3/トレロ・マ・レボロ -13 主従サンド

 首都マウダンテトへの道のりを三分の一ほど踏破し、俺は早めに就寝することにした。

 ヘレジナとの話し合いで、明日、俺が御者をすることに決まったからだ。

 騎竜車の一階で、皆が雑談を交わす声が聞こえてくる。

 俺は、なんとなく、子供の頃の盆や正月のことを思い出していた。

 両親や親戚が酒盛りをしているときに、自室のベッドで聞き耳を立てる。

 遅くまで起きていたいのに早く寝かされる不満と、誰かの気配がする安心感。

 そんな、かすかな記憶があった。

 しばらくして、まどろみに身を任せ始めた頃に、俺のベッドにもぞもぞと入ってくる誰かがいた。

 ヤーエルヘルだろう。

 俺は、ヤーエルヘルが腕の中へと入ってくるのを待ち、そっと抱き締めた。

「……!」

 吐息が聞こえる。

 体温が高い。

 秋の前節に入り、気温はぐっと下がり始めている。

 ヤーエルヘルの温かさは、眠りにつくのにちょうどよかった。

 そのまま意識を沈めていく。

 御者は、座りっぱなしであるにも関わらず、案外体力を使う。

 今のうちに体を休めて、明日に備えなければなるまい。

 薄れつつある意識で、俺は、そんなことを考えていた。


 ──がばッ!


 物音と共に、肌寒さを覚える。

「んが……」

 唐突な出来事に、ぱちりと目を開く。

 一瞬、焦点が合わず、視界がぼやけていた。

 数秒ほどして、ようやくピントが合う。

 ハッキリした視界の中で、ヘレジナが俺の掛け布団を持って立っていた。

 その表情は、驚きと困惑に満ちているように見えた。

「……ヘレジナ、どした?」

 不穏なものを感じながら、問う。

「カタナ……」

 あからさまに呆れた口調で、ヘレジナが言った。

「お前の腕の中にいるのは、誰だ?」

「……は?」

 ヤーエルヘルに決まっている。

 そのはずだ。

 だが、ようやく違和感に気が付いた。

 匂いが違う。

 ヤーエルヘルは爽やかな干し草の香りがするのに対し、現在進行形で抱き締めている相手は、まるでバニラやミルクのような甘ったるい香りがしていた。

「──…………」

 恐る恐る、腕の中を見る。

 相手が、こちらを振り向いた。

「お、……おはよ……?」

 プルだった。

「お前……」

 相手がプルだと気が付いた途端、俺の心臓が早鐘を打ち始めた。

「……だ、だって! ヤーエルヘルのこと、う、羨ましいなって思ってて! で、で、でも、すぐ出ようと思った、……んだよ? そしたら、かたなが、だ、抱き締めるから……」

