直だ。いっちょ頼むわ。なんか羨ましくなってきてよ」

「ジャア、横になって」

「あいよ」

 何故か、アーラーヤと横並びになってマッサージを受けることになってしまった。

 そっくり同じ姿勢でマッサージを受けるアーラーヤを見て、思わず吹き出した。

「若い子に腰揉ませるオッサン二人の図って、すげえ嫌だな」

「へっ、三十路で何がオッサンよ。この道には、まだまだ先があるんだぜ。加齢臭が出てからが本番よ」

「十年後、こええんだけど……」

「……お前が四十のとき、俺は五十路も越えてんのか」

 怖すぎる。

「よ、よし! この話題はやめよう!」

「……だな!」

 ヤガタニ式マッサージを三十分ほど受けると、腰はだいぶ軽くなっていた。

 皮肉なことに、ヤガタニは、ヤーエルヘルよりマッサージが上手いようだった。

 この事実はヤーエルヘルに伝えず、墓まで持って行こう。

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