2/エン・ミウラ島 -16 オリジン

「ここまで話せば、何故私が裏切ったかもわかるだろう」

 ナナイロが答える。

「未来がないから、……か?」

「その通りだ。この行為に意味はない。なんの価値もない。もっとも、そう考えていたのはケレスバルマだけのようだったがな。私は幸い、オリジンの魔術の腕を完璧に継いでいた。いつでも他のジーンを殺害することはできたが、それをしたところで何になる? 先も言った通り、願望器は願いを叶えるまで止まることはない。破壊することも叶わない」

「──ならば、何故今になって他のジーンたちを殺した?」

「希望が現れたからだ。私は、協力者を求めていた。君たちのような英雄が訪れるのを、ずっと待っていたのだ」

 ヘレジナが、半信半疑の様子で尋ねる。

「お前は、ジーンの──オリジンの願いを止めるため、私たちに協力するということで構わんか?」

「そう理解してくれていい」

「ひとまず味方、か……」

 だが、油断のできる相手ではない。

 この男は、自らと同じ立場の複製を、一切の躊躇なく全滅させてみせた。

 腹の底で何を考えているか、わからない。

「──では、見せよう。私たちの罪の証を」

 十七番目が右腕を上げる。

 すると、俺たちのいるホールの壁や天井、床に至るまでが、幾何学模様に青白く輝いた。

「な、なんでしか……?」

 ヤーエルヘルが、ナナイロを庇うように抱き締める。

 青白い光に沿って、構造物がブロック状に分解され始めていた。

 一片が一メートルほどの無数の立方体が、水平に、垂直に、思うがままに移動し、入れ替わり、ホールを様変わりさせていく。

 壁の向こうから現れたのは、円筒形の空間の壁に美しく並べられた無数のコフィンだった。

「あ、……あの、ひとつひとつに、し、島のひとたちが……?」

「……生きて、おるのか?」

 プルとヘレジナの言葉に、十七番目が頷く。

「生きている。そうでなければ、記憶を抽出することなどできまい」

「よかったぞ……」

 ナナイロが、心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。

 俺も、まったく同じ気持ちだった。

「オリジンの、最後の良心だ。彼は、自分の願望のために犠牲者が出ることを良しとしなかった。だが、それは独善に過ぎない。島民は、ただ死んでいないだけだ。思い出を抽出するために終わらない夢に没している。彼は、最初から最後まで、島民を道具として扱い続けた」

「……そう、だな」

 島民は、誰一人死ななかった。

 だが、死ななかっただけだ。

 彼らは時間を奪われた。

 家を壊された者もいる。

 畑は荒れているだろうし、醸造所は腐っているだろう。

 ジーン=ゼンネンブルクにとって、眠り続ける島民の姿は、まさしく罪の象徴なのだ。

「──先刻、私は、君たちを希望と呼んだな」

「ああ」

「希望は、もう一人いる」

「もう、一人……?」

 十七番目が、腕を広げ、その名を口にした。

「マナナ=ゼンネンブルク」

「──ッ!」

 ずっと気に掛かってはいた。

 だが、島民と共に囚われているとばかり思っていた。

 ナナイロが、噛みつかんばかりに吠える。

「ま、マナナをどうした! ヘンなことしてたら承知しないぞ!」

「安心していい。彼女を傷つける気も、眠らせる気もない。ついてきてくれ。マナナの元へ案内する」

 そう告げて、十七番目がきびすを返した。

 気が付けば、ホールの中央を貫くように橋が架かっており、突き当たりに扉が見える。

 複製たちの死体は、床に飲み込まれ、いつの間にか見えなくなっていた。

 素直に続くと、十七番目が歩きながら口を開いた。

ジーンたちが、何故、あそこまでして君たちを足止めしようとしたと思う?」

「──…………」

 思案する。

「……確か、パタネアが言っていた。マナナは、若い頃の母親と瓜二つだって」

「その通りだ。オリジンは、もう、狂っている。マナナをナナミだと思い込んでいる。当然、すぐに気が付くだろう。だが、五年ぶりの感動の再会を誰にも邪魔されたくなかったのさ」

「お前たちは、そう指示されたのか」

「私たち複製は、オリジンと意識を共有している。基本的に、彼の意思は、私たちの意思の上位にある。私たちはオリジンの手足のようなものだ」

 ヘレジナが、半眼で言う。

「……そのわりに、十七番目のお前は自由に行動しているように見えるがな」

「複製の質にはぶれがある。完全ではない。一番目ケレスがオリジンの願いに忠実でありながら魔術に対しては不得手であったように、それぞれに引き継げたものが違う。私は、オリジンの魔術の腕と、彼の理性を完全に受け継いだ」

