3/トレロ・マ・レボロ -16 主神級

「……ルインラインは死んだ。お前ら、何をしやがったッ!」

 背後のアイヴィルが、得意げに言った。

「銀琴、だよ。あれは、ただ光の矢を放つ魔術具じゃあない。パレ・ハラドナの学士がハサイ楽書を読み解いてわかった。あれは」

 にやり、と。

 アイヴィルが片方の口角を吊り上げる。

「どんな材料からでも魔獣や竜種を造り出す魔術具だ」

「──…………」

 もしかして。

 もしかして。

 可能性が脳裏をよぎる。

 それしか考えられなくなってしまう。

「……ルインラインの死体に銀琴を使ったのか」

 ハルユラが、小さく拍手をした。

「すごいわね、鵜堂 形無。正解です」

「死者を冒涜しおって……ッ!」

「殺した貴方たちに言われても、何も響かないわね」

「……それ、は」

 その通りだった。

 正当防衛とて、自刃とて、俺たちがルインラインを死へと導いたことは確かなのだから。

「ねえ、興味はない?」

「興味、……でしか?」

「ええ。世界一の剣術士であり、地竜の血を継いだルインラインが完全なる竜種になったら、どれほどの強さを誇るのか」

「──…………」

 喉が鳴る。

「わたしは、今の彼のことをこう呼んでる」

 ハルユラが、とっておきの内緒話をするように声をひそめる。

「──主神級、魔竜ルインライン」

「主神級、だと……?」

「陪神なんかでは彼を表現しきれないもの。エル=タナエルと並び立つ主神級と表す以外にないでしょう?」

 今の言葉を聞いたら、ルインラインは喜ぶだろうか。

 それとも、エル=タナエルへの侮辱と捉えて怒るだろうか。

 その答えは、永遠にわからない。

 ハルユラの傀儡となり、死体すら操り人形にされた彼が口を利くことは、恐らく二度とないだろうから。

「さあ、デモンストレーションを行いましょう。そして、これは、トレロ・マ・レボロへの降伏勧告でもある」

「ナッ! ナニをする気だ!」

 ハルユラは、クロケーを無視して言った。

「魔竜ルインライン。あの城を斬って」

「……は?」

 アーラーヤが間の抜けた声を上げた。

 だが、俺たちは知っている。

 雲をすら両断する彼の遠当ての威力と射程を。

 元のルインラインであれば、あるいは切断までには至らなかったかもしれない。

 だが、今の魔竜であれば?

「やめろォ──ッ!」

 ルインラインへ向けて駆け出そうとした俺の前に、アイヴィルが立ちはだかった。

「まあ、素直に見ておけよ。城斬りなど、二度とお目にはかかれまい」

 ルインラインが腰の剣を抜いた。

 それは、何の変哲もないただの長剣であるように見えた。


「──……ッ!」


 呼気と共に、長剣が振り下ろされる。

 同時に、ヤーエルヘルの開孔術級の爆風が俺たちを襲った。

 不可視のはずの剣閃が、不思議と金色に輝いている。


「ぐ……ッ」

 俺は、プルを抱えると、ハルユラたちから距離を取った。

 遠当て。

 魔力マナを飛ばす技術。

 ただそれだけの、シンプルな技だ。


 俺たちは、見た。


 視線の先で、

 数キロ先にあると思しき巨大な古城が、

 斜めにずれて崩れ始めていた。


 トレロ・マ・レボロの象徴。

 それが、たった今、まばたきにも満たない時間で失われたのだった。

 アーラーヤが呆然と呟く。

「……めちゃくちゃしやがる」

 ハルユラが満足そうに口を開いた。

「わたしたちは、マウダンテトをもうすこし壊してから、パレ・ハラドナへと凱旋するね」

 その蛮行は、俺たちには止められない。

 俺たちは、無力だった。

「プルクトは連れて行く。偽の皇巫女の死と共に、本物の皇巫女であるわたしが名乗りを上げる。それが、わたしの目的だもの」

「させると思うか?」

「止められると思うの?」

「男の子は理屈じゃないんでね」

 アイヴィルが、ハルユラとルインラインの前に立つ。

「ハルユラ様。ここは僕に」

「──…………」

 ハルユラが片眉を上げ、ルインラインと共に数歩下がった。

 ヘレジナが冷静に口を開く。

「……クロケー、頼む。プルさまとヤーエルヘルを守ってくれ」

「ア、アア!」

「カタナ。アーラーヤ。アイヴィルは私が斃す。それを確認した瞬間、師匠へ攻撃を仕掛けろ。三人同時に畳み掛ける」

「わかった」

「あいよ」

 俺は、ポケットから灰燼術の義術具を取り出し、右手に装着した。

 準備は万端だ。

「──ほう。お前如きが僕を斃すと? 以前、二人掛かりでようやく互角だったことを忘れたのか?」

「幸い、師に恵まれてな」

「では」

 アイヴィルが、懐から、十センチほどしか刃のない小刀を取り出す。

 以前にも見た武器だ。

「死ね、青二才」

「──…………」

 俺は、神眼を発動した。

 どのタイミングであっても、即座にルインラインに仕掛けられるように。

 アイヴィルが、ある程度の距離から、縦斬りの遠当てでヘレジナを狙う。

 ヘレジナは、それを、放たれる前から避けていた。

 一瞬でアイヴィルの懐へ入る。

「ッ!」

 アイヴィルが、ヘレジナとの距離を取ろうと、僅かに後ろに跳躍した。

 そう。

 足を、地面から離してしまった。

 ヘレジナは理で以て刃を振るっている。

 相手の予備動作から算出される高精度の予測によって、かつて自分がルインラインにされたような〈刃を置いておく〉という戦い方すらできるようになっていた。

 そう。

 この流れはすべて、ヘレジナの想定通りだ。

 つまり──

 アイヴィルが跳躍する前から動き始めていたヘレジナが、その背後に悠々と回り込む。

 その際、まばたき一つで見逃してしまうような一瞬で、アイヴィルの左右の頸動脈を深々と正確に両断していた。

「が、……ッ!?」

 アイヴィルの血液が溢れ出す前に、俺とアーラーヤは走り出していた。

 こうなることはわかりきっていた。

 アイヴィル=アクスヴィルロードは既に、ヘレジナの足元にも及ばない相手だったからだ。

「──四刀流」

 アーラーヤが、ルインラインとの距離を縮めながら、小声で呟き二本の短剣を放る。

 短剣は、アーラーヤの両肩の上でピタリと止まった。

 そして、左右の鞘から長剣を抜き放ち、告げる。

「絶技に散れ」

 一瞬後、不可避の十六連撃がルインラインを襲うだろう。

 俺もまた、神剣を握る右手の人差し指と小指を立てた。


 ──キュボッ!


 灰燼術の義術具によって白き刃を成し、ルインラインへ向けて上段から振り下ろす。

 燕双閃・自在の型。

 不可避の一撃。

 灰燼術によって創り出された六千度の刃は、ルインラインの竜鱗がどれほどの硬度を、あるいは耐熱性を持っていたとしても、必ずそれを貫くだろう。

 そして、ヘレジナがいる。

 相手が生前のルインラインであれば、勝てはしなくとも、彼に本気を出させることすらできただろう。

 少なくとも、勝負には持ち込めたはずだ。

 主神級、魔竜ルインライン。

 たとえどれほどの強さを誇っていたとしても、奇跡級上位の三人が同時に仕掛ければ、傷の一つは負わせられる。

 否、負わせてみせる。


 そう、思っていた。

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