3/再び、ワンテール島 -10 冒険の終わりに

 ──気が付けば、東の空に太陽が浮かんでいた。

 空が赤い。

 俺たちは、また、六十年後へと帰ってきていた。

「……なんだか、ずっと、夢を見ていた気がする。この島が見た、夢を」

「この島が見た夢、か……」

 ヘレジナが、暖かな微笑みを浮かべた。

「だとすれば、この島は、随分とナナイロのことが好きだったのであろうな」

「……うん。そ、そうだ、ね」

 プルが、瓦礫に腰を下ろす。

「きっと、この島も、……わ、わたしたちと同じように。ナナイロのことが、大好き、……だったんだよ……」

 マナナが、プルの背後からその両肩に手を置いた。

「島の英雄、ワンダラスト・テイル。彼ら一人一人の名前は残らなかった。でも、うちは、ずっと覚えてる。語り継ぐよ。ヤーエルヘルちゃんの名前も、カタナの名前も、ヘレジナちゃんの名前も、プルちゃんの名前も」

 そして、そっと目を閉じた。

「──ナナイロの名前、も」

「手伝おう。語り部は、一人より二人のほうがいいだろう?」

「そうだね。ありがとう、バルマ」

 ヤーエルヘルが、空を見上げた。

「──あっ」

「どうした?」

「いま、流れ星が……」

 俺も、同じ方向を見上げる。

「……さっきの小惑星から剥離した塵やらが、今になって落ちてきたのかな」

「こら」

 ヘレジナが、俺の後頭部をぺしっと叩いた。

「そこは、ナナイロが私たちを見守ってくれている──でいいのだ。無粋な分析をするでない」

「はは……」

 確かに、その通りだ。

「そうだな。ナナイロなら、俺たちのことを見守ってくれてるに決まってる」

「う、……うん!」

「そう、でしね……」

 俺たちは、並んで空を見上げ続けた。

 朝焼けの空を、六人で。

 橙色の空が青く塗り変わるまで、ずっと。




 マナナと俺たちの姿が見えなくなったことに、島民たちは大騒ぎだったらしい。

 有志を募り、森狩りまで行われていたと聞いた時には血の気が引いた。

 どこへ行っていたのか、という質問に対し、もう答えは一つしかなかった。

 願望器の遺跡だ。

 マナナ、バルマと共に、たまたま見つけた遺跡の調査を、二日二晩かけて行っていたということにした。

 まさか、この島で起きたすべての出来事を正直に明かせるはずもない。

 島民たちを願望器の遺跡へと案内したあと、たまたま見つけた遺体ということにして、オリジンを弔った。

 遺灰は、北の断崖から海へと撒かれた。

 潮風に乗って散っていくオリジンの遺灰を見ながら、俺たちは祈った。

 彼が、ナナミとパタネア、そして701号の元へ行けますように──と。




 翌日──夏の後節二日、休養と栄養をたっぷり取った俺たちは、魔獣除けと純輝石アンセルを回収することにした。

「──たしか、このあたりだっけ?」

 この六十年で、島の様子は様変わりしてしまっている。

 六十年前から変わらずに建っている家もあるが、それはごく少数だ。

 あのときに魔獣に壊された家もあれば、ごく普通に老朽化して建て替えられた家もあるだろう。

「えー……、っと」

 マナナが周囲を見渡し、家と家とのあいだに空いた広めの空き地へと足を踏み入れた。

「たぶん、ここじゃないかな。元ダーニャさんち」

「あ、……あのあと、同じ場所に、建て直さなかったんだ、ね」

「どうしてでしかね……」

「理由、わかるけどね」

 マナナがそう言った瞬間、


 ──トンッ


 心臓が、軽く叩かれるような感覚があった。

「お、近いぞ」

「ここさ。怪談の舞台になってるんだよねえ」

 バルマが問い返す。

「怪談、とは?」

「すこーし考えればわかるだろ。ときどき、心臓が直接叩かれるようなヘンな感じがする場所だよ。子供たちが放っておくはずないさ」

「普通に考えて、大人だって不気味だろうしな……」

 そんな現象が起こる場所に新しく家を建てるはずもない。

 地下室はもともと使われておらず、ボロボロだったともパタネアが言っていたから、魔獣除けをそのままにして塞いでしまったのだろう。

「しかし、どーすっか……」

 この一角は、もはや草むらだ。

 地下室への入口の上に、いつの間にか土が敷かれ、そこに雑草が生え揃ったのだろう。

「まずは草刈りしかあるまいな……」

「じゃあ、うちはダーニャさんに許可取って、それから道具も貸してもらってくるよ」

「あ、ダーニャさんのおうち、ずれただけなんでしね」

「そうそう。土地なら余ってるからね」

 初老を過ぎたくらいのダーニャ夫妻から草刈り道具を借り受けて、丁寧に雑草を刈り取っていく。

「ねーねー、なにやってるのー?」

「のー?」

 物珍しいのか、子供たちが集まってきた。

「ええとね。地下室を探してるんでしよ」

「おばけのー?」

「オバケではないぞ。むかーしむかし、ダーニャ家はここにあったのだ」

「へえー!」

 しばらくすると、数名の子供たちが、自然に草刈りを手伝い始めた。

「──おーい、いったん休憩になさいな。水分取らんと倒れっちまうよ!」

「ありがとうございます!」

