3/再び、ワンテール島 -終 また明日 [第五章・了]

 俺たちが出立を決めたのは、夏の後節四日の早朝のことだった。

「──また、いきなりだね」

 すこし不機嫌そうなマナナの言葉に、苦笑する。

「居心地が良すぎてさ。このまま島の子になっちまいそうで」

「なっちまってもいいんだよ?」

「そういうわけにもいかんさ。私たちは、放浪の物語ワンダラスト・テイル。旅人ゆえな」

「また、来まし。絶対に……」

 ヤーエルヘルが、診療所を見上げる。

「ここは、ナナさんの故郷なんでしから」

「バルマには?」

「行きしなに声掛けるつもりだよ。いくら急でも挨拶くらいはちゃんとするって」

「当然、当然。なら、港まで送ろうかな」

「あ、ありがと……!」

「ははっ!」

 マナナが、愉快そうに笑う。

「礼なんていらないよ。ナナイロだけじゃない。うちは、あんたらも大好きなんだ。一緒に行くか迷うくらいにはね」

「えっ、来てくれるんでしか?」

「行きたいのは山々さ。でもなあ……」

 笑顔を苦笑に変えて、マナナが言った。

「うち、治癒術士だからね。バルマがいるとは言え、うちがいないと島の人たちが困るだろ」

「だ、だよ、……ねー」

「あと、カタナのハーレムに参加するのもなんか癪だし」

「おーい!」

「あんた、タラシだからね。うちら全員見てるんだよ。あんたがナナイロに膝枕してもらってるとこ。あんなに守備範囲広いたあ思わなかったよ」

「──…………」

 思わず目を逸らす。

「……いや、わかるだろ。そういうアレではなかった。絶対に」

「あははっ!」

 マナナが、思いきり吹き出した。

「冗談だよ、冗談。誰もそんなこと思っちゃいないって。ね?」

「はい、思ってませんよ?」

「は、……はんぶん、思ってた」

「私は常に思っているぞ。カタナは女たらしだと」

「……ごめん、意見割れたね」

「ああ、もう! ほら行くぞ!」

 先導するように、早足で歩き出す。

 早朝の町を五人で歩いていると、多くの島の人々が声を掛けてくれる。

 彼らとも別れの挨拶を交わしていたところ、道の向こうからバルマが歩いてくることに気が付いた。

「──バルマ!」

 大きく手を振ると、バルマも右手を上げて応じる。

「ちょうどよかったわ。俺たち──」

「出立するのだろう?」

「えっ。な、なんで、わかった、……の?」

「噂がうちまで来ていた」

「伝達速度やっべ」

 田舎を舐めていた。

「いずれにしても、そろそろ発つだろうとは思っていたからな。餞別でもくれてやろうかと思ったが、特に思い浮かばん。私の笑顔で勘弁してくれ」

「ははっ!」

 バルマは、これでいて、案外お茶目なところがある。

「十分十分。あとは、次に来るまで元気でいてくれりゃあ、俺たちはそれだけで満足だよ」

「ああ、それは確約しよう。長生きするつもりだぞ、私は」

 空を見上げ、ぼそりと付け足した。

「──皆の分もな」

「──…………」

 バルマの隣で、プルが同じように空を見る。

「生き残った、ほ、ほうの、身勝手な想いかもしれないけど。十七人ぶん、人生を、楽しんで、……ね?」

「ああ、そうさせてもらおう」

 オリジン、そして、一番目ケレスから十六番目ケレスハルパまでの命が、バルマには宿っている。

 そう考えるのは、それこそ身勝手な想いだ。

 他の複製体は、バルマ自身が殺したのだから。

 だが、彼らがバルマを恨んでいるとは、どうしてか思えなかった。

「光矢術の師範、がんばってくだし!」

「ああ、もちろん。魔獣除けがなくなった以上、今後普通の海の魔獣がこのワンテール島を襲うこともあるだろう。その際、何もできずにやられることのないよう、しっかり島民を鍛えておくさ」

