1/ワンテール島 -19 小さな朗読会
「はー……」
マナナが感嘆の息を漏らす。
「人の声を保存だなんて、すごいな。そんなことできんだね。アンタら、大丈夫かい。呆然としてるけど」
プルが、呆然としながら口を開いた。
「す、すみま、……せん。ちょっと、い、いろいろ、衝撃的……」
ヘレジナが腕を組んだ。
「……私たちは、ナナイロに会ったことはない。それは確かなはずだ」
「ああ。パーティ名だけならともかく、俺たちの名前まで言い当てた。ナナイロさん、何者なんだ……?」
「わ、わかりません。フシギでし……」
「なあ、マナナ。あの書物って、いつ預かったもんか覚えてるか?」
「えー……と、そうだね。あの時は確か冬だったから、半年くらい前かな」
「半年前──、って」
皆と顔を見合わせる。
「わ、わたしたち、出会ってもいない……」
おかしい。
未来が見えているとしか思えない。
ふと、純粋魔術という言葉が脳裏をよぎる。
未来を知る魔術なんて、存在するのだろうか。
しかし、純粋魔術という単語を、マナナの前で口にするわけにも行かなかった。
「マナナ、神隠しの遺跡とは?」
ヘレジナの問いに、マナナが答える。
「ああ、森の中にある遺跡だろ。神隠しったって、本当に行方不明になるわけじゃないんだ。ほんの数分、一緒にいた相手とはぐれることがあるってだけ」
「ふむ。さほど危険はなさそうであるな」
「マナナさん。お手数でしが、明日、案内していただけませんか……?」
「構わないよ。ここまで来たら、ナナイロさんに何が見えてるのか、気になってしょうがないしね!」
「ありがとうございまし!」
ヤーエルヘルが、マナナに深々と頭を下げる。
「あとは、ワンダラスト・テイルの伝説──か」
「それ、何十年か前に島の作家が編纂したもんだね。どこの家にもたいてい置いてある。なんならうちにも二冊くらいあるよ」
プルが、いいことを思いついたとばかりに表情を明るくする。
「──そ、そうだ。この本で、ろ、朗読会、……しよう!」
「ほう、それはよい考えですね。リンシャでもウォーラートでも本屋が見つからず、仕入れることができませんでしたし」
「はい! 約束でしもんね」
マナナが小首をかしげる。
「朗読会?」
「ああ。俺、読み書きがろくにできないもんでさ。勉強中ではあるんだけど」
「なるほど。それで、読んであげるってな感じになったわけか。仲いいねえ。大して長い物語でもないし、ちょうどいいかもしれないよ。せっかくだ、うちも聞かせてもらおうかな」
「は、はい。どうぞ! が、がんばって、読みまっす!」
「そうと決まれば、果実水のおかわりを持ってこようか。喉が渇くといけないしね」
「ありがとうございまし!」
マナナが水差しに果実水を汲んできたあと、小さな朗読会は始まった
昔々のその昔、エン・ミウラ島の人々は困り果てていました。
島の近海に海の魔獣が巣を張り、町を襲い始めたのです。
魔獣から島を守るため、男たちは剣を取りました。
男たちが勇敢だったが故に、島には孤児が溢れました。
男たちが姿を消したのち、島に悪党が現れました。
悪党は魔獣を従え、今度は女たちをさらい始めました。
そうして、町には子供ばかりが残されました。
エン・ミウラ島は、子供の島となったのです。
あるとき、エン・ミウラ島に、五人の旅人が訪れました。
彼らの名は、ワンダラスト・テイル。
旅をしながら人を救う、まさに英雄でした。
子供たちは、ワンダラスト・テイルに助けを求めました。
彼らは、たったの五人で、たくさんの悪党と魔獣に立ち向かったのです。
ワンダラスト・テイルは多くの敵を打ち負かすと、悪党の住処である北の入り江へと向かいました。
彼らはそこで、島の大人たちが働かされているのを見ました。
男も、女も、殺されてはいなかったのです。
ワンダラスト・テイルは悪党の親玉を倒し、大人たちを助け出しました。
島の人々は喜び、ワンダラスト・テイルに島に留まってくれるよう頼み込みました。
しかし、ワンダラスト・テイルはそれを断りました。
世界には、困っている人が大勢いる。
自分たちは、彼らを助けなければならないと。
真なる英雄であるワンダラスト・テイルを、島の人々は涙ながらに見送りました。
そして、エン・ミウラ島の名を、彼らにあやかって、ワンテール島と改めました。
ワンダラスト・テイルの威光は、今もなお、この島を守り続けているのです。