 俺たちは、ダーニャ夫妻の厚意で、彼らの家で果実水をいただくことになった。

「しかし、あんたらも奇特だねえ。いきなりうち来て、草刈りがしたいなんて……」

「じ、事情が、……その。ありまして……!」

 プルの説明がわかりにくいと見てか、バルマが口を差し挟む。

「ダーニャ。あの土地の下に、地下室があるのだ。知っていたか?」

 夫妻が顔を見合わせ、旦那さんが口を開く。

「そうなのかい。オヤジが若い頃、悪党どもに壊されたとは聞いたことがあったけど、地下室がねえ。もしかして、あの〈トンッ〉てやつと関係あるのかい?」

「ああ。まさに、その原因を探している」

「はあー」

 奥さんが、感心したように頷いた。

「ダーニャさん。図々しいことを言うのですが、もしそれが見つかった場合、俺たちに譲っていただけないでしょうか」

「ああ、いいよいいよ。そんなヘンなもん」

「ありがとうございます!」

「あっ、ありがとう、ございます……!」

 仮に断られたとしても別の手段を講じたが、すんなり話が通ってくれてよかった。

 ダーニャさんとしても、曰くのある土地は嫌に決まっているものな。

「なーに。俺らからしたら、わざわざ草刈りしてくれてんだからトントンよ。しっかし、よーく地下室のことなんか知ってたなあ」

 マナナが得意げに言う。

「六十年前の英雄、ワンダラスト・テイル。その五人のうちの一人って、うちのばーちゃんの妹だったんだよ。その人に聞いたんだ。六十年前、残された子供たちが、ダーニャさんちに隠れたことがあるって」

「ええっ! マナナちゃんとこの──って、パタネアさんの妹さん!?」

「そうそう。今まで秘密にしてたけどね。ナナイロ=ゼンネンブルクってんだ。覚えといて損ないよ」

「ナナイロ、ナナイロ。血筋を感じる名前だねえ」

「だろ?」

 マナナと目配せをし、笑い合う。

 ナナイロの名は語り継がれるだろう。

 恐らくは、俺たちの名前も。

 それが、嬉しくも、気恥ずかしくもあった。

 雑草をすべて刈り終え、適当な棒を土に刺していく。


 ──コツン。


 固い感触が手に伝わる。

 地下室があることは確かだった。

「ヘレジナ、シャベル貸して」

「あったか?」

「あるにはあった。ただ、出入口の場所がわからないからな……」

 仕方がないので、シャベルで土を丁寧に剥がしていく。

 地下室の天井部を四分の一ほど露出させたところで、半ばほど焦げたサビだらけの蓋が見つかった。

「──あった!」

「わあ、ほんとだ!」

「すげー! ホントにあった!」

 子供たちが、沸く。

「ほらほら、危ないぞ」

 手のひらで土を払い、取っ手を掴む。

 ざり、ざりざり。

 赤サビの粒子を感じる嫌な音と共に、地下室の蓋が開いていく。

 蓋の下には梯子があり、2メートルほど下に床が見えた。

「誰か灯術頼むー」

「は、はーい……!」

 プルが、手のひらに出現させた光の球を、地下室へ落とす。

 すると、まるで花が咲くかのように、狭い地下室が明るく照らし出された。

「──よッ、と」

 梯子を下り、周囲を見渡す。

 木の板が腐り、一部、土が流れ込んでいる場所があった。

 天井とは異なり、金属板で補強していないのだ。

「あ──」

 部屋の隅に、それはあった。

 まるで鈴のないタンバリンのような、円形の魔術具。

 俺は、土を払い除けながら、それを拾い上げた。

 魔獣除け。

 今や、ナナイロが残した唯一の形見だ。

 俺は、魔獣除けから純輝石アンセルを取り外すと、それをポケットに入れた。

「カタナさーん! ありましたか―!」

「──ああ、ここに!」

 出入口から顔を覗かせていたヤーエルヘルに、魔獣除けを手渡す。

「……っ」

 ヤーエルヘルが、魔獣除けを抱き締める。

 まるで、愛し子のように。

「ナナ、さん……」

 梯子を上がり、外に出る。

 地下室より圧倒的に暑い。

 土の下にあった地下室は、案外避暑に向いているのかもしれなかった。

 マナナが、視線の高さをヤーエルヘルに合わせ、言った。

「──ヤーエルヘルちゃん。それ、持って行きな」

「いい、……んでしか?」

「いいに決まってるさ。むしろ、うちとかバルマが持ってたらヘンでしょ」

「ヘンではないでしけど……」

 バルマが、微笑を浮かべ口を開く。

「お前はナナイロの愛弟子だ。お前が受け継ぐべきものだろう」

 ヤーエルヘルが、弾けるような笑顔を浮かべ、深々と頭を下げた。

「──ありがとうございましっ!」

「いえいえ」

「正直、実用的な面でもありがたいわ。今後、魔獣に囲まれる事態もあるかもしれないしな」

「うむ。ナナイロが私たちを守ってくれるのだ。これほど頼もしいこともあるまい」

「う、うん!」

 俺たちは、子供たちとダーニャ夫妻に礼を言い、地下室の蓋をしっかりと閉めたあと、その場を後にした。

 飯場での夕食は、この日も、感傷が吹っ飛ぶくらいに賑やかだった。

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