1/ハウルマンバレー -4 寂しさに人恋しくて

 夏の後節五日。

 現代世界の暦に合わせるのであれば、九月五日となる。

 今日は、女神エル=タナエルを表す銀曜日だ。

 銀曜日の夜、銀輪教の信者は、誰もいない場所で月と語らう。

 プル、ヘレジナ、ヤーエルヘルの三人は、銀曜日の祈りを捧げるために、それぞれ騎竜車を出てどこかへ行ってしまった。

 ここは海沿いの街道だ。

 周辺には家もなく、見渡す限り開けており、人の危険も獣の危険もまずないと言っていい。

 銀曜の祈りには打って付けというわけだ。

 ──ぎし。

 こなれていない新品のスプリングが、軽く軋む。

 先に寝ていて構わないと言われてはいるが、なんとなく三人が心配でもあった。

 俺たちは、よく、とんでもない事態に巻き込まれてしまうから。

「あ゙ー……」

 広いベッドで寝返りを打つ。

 寝心地は抜群だ。

 布団も、恐らくは羽毛の枕も、新品の香りがして心地がいい。

 だが、心はざらついていた。

「……ナナイロ」

 一人になると、どうしても考えてしまう。

 もし、ここに並んでいるベッドが五台だったとしたら、あの子はどれほど喜んだだろう。

 プルと一緒にベッドの上で跳ねて、ヘレジナに怒られていただろうか。

 夜になれば寂しくなって、ヤーエルヘルのベッドに潜り込んだだろうか。

 寝坊した俺を、起こしてくれただろうか。

「──…………」

 うつ伏せになり、枕に顔を突っ込む。

 わずかに浮かぶ涙を、なかったことにするために。


 ──しばらくして、誰かが騎竜車に乗車する音がした。


 明らかに気配を消そうとしている。

 俺が就寝している可能性を考えてのことだろう。

 梯子に繋がる開口部から顔を出したのは、プルだった。

「──……あ」

 バッチリ目が合う。

 灯術の白い光に照らされたプルの目元は、すこし赤かった。

 そうだよな。

 あの子を失ってつらいのは、苦しいのは、ヤーエルヘルだけではない。

 皆、そうなのだ。

 だから、俺は、努めて明るく振る舞った。

「いやー、このベッドめっちゃいいわ。お前らのこと待とうと思ってたのに、危うく寝落ちするとこだ」

「ふ、……ふへ、へ。改造してもらって、よ、よかったね……!」

「まったくまったく」

 プルが、隣のベッドに腰掛ける。

 相談の結果、俺の隣はヤーエルヘルに決まったが、ベッドに座るくらいで文句を言う仲間はいない。

「このベッド、ひろー……い、よね。ふ、ふたり寝れそう……」

「どれ」

 両腕を伸ばし、ベッドの幅を概算で測る。

「俺の世界だと、ベッドの大きさが規格で決まっててさ。小さなほうからセミシングル、シングル、セミダブル、ダブル──って感じでだんだん大きくなっていくんだ」

「ふんふん……」

「明確な基準とかぜんぜん覚えてないけど、セミダブルかダブルくらいはありそうだなあ……」

 嗚呼、なんと贅沢なことか。

「──…………」

 プルがおもむろに立ち上がり、俺のベッドに腰を下ろす。

「……プルさん?」

「か、かたな。端に寄ってー……」

 数秒迷うが、同衾するわけでもない。

 二人で横になれるかを試すだけだ。

 そう自分を納得させて、ベッドの端に身を寄せる。

「うん、……っしょ」

 プルが、俺の腕を抱くようにしてぴたりと密着する。

 熱いくらいの体温が伝わってくる。

「わ、わりとよゆう……?」

「……俺は余裕じゃない」

 それぞれ意味は異なるが。

 とは言え、だ。

「二人でこれなら、ダブルサイズはありそうだな。俺がアパートで使ってた安物とは大違いだ」

「どのサイズ、だ、だったの……?」

「セミシングル……」

「ちいちゃいやつ……」

「最初のうちは、寝返り打つときにたまに落ちてた」

「せつない」

「慣れれば落ちなくはなってくるんだけど、寝返りの工程が普通より多いから、当然、眠りは浅くなるよな。熟睡できないっつーか」

「このベッドなら、熟睡できる、……よ!」

「だな」

「ふへへ、へへ……」

 まるで猫のように、俺の腕を巻き込んだままプルが丸くなる。

「腕が熱い……」

「わ、わたしも熱い……」

「何故する」

「なぜか、する」

 誘っているのかと勘違いしてしまうくらい、プルの好意はストレートだ。

 ネウロパニエで彼女を〈俺の特別〉だと告げて以来、二人きりになったときのボディタッチが激しくなっている気がする。

 ぽん。

 プルの頭に手を乗せてみた。

「なんだか猫みたいだな。プル猫」

「にゃ、にゃあー……ん」

 可愛いな、おい。

「可愛いな、おい」

 口から出ていた。

「ふへ、へへへ、うへへへへ……」

 怪しい笑い声を漏らしたあと、プル猫が俺の腹にダイブする。

「ぐほッ!」

「ご、ごろごろごろ……」

「口で言うのか……」

 プルの頭を撫でてやりながら、俺は、いつの間にか晴れ晴れとしている自分に気が付いた。

 やはり、人が恋しかったのだ。

 誰かと触れ合いたかったのだ。

 プルも同じだったのか、それとも俺の寂しさを察したのか、それはわからない。

 だが、言うべき言葉は同じだった。

「……ありがとうな、プル」

「んに?」

「気にすんな。礼を言いたい気分だっただけだから」

「んなー……、ん」

 猫が匂い付けをするように、プルがどんどん体をすり寄せてくる。

 当然、俺の体はどんどん押し出されていく。

「落ちる落ちる。……いや、お前落とす気だな!」

「ばれた……」

 しばしじゃれ合っていると、誰かが騎竜車に乗り込んでくる気配がした。

「ほら、自分のベッド戻れ戻れ」

「は、はあー……、い」

 プルが、一つ離れたベッドへと戻っていく。

 一階から梯子を登ってきたのは、ヤーエルヘルだった。

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