3/トレロ・マ・レボロ -18 ヤガタニ
「……プルを、助ける。それが、たぶん、いちばん早い」
「そうだな。俺もそう思う」
ヤーエルヘルが言う。
「いずれにしても、プルさんを放ってはおけない。このままでは処刑されてしまうから。二兎を追うと言うのであれば、それしかありません。もっとも、今すぐに追い掛けるのはおすすめできませんが」
わかっている。
魔竜と化したルインラインがプルを連れている以上、無策で突っ込むのは蛮勇以外の何物でもない。
「──…………」
俺は、三人の顔をゆっくりと見つめた。
「アーラーヤ。クロケー。……そして、たぶん、ヤーエルヘル。俺を助けてくれ。俺の、大切な人たちを、一緒に助けてくれ」
アーラーヤが、ニヤリと笑ってみせた。
「当然だ。死にそうな仲間を放っておけるような人間じゃないんだわ、俺」
思わず笑みがこぼれる。
「……ああ。アーラーヤはそう言ってくれると思ったよ」
クロケーが、決意の籠もった瞳で言う。
「オレも行く! 今は、一人デモ味方が欲しいだろ。オレは未熟だ。デモ、たとえ未熟だって、できるコトはゼロじゃない!」
嗚呼。
お前がいてくれてよかったよ、クロケー。
「ありがとう。一緒に行こう」
「アア!」
「──…………」
オレは、ヤーエルヘルの姿をした彼女を見つめた。
「名が必要なら、ヤガタニとお呼びください」
「ヤガタニ──って、ヤーエルヘルの姓?」
「姓ではないのです。私とあの子は表裏一体の存在。ヤーエルヘルともヤガタニとも呼ばれていたから、あの子が勘違いしただけ。外見では、どちらかわかりませんからね」
「そうなのか……」
「あの子は、今、ヘレジナさんが亡くなりかけたことにショックを受け、私の中で眠りについています。ネルさんのときと同じですが、前回の比ではありません。ヘレジナさんとは、何ヶ月も旅を共にしてきました。このままヘレジナさんが亡くなるようなことがあれば、永遠に眠り続ける可能性もあるでしょう」
「ナナイロのときは、どうだったんだ?」
「あのときの悲しみも、今回と大きく変わりはしません。ですが、ショックではなかった。ナナさんが死を受け入れていたから。あの子は、納得して、ナナさんを見送ったのです」
「……そっか」
ヘレジナをナナイロの元へ行かせるわけにはいかない。
なんとしてでも救わなければ。
「とイウか、ヤガタニ。ヤーエルヘルとお前って、何者なんだ……?」
クロケーの素朴な疑問に、ヤガタニが答える。
「私は──」
そのとき、ノイズが走った。
「 。 は です」
不自然なノイズに遮られて、何も聞こえなかった。
「……今、なんて言った?」
「でしょうね」
ヤガタニが溜め息をつく。
「認識にロックが掛かっています。私とヤーエルヘルが何者であるか。それを知ることは、世界法則で不可能とされているのです。手を離せばリンゴが落ちる。壁を素通りすることはできない。それらと同じことです」
アーラーヤが眉根を寄せた。
「おいおい、やべえこと言ってねえか……?」
「ただし──」
ヤガタニが視線を明後日の方向へ向ける。
それは、東だった。
「アルクハルヴァ神殿。私たちが長い時間を過ごしたあの神殿であれば、ある程度法則が緩和できます。神殿内では時間を操作できますから、ヘレジナさんの死までの猶予を稼ぐことも可能です。今は、そちらへ向かいましょう」
「アルクハルヴァ、……神殿」
ハルヴァ。
街でも村でもなかったのだから、見つからなくて当然だ。
「場所はわかるか?」
「はい。おおよそは」
「わかった」
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「アーラーヤ。ヘレジナを背負わせてくれないか。俺が運びたいんだ」
「ああ、了解。ヘレジナだって、お前の背中がいいだろうよ」
アーラーヤの協力を得て、ヘレジナをおんぶする。
みしり、と、折れた鎖骨と肋骨が悲鳴を上げた。
「づッ!」
だが、軽い。
この華奢な体で、あれほどの強さを誇っていたのだ。
「……カタナ。お前、どっか痛めてんのか?」
「たぶん、骨が数本折れてる」
「馬鹿野郎! すぐに言え!」
アーラーヤが、すぐさま治癒術をかけてくれる。
だが、ヘレジナを下ろす気にはなれなかった。
アーラーヤに礼を言い、歩き出す。
「──行こう。アルクハルヴァ神殿へ」
「アア!」
「おう!」
「はい」
徒歩で預かり所へと戻る。
マウダンテトの各所で破壊音と銃声が響き渡っており、住民たちは逃げたのか、街に人の気配はなかった。
「──…………」
神殿へ向かう。
そう決意しても、あの子のことが脳裏をよぎる。
この音の先に、プルがいる。
もしルインラインを打ち斃すことができれば、その場でプルを取り返すことができるのだ。
俺は、未練を断ち切るように首を振った。
不可能だ。
今の俺たちの手札では、どう足掻いてもルインラインに勝つことはできない。
犬死にするのがせいぜいだ。
恐らく、あの魔竜と戦うという選択肢自体が、そもそも間違いなのだろう。
ならば、どうすべきか。
その展望は、まだ見えない。
従業員のいない預かり所で、騎竜を騎竜車へと繋げる。
俺は、騎竜の手綱を引き絞り、打った。
向かうはアルクハルヴァ神殿。
プルを取り戻す。
そして、ヘレジナを目覚めさせる。
──絶対に。
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