3/トレロ・マ・レボロ -12 十八日間

 それから十八日間をかけて、俺たちはトレロ・マ・レボロの西県と中央県を漫遊した。

 実際にトレロ・マ・レボロを見て回ることで、わかったことが幾つもある。

 まず、戦争前夜特有の不安感、緊張感が、東へ行けば行くほど蔓延しつつあることだ。

 俺たちが純人間であることを知ると、露骨に罵倒してくる亜人にも何度か出会った。

 彼らにとってみれば、トレロ・マ・レボロとパレ・ハラドナの戦争ではなく、亜人と純人間との戦争という認識なのかもしれない。

 そして、新聞にも、義勇兵を募る文言が掲載されるようになった。

 現時点では徴兵ではなく、あくまで募兵扱いだ。

 トレロ・マ・レボロとパレ・ハラドナの開戦は近い。

 にも関わらず、俺たち四人の目的地であるハルヴァの情報は、一向に手に入らなかった。

「──フー……」

 騎竜から切り離された客車内で待っていると、二時間ほどでアーラーヤとクロケーが戻ってきた。

「ようやく飛竜便が雇えたぜ。これで、ラーイウラとバレボロに現状報告ができた」

 眉根を寄せたヘレジナが、二人に告げる。

「……バレボロは、場合によっては領土を放棄したほうがよいかもしれんな。第二第三のバレボロ予定地があるのだろう?」

「ま、そこはクロケーの母ちゃんが考えることよ。俺の仕事じゃねえな」

 クロケーが、ヘレジナに向かって言った。

「領土を捨テルなんて、そう簡単に口にシテいいことじゃない。オレたちにとっては、故郷だ。故郷を守るタメなら命を張るヤツらも、たくさんいる」

「……!」

 失言に気付いたのか、ヘレジナがクロケーに真っ向から頭を下げた。

「すまない。軽々しく言うべき言葉ではなかった」

「ア、イヤ! ヘレジナサンが謝ることじゃ……」

「……そうも行くまい。二人も知っての通り、私とプルさまはパレ・ハラドナの出だ。無関係ではない」

「──…………」


 ──ビシッ!


 オレは、頭を下げたままのヘレジナの後頭部に手刀を落とした。

「あだっ!」

「俺たちのあいだに国境を引くのはやめろ」

「あ──」

「お前は、ヘレジナ=エーデルマン。クロケーはクロケー。国籍は関係ないだろ」

「……そう、だな。すまん」

 苦笑し、ヘレジナの頭を撫でる。

「気持ちはわかるけどな。自分の故郷が、相手の故郷を襲うかもしれないんだ。ただでさえ戦争直前の嫌な空気の中だ。不要な罪悪感だって湧いて出るわな」

「アア。モシ、バレボロがパレ・ハラドナに攻め入られたとシテも、オレはヘレジナサンも、プルサンも、恨むコトはないよ。二人は二人だ。パレ・ハラドナじゃない」

 目を伏せていたプルが、小さく微笑んだ。

「……う、うん。ありがとう、く、クロケーくん」

「そう言ってもらえると、すこしは気が楽になる」

 客車内の空気が弛緩したのを見て、俺は口を開いた。

「──そんで、こっからどうするかだな」

 選択肢は二つだ。

 このまま東県へと足を運ぶか、ここで引き返してバレボロへ戻るか。

 俺たちの目的は何一つとして達成されていない。

 ヤーエルヘルのことは、まだ、何もわかっていないのだ。

「と、トレロ・マ・レボロに来れば、なんとなくわかる気が、し、してたけど……」

「広いからな、この国も……」

 国土面積で言えば、ラーイウラ王国の二倍はあるのだ。

 いくらなんでも希望的観測が過ぎた。

「──…………」

 しばらく沈思黙考していたヤーエルヘルが、ようやく口を開く。

「……戻りましょう。これ以上は危険かもしれません」

 その言葉に、ヘレジナが驚いた。

「しかし、お前のことがまだ!」

 ヤーエルヘルが、ゆっくりと首を横に振る。

「身の安全には代えられません。カタナさんの世界へ渡る方法は、また考え直しましょう。あちしは、みんなが傷つくほうが怖いでし……」

「ヤーエルヘル……」

 ヤーエルヘルの意思を尊重すべきだろうか。

 そうしたい。

 だが、ここまで来て、という想いもやはりあるのだ。

 そこに、アーラーヤが口を挟んだ。

「──だがよ、ヤーエルヘルちゃん。今を逃せば、トレロ・マ・レボロは戦時下となる。数年、十数年、下手すりゃ数十年と戦争は続くかもしれねえ。ある意味じゃ、今が最後のチャンスとも言えるぜ?」

「でしけど……」

 ヤーエルヘルが、俺を見上げる。

 俺の意思を確認するかのように。

「……ここから首都は近いんだったか」

「あっ、う、……うん! 首都マウダンテトまで、い、一日弱くらい……」

「首都、行ってみようぜ。図書館なりなんなりあるかもしれない。首都なら、今すぐにどうこうとはならないだろ?」

 ヘレジナが頷く。

「そうであるな。パレ・ハラドナとの国境線は、トレロ・マ・レボロ南東県の最南部だ。騎竜車でもここから六日か七日はかかる。仮に、たった今開戦したとしても、明日明後日で首都まで攻め入るのは不可能であろう」

「──…………」

 ヤーエルヘルが、しばし考え込んだあと、答えた。

「……首都で何もわからなければ、バレボロへ戻りましょう。絶対でしよ」

「ああ、わかった」

 これが最後の機会だ。

 俺たちは、預かり所の職員に騎竜を繋げてもらうと、行く先を南西へと定めた。

 トレロ・マ・レボロの首都、マウダンテト。

 情報の一つでもいい。

 せめて、何かあってくれ。

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