「人のせいにするんじゃありません」

 上体を起こし、プルの背中を押していく。

「わあ!」

「ほれ、自分のベッドに戻れい!」

「うう……」

 プルが、名残惜しげに俺のベッドから降りた。

「プルさま、戯れが過ぎますよ」

「ご、ごめんなさい……」

「ふう」

 ヘレジナが、ごく自然に俺のベッドに腰掛ける。

「……?」

 そして、プルの行動を再現するかのように、俺の隣で丸くなった。

「ヘレジナさん……?」

「ほら、布団を掛け直して抱き締めるのだ」

「何言ってんの」

「だ、だって、ずるいであろう! 私とて我慢しておったのだ! 私だけ仲間はずれにするつもりか!」

「──…………」

 ヤーエルヘルやプルならばともかく、二十八歳のヘレジナと同じ布団で寝るとなれば、さすがに意味合いが変わってくるぞ。

 俺は、思わずプルに視線で助けを求めた。

「……そ、そうだよね。ヘレジナだけ、か、かたなとねれないの、さみしいよね……」

「はい……」

 駄目だった。

「ああ、もう……」

 俺は、痒くもない後頭部をボリボリと掻いたあと、枕に側頭部を預けた。

 そして、ヘレジナの矮躯を背後から抱き締める。

「わ、……わっ」

「五分だけだぞ」

「──…………」

 ヘレジナの顔は見えないが、首筋まで真っ赤になっている。

 そこまで照れられると、こちらまで恥ずかしくなってくる。

「う、うんしょ、……と」

 プルが、ベッドの反対側へと周り、掛け布団をめくった。

「……プルさん?」

 そして、もぞもぞと布団の中へ入り、俺の背中を抱き締める。

「プルさん……!」

「え、……えへへ。主従サンド……」

「──…………」

 あ、ヤバい。

 なんとか腰を引き、ブツがヘレジナのおしりに触れないようにする。

 こればかりは不可抗力だ。

 不可抗力ではあるが、バレるわけにはいかない。

「ご、五分で出ろよ!」

「はあい……」

「──…………」

 ヘレジナは、抱き締めた瞬間から完全に硬直しており、言葉を返すことはなかった。

「ず、……ずっと、ね? ヤーエルヘルが、ず、ずるいなって、思ってたの」

「……いや、ほら。ヤーエルヘルは、なあ?」

「子供、……じゃない、よ、よね?」

「──…………」

 それは、確かにその通りだ。

 見た目と言動で忘れがちだが、ヤーエルヘルは少なくとも三十歳を越えている。

 俺たち四人の中で最も年上なのだ。

 もしかすると、アーラーヤより長く生きている可能性すらある。

「……深く考えてなかったな」

「だ、……だから! じゅ、順番にしよう!」

「──…………」

 嫌な予感がする。

「か、かたなと寝るの、順番。今日は、わ、わたしで、明日はヘレジナ。明後日は、ヤーエルヘル……」

「……マジで言ってる?」

「お、おおまじ……」

「大マジでしたか……」

 正直、嬉しい。

 そりゃ嬉しいさ。

 だが、それ以上に危なかった。

 外見も印象も子供に近いヤーエルヘルであればともかく、プルやヘレジナが相手だと、本能を抑えきれる自信がないぞ。

「……や、ヤーエルヘル、ずるいなー……」

「ウッ」

 でも、そうなんだよな。

 いちばん年上のヤーエルヘルと何度も同衾している以上、プルやヘレジナを拒絶する理由が見つからない。

 あるとすれば、俺の理性の問題だけだ。

「──…………」

 俺は、考えた。

 必死で考えた。

 でも、駄目だった。

「……その。せめて、明日からでいいですかね。順番制」

「今日、……は?」

「覚悟を決めるのに一日くらい要するかと思いまして……」

「し、……しかたない、なー……」

 プルが、そっとベッドから降りる。

「へ、ヘレジナ。もう、五分、お、終わり、……だよ!」

「……はっ」

 ヘレジナが我を取り戻す。

「へ、ヘレジナは、ね! 明後日、ひ、ひとばん、かたなと一緒だから」

「ひ、ひとばん!」

「ほら、今日は、じ、自分のベッドだよー……」

「……ひとばん……」

 プルが、ひとばんbotと化したヘレジナの手を引き、ベッドへと導く。

 ヘレジナの肩まで布団を掛けたあと、プルが自分のベッドに腰掛けた。

「ふ、……ふへへへ。明日の夜、た、楽しみだなー……!」

「ぐ……」

 ああ、そうだよ。

 俺も楽しみだよ。

 期待しちまってるよ。

「……ヘンなとこ触っても怒るなよ」

「ふへ」

 望むところとばかりに、プルが笑ってみせる。

「ああ、もう。寝る!」

 掛け布団を頭までかぶり、丸くなって目を閉じる。

 これはどう足掻いても勝てそうにない。

 しばらくして、梯子を登ってくる音がした。

「……はれ?」

 ヤーエルヘルだ。

 俺が、すべてを拒絶するまんじゅうになっているのを見てか、小声で尋ねた。

「カタナさん、どうしたんでしか……?」

「い、いいの、いいの。ヤーエルヘル。今日、わ、わたしと寝よう!」

「あ、はい!」

 俺が覚えているのは、そこまでだった。

 てっきりドキドキして眠れないかと思いきや、随分と寝るのが上手くなったものだ。

 もちろん、エッチな夢を見た。

 男の子だもん。

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