1/ワンテール島 -20 神隠しの遺跡
翌朝、遅く起きた俺たちは、飯場で朝食兼昼食をいただいたあと、西の森へと向かった。
ワンテール島は今日も快晴だ。
木陰に入ると、涼やかな空気が肌を冷やしていく。
「……あー、こりゃいいな。森も涼しくていい。大人の避暑って感じだ」
「そうだね。森の入り口にベンチなんて置いてさ、果実水を飲みながら読書をするんだ。いいだろ?」
「す、すてき、……かも」
「子供は当然、海でも森でも所構わずだけどね。ほら、そこにブランコがある」
マナナの指差した先には、板が少々斜めになっている手作りのブランコが設えられていた。
「ほう、よくできているではないか。雑に見えるが丈夫そうだ」
「ブランコ……」
ヤーエルヘルが立ち止まり、不思議そうにブランコを見つめる。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……」
「ヤーエルヘルちゃん、まさか乗ったことないの?」
マナナの問いに、ヤーエルヘルが首を横に振る。
「いえ、あるにはあるんでしが、楽しさがわからないというか……」
「ふうん……」
マナナが、ヤーエルヘルの肩を押していく。
「せっかくだ、乗ってこ。ブランコの楽しさも知らないんじゃ、ちょいと可哀想だ」
「は、はい」
導かれるまま、ヤーエルヘルがブランコに腰掛ける。
プルが尋ねた。
「や、ヤーエルヘル。い、いつもは、どうやって乗ってた、……の?」
「ええと」
爪先で地面を軽く蹴る。
ブランコが、ゆらゆらと揺れる。
「こんな感じ、でしかね……」
「あー、そりゃ楽しくないねえ」
ヘレジナが頷く。
「なるほど、そも遊び方を知らなかったというわけか」
「これ、間違ってるんでしか?」
「間違っちゃいないけど、すべてでもない。どれ、ロープしっかり掴んでおきな」
「……?」
マナナがヤーエルヘルの背後へと回り込む。
「じゃ、行くよー!」
そして、その背中をゆっくりと押し始めた。
「わ」
揺れに合わせることで、ブランコはどんどん加速していく。
「すごい、速いでし!」
「そらそら!」
「あはは、すごーい!」
ヤーエルヘルが、楽しそうに笑う。
微笑ましい光景だ。
だが、同時に、ブランコの乗り方すらわからないほど孤独だったかつてのヤーエルヘルが、とても不憫に思えた。
「──よーし、ヤーエルヘル。さらに高度な遊び方を教えてやるぞ。ブランコは押してもらうだけじゃない。自分で漕ぐこともできるんだぞ」
「え、どうやってでしか?」
「ふふん、いいだろう。それでは、私たちでブランコの遊び方を徹底的に仕込んでやる」
「お願いしまし!」
しばらくのあいだ、皆でヤーエルヘルにブランコの楽しみ方を教え込む。
当然ながら、さほど難しいものではない。
ほんの十分ほどで立ち漕ぎを覚えたあと、ヤーエルヘルが満足そうに笑った。
「ブランコって、すごく楽しいでしね!」
「そうであろう?」
プルが、マナナに頭を下げる。
「ま、マナナさん! あ、ありがとう、ござ、……います!」
「礼を言われるようなことなんて、何もないって。うちが子供好きなだけだよ」
そう口にして、にかっと笑ってみせる。
「マナナ、島の子供にも慕われてるんじゃないか?」
「慕われてるってか、舐められてるってか、よくわかんないや。ま、退屈はしないやね」
軽く伸びをして、マナナが歩き始める。
「さ、そろそろ行こうか」
「はあい」
ヤーエルヘルがブランコから下りる。
「遺跡って、どんな遺跡なんでしか?」
「もう、ボロッボロ。なんの遺跡かもわかんないし、人が住んでた形跡もないんだ。ただ、神代のものであることは間違いないんじゃないかな。たぶん」
「神代の遺跡と言えば、学士が飛びつきそうなものだが」
「こんな西の果て、しかもアクセス悪い孤島になんて、誰も来やしないって。ヘレジナちゃんたち、相当物好きだかんね?」
ふと、町のほうを振り返る。
「……まあ、ナナイロさんのことがなけりゃ、この島には来なかっただろうさ。でも、ここがいい島なのは間違いないぜ。会う人会う人、みんな気持ちがいい。来てよかったって素直に言える」
「お、そうかい。そいつは嬉しいな。うちも、この島好きだからね。外の世界に憧れて本島へ行ったけど、つい帰ってきちまうくらいには」
やがて、視界が広がる。
森が拓けていた。
「はい、到着」
プルが、周囲を見渡す。
「こ、……ここが、神隠しの遺跡……」
西の森の中ほどに唐突に現れた石造りの遺跡は、まるで中央に向かって螺旋を描くような構造になっていた。
朽ちた石垣は低く、ヤーエルヘルでも容易に乗り越えられる程度の高さだ。
螺旋の中央には、かつては釣り鐘型であったと思しき半壊した建造物があった。
「大してなんもないだろ。ここも、子供たちの遊び場さ。うちらもここに秘密基地を建てて、よく遊んだっけな」
「へえー、女の子でも秘密基地作ったりするんだな。そういうのは男の遊びだと思ってた」