「奇跡級の光矢術士が師範となるのだ。十年後には達人だらけになっているかもしれんな」

「十年後を楽しみにしていろ」

「そうしよう」

 マナナ、バルマと共に、南の港を目指す。

 停泊している栄えあるユアン号の周囲に、多くの島民が集まっていた。

「──おい、坊主ども! なんだこの騒ぎは!」

 俺たちの姿を確認すると、サングラスを掛けたボスコが戸惑いながら尋ねた。

「ああ。そろそろウォーラートに戻ろうかと思ってさ」

「チッ、見送りかこれは。随分と懐かれたもんだ」

「今日の風はどうだ?」

 ボスコが海を見る。

「ああ、順風だ。お前らが望むなら、すぐにでも出せるぜ」

「なら、そうしてもらおうかな」

 俺は、皆を振り返った。

「──マナナ」

「はいよ」

「また来るよ。そんときはまた、ポニーニの果実水でも飲みながらさ。思い出話に花を咲かせようぜ」

「あんたらの土産話も楽しみにしてるからね」

「ああ、もちろんだ。もう一度くらいは世界を救ってくるとしよう」

「……それはそれで嬉しくないなあ」

 世界を救う=世界に危機が訪れている、だもんな。

「あちし、もっともっと、ナナさんが自慢できるような魔術士になりまし。楽しみにしててくださいね」

「ああ、待ってるよ。次に会うとき、どんな美人になってるやら……」

「わ、わたしも、美人になり、まー……す」

「あははっ! カタナは大変だねえ」

「ぐぬ」

 気を取り直し、バルマへと向き直る。

「──バルマ」

「ああ」

「島のこと、頼むよ。俺たちはもう、この島のことが大好きなんだ。誰にも傷ついてほしくない」

「任せておけ。光矢術だけでなく、治癒術も修めているからな。マナナより級位は高いぞ」

「うっせー」

 マナナが不満げに口を尖らせた。

「余裕があれば、奇跡級の光矢術とも模擬戦を行ってみたかったのだがな」

 ヘレジナの言葉に、バルマが苦笑する。

「奇跡級が私のみだったとは言え、十七人と千体でたった二人に負けているのだぞ。いまさら模擬戦もあるまい」

「知らんのか。強者と戦うことでのみ得られるものがあるのだ」

「そういうものか」

 プルが、背の高いバルマを見上げて言った。

「ま、マナナと、仲良く、……ね!」

「島のみんなとも仲良くしてくだし!」

「──…………」

 バルマが困り顔で俺を見る。

「……カタナ。私は、そんなに無愛想に見えるのか?」

「まあまあ見える」

「そうか……」

「いやいやいや、冗談だって! ガチで落ち込むなガチで」

 バルマを軽く慰め、島の人たちの顔を見渡した。

 飯場で出会った女性たちがいる。

 肩を組んで飲んだ男性たちがいる。

 世話を焼いてくれた老人たちがいる。

 草刈りを手伝ってくれた子供たちがいる。

 だが、それだけではない。

 数え切れないほどの人々が、俺たちを見送るために港へ集まってきてくれていた。

「──みんな!」

 俺は、大きく右手を振りながら、叫んだ。

「また、明日っ!」

 皆が、口々に同じ言葉を返してくれる。

 惜しむ声に後ろ髪を引かれながら、俺たちは、栄えあるユアン号へと乗り込んだ。

 マナナ。

 バルマ。

 暖かい島の人々。

 そして──


 ナナイロ。


 俺たちは、また、旅に出る。

 でも、また来るよ。

 皆に会いに来る。

 俺たちは、このワンテール島が大好きだから。


 乗組員がタラップを回収し、持ち場につく。

 ボスコが操舵輪に手を掛け、大声を張り上げた。

「──栄えあるユアン号、出航だ!」



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第五章 あとがき


六十年の時をかける旅、そして、ナナイロの〈最高の人生〉は、読者の皆様の心に何を残したでしょうか。

過去の自分が、自分の生を、そして死を、肯定してくれる。

魔獣として生まれ、生きる意味を世界の救済にしか見出せなかったナナイロにとって、それはこの上ない救いとなったことでしょう。

目標のために全力を尽くし、後悔ひとつない、ナナイロのような人生を、筆者も送りたいものです。

その先に見える景色は、きっと、晴れでしょうから。


もし面白いと感じていただけたなら、一言でもいいのでレビューをいただけると、筆者の今後の糧となります。

難しいのであれば、★評価のみでも構いません。

どうぞ、よろしくお願い致します。

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