2/エン・ミウラ島 -4 魔獣除け

 診療所の待合室で食事を取ったあと、俺たちは近くの民家へと案内された。

 家人が不在とは言え、見るからに生活感のある家を勝手に使うのは憚られたが、診療所は既に満員だ。

「──しかし、摩訶不思議なこともあるもんだね。時を遡るだなんて、物語の中だけの話だと思ってたよ」

 マナナが、しみじみと呟いた。

「俺たちだってそうだよ。まさか、島を救ったワンダラスト・テイルが、俺たち自身だったなんてな……」

「実を言うと、途中まで半信半疑だったんだけどね。でも、あの岩を見せられちゃあ、とても自分を騙しきれない」

 プルが小首をかしげる。

「い、……岩?」

「ほら、カタナが斬った岩があるだろ。あれ、島長の家にどーんと飾られてんだよね」

「は?」

「島の英雄が斬った岩ってことで、触れたら御利益のある縁起物になってるよ」

「ええー……」

 絶対効果ないぞ、それ。

「ははっ、それは愉快であるな!」

「なんだか面白いでしね!」

「──…………」

 俺は、笑えなかった。

 自分のちょっとした行動が未来を変えてしまいそうで、すこし不安に思えたからだ。

「──ああ、そうだ。ヤーエルヘル。あの腕時計見せてくれるか」

「あ、はい」

 ヤーエルヘルが、左手首をこちらへ向ける。

 鏡のように磨き込まれた半球状の蓋を押し込むと、再び中身が露わとなった。

 四本の赤い針が、先程と同じように反時計回りに運動を続けている。

「これ、なんなんでしょう。時計のようにも思えましけど、何時を示してるのかさっぱりで」

「ふ、ふしぎな機械……」

「何のための道具なのか、わかる気もするけどな」

「ふむ。お前はどう見ているのだ?」

 ヤーエルヘルの手を取り、四本の針をまじまじと観察する。

 針はすべて別々の速度で動いており、表しているものはわからない。

「たぶん、この腕時計は、残り時間を表しているんじゃないか」

 マナナが問う。

「残り時間──って、この時代にいられる時間ってこと?」

「ああ。ヤーエルヘルが魔力マナを込めたことで遺跡が起動し、その腕時計が現れた。あの遺跡は、込めた魔力マナの量に応じた時間、使用者を過去へ飛ばす魔術装置なんじゃないかなってさ」

「な、なるほどー……」

「そう考えると、神隠しの噂も納得が行く。故意にか、誤ってか、子供が半輝石セル魔力マナを送り込んで過去へと遡る。でも、込めた魔力マナの量が少ないから、せいぜい十分程度で戻ってくる。な、辻褄は合うだろ?」

 ヤーエルヘルが、うんうんと頷く。

「それで、かもしれません。あちしの魔力マナ、さっきからぜんぜん回復しないんでし……」

 ヘレジナが心配そうに尋ねた。

「……大丈夫なのか、ヤーエルヘル」

「はい。疲れはなくて、ただ使えない。抗魔の首輪を着けられたときと似ていまし」

「ヤーエルヘルちゃんの魔力マナが、うちらをこの時代に繋ぎ止めてるってことかもね」

「だから、しみません。魔獣の件は、お役に立てないと思いまし……」

「大丈夫だ。聞く限りなら、俺たちだけでもどうにかなりそうだしな」

「そうであるな。肝心の魔獣があの程度であれば、百や二百いたところで問題にはならん。気に掛かるのは黒ずくめの連中のことだが、それこそ特位でも紛れていない限りはどうとでもなるだろう」

 プルが補足する。

「で、でも、油断はできない、……よね。明日は、ま、満月。魔獣が活発になる日、だから。わたしたちが、北の入り江に向かってるあいだに、み、みんなが、襲われちゃう、……かも」

「そうでしね……。魔獣が、黒ずくめの言うことを聞かないくらいに凶暴化してしまったら、とても放ってはおけません。明日にでも、これまでの満月で魔獣がどのような行動を取ったか、どうやり過ごして来たのか、パタネアさんに聞いておきましょう」

「そ、それによっては、攻めるより、み、みんなを守るのを、優先したほうがいいかも……」

「しかし、この腕時計とやらは、残り何日を示しているのだ? もたもたしてはいられないやもしれぬ」

「恐らく神代の時計でしから、見方がよくわからなくて……」

「……困ったな。明日までかもしれないし、明後日までかもしれない。一週間あるかもしれないし、朝には元の時代に戻ってるかもしれない。納期が信用できない取引先じゃないんだから」