「理性……」

「故に、複製の中で唯一、私だけがオリジンに逆らえる。理性を失ってしまった彼の代わりに、彼自身を止めることができる」

 十七番目が、扉の前で立ち止まった。

「この先に、マナナがいる。オリジンがいる。──そして、絶望がある」

「待て」

 今の言葉は聞き流せない。

「問題は、オリジンだけではないのだ。すぐにわかる」

 ふ、と自嘲じみた笑みを浮かべ、十七番目が扉の横のタイルに触れた。

 音もなく扉が開かれる。

 その先にあったのは、さして広くもない部屋だった。

 部屋の中央には、斜めに寸断されたかのような石柱があり、それを囲むようにして三つの透明な培養槽が設置されている。

 培養槽は青白く光る液体で満たされており、一つには全裸の女性が、一つには全裸の男性が浮かんでいた。

 男性の正体は、すぐにわかった。

 ジーン=ゼンネンブルク。

 オリジンだ。

 そして、ジーンの培養槽の前で体育座りをし、うんうんと頷く女性の姿があった。

「──マナナ!」

「あ──」

 俺たちを振り返り、マナナが安心したような笑みを浮かべる。

「カタナ! みんなも!」

「マナナーッ!」

 ナナイロがロケットのように駆け出し、マナナに向かってダイブする。

「うおッ、と、っとと!」

 それをなんとか抱き留めて、ナナイロの頭に軽くげんこつを落とした。

「こら、危ないだろー」

「うへへへー」

「あと、何その爪! あとで切ったげるから、振り回すんじゃないよ?」

「はーい」

 ナナイロを肩車し、マナナが立ち上がる。

「ありがとね、みんな。助けに来てくれたんだ」

「当然だ。私たちは、ワンダラスト・テイル。エン・ミウラ島の英雄なのだからな」

「あはは! そいつは確かに」

 ──ごぽり、と。

 オリジンの口から、泡が漏れた。

 その瞬間、感情そのものの塊で真横から殴られたような気がした。

 感情の名は、怒り。

 オリジンは怒っている。

「オリジン、無駄だ。一番目ケレスから十六番目ケレスハルパまで、皆死んだ。私が殺した。新たな複製を培養しようにも、一週間はかかるだろう」

「つ──」

 マナナが、額を押さえる。

「……ジーン、やめて。頭が破裂しそう」

 マナナがそう言った瞬間、オリジンが気遣うような表情を浮かべた。

「十七番目。現状、オリジンは無力であると考えてよいのか?」

 ヘレジナの質問に、十七番目が答える。

「その通りだ。オリジンは手足を失った。達磨も同然だ」

「では、このガラスを割ればよいのだな」

 コン、コン。

 ヘレジナが、オリジンの入った培養槽をノックする。

「割れるものなら、な」

「やってみなければわかるまい!」

 ヘレジナの双剣が、神速で以て培養槽のガラスへと叩きつけられる。

 ──キィン……ッ!

「か、……ッた! 硬いぞ、十七番目!」

「だから言っただろう」

 十七番目が、呆れたように告げる。

「この場に存在するいずれの装置にも、現代を生きる我々では傷一つ与えられまい。光矢術、灰燼術、爆砕術──すべて通用しないだろう」

「……それがわかっているのであれば、何故、他の複製を殺してまで私たちを招いた」

「簡単な話だ」

 十七番目が、俺たちの顔を見渡す。

「──六十年後であれば、その方法が確立されている可能性があるからだ」

「へ?」

 小首をかしげるナナイロの下で、マナナが気まずそうに言った。

「全部説明しちゃったんだよね。なんか不味かった?」

「ああ、いや。べつにいいだろ。それに──」

 ナナイロの双眸を見つめる。

「ナナイロにも、俺たちの真実を明かす時が来たってことだ」

「し、真実……?」

「ああ」

 力強く頷き、その言葉を口にする。

「俺たちは、六十年後の未来から、このエン・ミウラ島にやってきたんだ。島を救うためにな」

「……???」

 マナナに肩車されたまま、ナナイロが大きく首をかしげる。

 彼女の帽子が、ずるりとずれた。

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