「島の子は、男も女も関係ないからね。面白いことは全部やる」
「す、すーごく、楽しそう!」
「いいでしね!」
ヘレジナが、中央の建造物を見ながら言う。
「ナナイロは、遺跡の中央に
「言ってたね。でも、そんなもんあったかな……」
石垣を幾度も乗り越えつつ、皆で中央の建造物へと向かう。
プルが尋ねた。
「ま、マナナさんは、神隠し、……みたいなものに巻き込まれたこと、あるんです、……か?」
「うちはないけど、友達が一度だけ。そのときは十人くらいで花マル遺跡大改造計画を実行に移してたんだけどね」
何をやってるんだと思ったが、ツッコまない。
「そのうちの一人が、ほんの十分ほどいなくなったんだ。そこらで小便でもしてんだろって誰も気に留めてなかったんだけど、しばらくしてあの建物から泣いて出てきてさ。お前らどこ行ってたんだよーって号泣するわけ」
「いなくなったのは、そのひとのほう──なんでしよね」
「そうだよ。でも、その子が言うには、うちらが消えたんだと。遺跡を探して探して、でも誰もいなくて泣いてたら、いつの間にかみんな戻ってきてたってことらしい」
「妙な話であるな……」
螺旋の中央へ到達し、朽ちた釣り鐘の中へと入る。
そこにあったのは、かつて天井であったと思われる瓦礫の山だ。
太陽の光を浴びて、わずかにきらめいている。
「うへえ。うち程度の体操術じゃ、こんなん持ち上げらんないよ」
「では、私とカタナでどかそうではないか」
「二人とも、体操術得意なん?」
「私は、そうだな」
「俺は、多少体を鍛えてるだけだよ。まあ、やってはみるけどな」
「治癒術士がいるとは言え、無理して腰やるんじゃないよー」
「わかっとるわい」
瓦礫とは、つまり、石の塊だ。
一塊が数十キロもある瓦礫を、持ち上げ、倒し、押しながら、なんとか撤去していく。
「──わ! か、かたな!」
しばらく作業に没頭していると、プルが慌てて俺の手を取った。
「うん?」
気付けば、手のひらが血まみれだった。
どこかで切ったらしい。
「い、いま、治す……ね!」
「ああ、悪いな」
傷が見る間に塞がっていく。
「あーあー、無理したらダメだって。いくら治るからって、痛いもんは痛いでしょ」
「まあ、痛いは痛いな」
だが、この程度なら気にするほどでもない。
我ながら、随分と、痛みに無頓着になったものだ。
「まったく、まだまだ鍛錬が足りないようであるな」
自分と同じくらいの質量がありそうな石塊をひょいひょい運びながら、ヘレジナがそう言った。
「ヘレジナちゃんすごいね。とんでもないレベルの体操術だ」
「そうであろう?」
ヘレジナが薄い胸を張る。
「しかし、まあ、カタナは仕方がないのだ。そもそも
マナナが驚きに目を見開いた。
「……え、
「ないっす」
「細身のわりにがっしりしてるとは思ってたけどさ。そっか、大変だね……」
「べつに、言うほど大変でもないぞ。一人だったら野垂れ死んでたと思うけど、皆がいるからな」
「しっかし、それで剣術士たあ茨の道だね。頑張りなよ、応援してる」
「おう、サンキューな」
礼を言い、作業に戻る。
しばらくして、ヘレジナが声を張り上げた。
「──おい、くだんの
瓦礫を抱えたまま、爪先で床を指し示す。
釣り鐘の中央に、親指の爪ほどのごく小さな月色の石が嵌め込まれていた。
「ちっさ!」
「ちいちゃいでしね……」
「こんな木っ
「──…………」
数瞬、プルが思案する。
「な、ナナイロさんは、ヤーエルヘルの潜在
「はい、知ってまし。目の前で何度も使いましたから」
「なら──」
プルが、俺の顔を見上げた。
頷き、言葉を引き継ぐ。
「ナナイロさんは、全部知ってて〈めいっぱい〉って言葉を使った。なら、そういうことだろ。ヤーエルヘル、思いきりやっちまえ」
「はい!」
その場に膝をつき、ヤーエルヘルの指が
「──行きまし!」
目に見えぬ
やがて、敷石の隙間から光が漏れ出した。
「うわ!」
マナナが驚き、たたらを踏んだ。
思わず呟く。
それが何を意味するのか、理解しないまま。
「遺跡が、起動してる……?」
発光は建造物だけに留まらなかった。
今や遺跡全体──いや、周囲の森に至るまで、鮮やかな光を発している。
オーロラのような薄い帯が揺らめき立ち、遥か空を照らすように輝くのが見えた。
「どうなるのだ、これは!」
慌てふためくヘレジナに、プルが戸惑いながら答える。
「わ、わわ、悪いことにはならない、……と、思う。たぶん」
今は、そう信じるしかない。
光が徐々に強くなり、ほんの一メートル先すら判然としなくなる。
「ちょ、眩しい! 眩しいって! ヤーエルヘルちゃん、そろそろ──」
マナナがヤーエルヘルの肩に触れた瞬間、その矮躯がふらりと倒れ込んだ。
「ヤーエルヘル!」
慌てて助け起こす。
やがて、真っ白な光が視界を埋め尽くし──
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