「結局、事を迅速に行うしかないのであろうな」

 俺たちの会話をじっと聞いていたマナナが、口を開いた。

「──あれ、使えないの?」

「あれ、でしか?」

「ほら、魔獣除けとかなんとか。革を張った円盤の」

「あっ」

 存在を忘れていた。

「ありましたね、魔獣除け!」

 ヘレジナが、下ろしてあった荷物の中から魔獣除けの円盤を取り出す。

「木っ端半輝石セルでも一ヶ月、純輝石アンセルなら半永久的に持つと言っておったな」

 魔獣除けを裏返すと、びっしりと刻み込まれた術式の中央に、半輝石セルを嵌め込むための穴があった。

「どれ、さっそく嵌めてみようではないか。半輝石セルくらい、どこの家にでもあるだろう」

「勝手に泊まった上に家捜しか……」

「なーに、大事の前の小事ってやつさ。手分けして探そう」

「……まあ、そうだな。切り替えるか。仕方ない仕方ない」

 さほど物の多い家ではない。

 ほんの十分ほどで捜索は終わり、テーブルに十数個の半輝石セルが並べられた。

「大きさはこれくらい──かな?」

 マナナが、適当な半輝石セルを魔獣除けに嵌める。

 だが、すこし小さい。

「あちゃー、ダメか。これ、そもそも規格が違うね。アーウェンの規格じゃない」

半輝石セルって、規格とかあるのか」

「ありましよ。汎用性を高めるために、加工する際にはある程度同じ大きさにするのでし。そもそもが天然物でしから、加工せずに使うものも多いのでしが……」

「まあ、とにかく合わないってことだな」

「他の家も探してみるしかあるまい」

「カタナたちは、半輝石セルは持ち歩いてないの?」

半輝石セルだけあってもな。使い道が──」

 そこまで言って、俺は、自分の右手を見つめた。

 正確には、灰燼術の義術具に嵌め込まれた、真球の純輝石アンセルを。

「……これ、使えないか?」

「さ、サイズは近い、……ね」

「ま、物は試しだ」

 厳重に装着されている純輝石アンセルを、ベディルスに聞いた通りの手順で外していく。

 純輝石アンセルを魔獣除けの術式の中央に近付けると、吸い付くように綺麗に収まった。

 描かれた術式が、ほのかに発光する。

「……ピッタリじゃん」

「本当でし……」

「でもそれ、あの白い剣を使うのに必要なんじゃないの?」

「それは、まあ、そうなんだが……」

 プルを見る。

 この純輝石アンセルは、元はと言えばプルの祖母の形見だ。

 義術具以外の用途に使うのは、すこし抵抗があった。

 俺の視線の意味を察してか、プルが微笑む。

「だ、……だいじょうぶ! 使おう! ぱ、パタネアさんたちの安全のため、……だし」

「あの程度の魔獣どもを殲滅するには火力が過剰であるし、黒ずくめたちに使えば問答無用で殺してしまいかねん。今回は、そこの長剣でよかろう」

 ヘレジナが、家捜しの際に見つけた長剣を示す。

「そうだな。今回は、白き神剣はお休みだ」

 俺は、ヘレジナに頷くと、魔獣除けから純輝石アンセルを外した。

「あれ、外しちゃうの?」

「この魔獣除け、どのくらいの効果があるもんか、まだわからないだろ。明日、魔獣の近くで使ってみて、いったん確認だな」

「でしね。それがいいと思いまし。ナナさんが手ずから作ったものだから効果がないとは思いませんが、ちょっと苦しむ程度なのか、逃げ出すほどなのか、それだけでもこちらの動きが変わってきまし」

 マナナが感心したように頷く。

「なるほど、よく考えんねー。荒事と言うか、日常的に危険に晒されてきたって感じ」

 慧眼だと思った。

 事実、その通りではある。

「明日の行動は概ね決まったな。まず、魔獣除けの実験。その結果次第で、いつ北の入り江に攻め込むかを決める」

「う、うん。わかった」

「妥当なところであろうな」

「うちは、パタネアと一緒に子供たちの世話をしてればいいかい?」

「はい、それでお願いしまし。満月で、みんな不安だと思いましから……」

「りょーかい。そうと決まれば、ササッと風呂入って寝ちゃおうか。時間は無駄にできないもんね」

「でしね!」

「わかった。例の如く、俺は最後でいいから」

「すまんな。言葉に甘えるとしよう」

「ああ」

 俺たちは順番に風呂に浸かり、一日の汗を存分に流した。

 ベッドが足りなかったのでソファを借り、就寝する。

 疲れていたのか、夢は見なかった。

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