「──おしまい」
ほんの二十分ほどの短い朗読会は、プルのその言葉で終わりを告げた。
ぱちぱちと、皆から拍手が送られる。
「さすがプルさま! 胸に染み入る朗読でありました」
「ほ、褒めすぎ……」
プルが苦笑する。
だが、皇巫女モードでの朗読はとても聞きやすく、耳に心地よいものだった。
「へ、ヘレジナも上手、……だったよ? 戦闘場面の読み方、とか、すーごく熱が、こ、篭もってた……」
「ヤーエルヘルの声も、もともと澄んでるから聞きやすかったしな。全員よかったぞ。ありがとうな」
「えへへ。こちらこそ、でし!」
マナナが、感心したように口を開く。
「ふうん。知ってる内容だけど、朗読してもらうと印象が変わるもんだね。迫力があるってかさ」
「うむ、これはこれで楽しいものだ」
「か、かたなに読んであげるってはじまりだった、けど、も、もっと読みたくなってきた、……かも!」
「お、もっと行くかい? うちの本棚から適当に引っ張ってきてもいいけど、さすがに今日は時間も時間だね。朗読会の続きは明日にして、そろそろお風呂入ったほうがいいよ」
ヤーエルヘルが、ふわふわの髪を手櫛で梳きながら言う。
「そうでした、髪がきしきししてるんでした……」
「海に入ったら、そりゃね。でも気持ちよかったろ?」
プルが即答する。
「は、はい! すーごく!」
「夏は海だよねえ。大人になってからは、あんまり行かなくなったけどさ」
「なんだ、もったいない。せっかく海が傍にあるのだから、気の向くままに遊べばよいものを」
「いや、その」
マナナが、気まずそうに答える。
「……恥ずかしいだろ、水着が」
「そ、……それは、はい。うへへ……」
プルが、目を逸らしながら頷いた。
「ガキの頃は、下着だろうが素っ裸だろうが気にしなかったんだけどね。お相手でもいれば話は別なんだろうけど、いないもんはいないし。ま、機会がないってとこさ」
「マナナさん、美人さんでしのに」
「あはは、ありがとね」
そう言って、苦笑する。
俺は、話を打ち切り、立ち上がった。
「んじゃ、順番に風呂だな。俺は最後でいいよ」
「う、うん。わかった」
「部屋に案内するよ。個室で構わないよね」
「個室、か……」
不服そうなヘレジナに、マナナが尋ねる。
「問題あった?」
「大きな問題はないのだが、部屋を共にすることに慣れ過ぎていてな。別々だと、どうにも落ち着かんのだ」
「そ、そうだね。こ、孤立するのが、いちばん危険、……だから」
「ここは平和な島でしし、何も起こらないことはわかっているのでしけど……」
「なるほど、大変な思いをしてきたわけだ」
うんうんと頷き、マナナが続ける。
「わかった。女の子三人は同室、カタナは個室にしよう」
「ああ、それで頼むよ」
「りょーかい。じゃ、ついておいで」
俺たちは、待合室の奥にある廊下へと足を踏み入れた。
清潔さを感じさせる白塗りの壁が灯術によって青白く照らし出されている。
診療所は、外観の印象に反し、思いのほか広い。
「──さ、ここが大部屋だ」
マナナが開いた扉の奥は、元の世界の病室とは幾分か異なる空間だった。
プライバシーを守るカーテンは存在せず、ただただベッドばかりが等間隔に並べられている。
「ひろーい部屋でしねー」
「虫入ってきたら、ごめんね。この時期は灯術の明かりに寄ってくるんだ、これが」
「なに、仕方あるまい。この程度、野宿で慣れておる」
「うちは無理だな、それ……」
肩をすくめるマナナに尋ねる。
「この診療所って、ベッドはどんくらいあるんだ?」
「大部屋はここだけで、個室は一階に二部屋、二階に四部屋。だから、合わせて十二床かな。カタナは隣の個室を使うといいよ」
「サンキュー、恩に着る」
「最後に、風呂と水回りも案内しておかないとね。物干し紐もいるだろうし」
マナナに連れられ、診療所の中を歩く。
診療所としてはさほど大きくないのだろうが、一人で住むにはあまりに広すぎる。
そんなことを思った。
「──じゃ、あとは自宅と思って好きにして。うちはもう、着替えて寝るからさ」
「はあい」
「世話になる」
「ま、また明日! マナナ、……さん」
「おやすみ、マナナ」
マナナが自室へ戻るのを横目に、俺たちは寝る準備を始めた。
ようやく就寝した頃には、既に日を跨いでいた。
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