3/魔術研究棟 -9 墓標

 いつしか太陽が顔を出し、周囲を赤く染め上げ始めていた。

 シオニアから離れたイオタが、照れ臭そうに口を開く。

「……シィの、お墓を作ろうと思うんだ」

 そして、ヤーエルヘルの腕の中で眠るシィへと話し掛けた。

「ねえ、どこがいい?」

「きっと」

 ヤーエルヘルが、答える。

「きっと、景色の綺麗なところが、いいと思いまし」

「じゃあ、智慧の丘かな」

「俺、スコップ持ってくるわ」

「うん、お願い」

 ドズマを見送り、イオタが思案する。

「墓標は──まあ、あとで考えるとして、ひとまずは木剣でいいかな。一時的に」

「ああ、いいと思う」

 俺たちは、ツィゴニアの処遇を学校関係者に託し、全優科を後にした。

 朝靄煙るネウロパニエを歩く。

 街は既に動き始めており、まばらながらも人々が行き交っていた。

 イオタの鱗や、ヤーエルヘルの腕の中で眠るシィに対し、驚愕や興味、あるいは嫌悪の視線を向ける者があった。

 そのたび、ドズマが相手を睨みつけるのだ。

 それが、嬉しかった。

 一時間ほど歩き、智慧の丘へと辿り着く。

 俺たちは、目立たないが景色の良い場所に、深く穴を掘った。

 小さな飛竜の遺体を、穴の底にそっと横たえる。

 そうして軽く土をかけて、最後に木剣を突き立てた。

「──…………」

 イオタが、そっと口を開く。

「シィ。ぼくには、君しか友達がいなかった。でも、今は──」

 こちらを振り返る。

「こんなに、いる。大切な友達が、こんなにいるよ。他にもいるんだ。銀組のクラスメイトだって、今はもう、普通に話せるんだよ。だから」

 イオタが、胸の前で輪を作る。

「安心してお眠り、ぼくの半身。──大好きだよ」

 前向きな別れの言葉に、俺たちは何も言えなかった。

 何も、言う必要がなかった。

 イオタは、もう、自分の足で立っているから。

「──それじゃ、戻ろうか。お爺ちゃんに薬をもらわなきゃ。この体じゃ、ちょっと、寮に戻りづらい」

「咳は大丈夫なのか?」

「うん。ある程度進行したら、逆に落ち着くみたい。今度は薬を飲むと咳が出るかも」

「そうか」

「それに、なんだか体が軽いんだ。今ならカタナさんにも勝てるかもね」

 イオタが、冗談めかして言う。

「ばーか」

 苦笑と共にそう返すと、俺たちは、朝露にきらめく智慧の丘を後にした。

 シィの、笛の音のような鳴き声が二度と聞けないことを、寂しく思いながら。




 ベディ術具店の扉をノックすると、慌てた様子でベディルスが出てきた。

「イオタ……ッ!」

 ベディルスが、イオタを抱き締める。

「……ふふ」

 イオタが微笑んで、ベディルスを抱き返した。

「大丈夫だよ、お爺ちゃん。ぼくは無事だから」

「……よかった、本当に」

 イオタを離し、ベディルスが尋ねる。

「それで、ツィゴニアはどうなった」

「──…………」

「その──」

 口を開きかけた俺を、イオタが遮った。

「ぼくが話すよ。これは、ぼくのことだから」

 そうして、語り出す。

 ツィゴニアの悪行を、淡々と。

 すべてを聞き終えたベディルスは、ソファに浅く腰を下ろし、右手で顔を押さえた。

「……あの、馬鹿息子……!」

「お爺ちゃん」

「すまない。きっと、私が、育て方を間違えたのだ。本当に、すまない……」

「いいんだ。ぼくには、お爺ちゃんがいるから。いつだって、近くで見守ってくれていた。ぼくが苦しんでいれば、薬を用意してくれた。心配してくれた」

 イオタが、慈しむように、ベディルスと視線の高さを合わせた。

「だから、いいんだよ。いいんだ」

「イオタ……」

 ベディルスが、涙を流す。

 イオタが、そっと、ベディルスを抱き締めた。

 嗚呼、

 本当に、

 なんて強い人なのだろう。

 イオタと同じ立場になったとき、俺は、同じことを言えるだろうか。

 同じように、振る舞えるだろうか。

「──…………」

 イオタが、俺に目配せをする。

 意図を察し、皆に言った。

「ここは、二人にしてあげよう」

 皆が、小さく頷いた。

 イオタとベディルスを残し、ベディ術具店を後にする。

 細い路地を抜けて大通りに出ると、曲がり角の陰から聞き知った声がした。

「──ありがとうございます」

「パドロ=デイコス、か」

 パドロが姿を現し、一礼する。

「申し訳ありません。あなた方を、復讐の道具に使ってしまった。どうしても、許せなかったものだから」

「い、いえ。その。こ、こちらこそ、ありがとうござい、……ます」

 プルが、そう言って頭を下げる。

「ぱ、パドロさんが居場所を教えてくれたおかげ、で、イオタさんを助けることが、……できた」

「ああ、プルの言う通りだ。その意味では、あんたは恩人だよ。……シオニアを誘拐したふりをしたこと以外はな」

 シオニアが目をまるくする。

「え、そんなことしたの?」

 ヘレジナが、からかうように言った。

「大層怒っておったぞ、カタナが」

 シオニアが、俺の周囲をくるくると回る。

「へー。ほー。ふーん……?」

「なんだよ……」

「ふふー、べつに!」

 そう言って、笑顔の花を咲かせた。

「それは、勘弁していただきたい。保険がなければ、情報を吐き出す暇もなく、打ち倒されていたでしょうから」

「……まあ、そりゃそうだわな」

 パドロが、自嘲の笑みを浮かべる。

「これで、デイコスは、僕を除いて全滅してしまった。暗殺者は廃業して、今度は社会的信用のある仕事を探しますよ」

「ああ、それがよい」

「──最後の仕事を完遂したら、ね」

 最後の仕事。

 見当はついていた。

 だが、止める気にはなれなかった。

「では、失礼します。今度こそ、二度とお会いすることはないでしょう」

 そう言って、パドロが朝焼けの街へと消えていく。

 最後の仕事を、済ませに行くのだろう。

「──二人とも、送るわ。そのあと適当に宿取って寝る。さすがにきつい……」

 プルが、隣で、上半身を小さく揺らす。

「そ、だね。もう、ふらふら……」

「うん、わかった。まだ旅立たないんだよね?」

 シオニアの言葉に、頷く。

「ああ。心配しなくても大丈夫だ」

「……うん。じゃ、ドズマ。帰ろっか」

「おう。たぶん、しばらくうるせーけどな。なにせ、竜の死体があるんだ」

「……ほっといたら灰になって風に溶けてたりしないかな」

 ドズマが笑う。

「頑張れ、竜殺し」

「変に名前が残らなきゃいいがなあ……」

 弱々しく苦笑し、そう呟いた。




 ドズマとシオニアを送り、近くの安宿を取る。

 四人で一部屋だ。

 部屋は空いていたけど、そうした。

 俺は、

 部屋へ入るなり、

 ヤーエルヘルを抱き締めた。

「──ヤーエルヘル。よく我慢したな」

 ヘレジナとプルも、ヤーエルヘルを囲むように寄り添う。

「頑張ったな、偉いぞ」

「だ、だから──もう、泣いて、……大丈夫」

「──……う」

 ヤーエルヘルの口から、悲しみが溢れ出す。

「あ、……うああ……、シィちゃ……、シィちゃん……」

 ヤーエルヘルが我慢していることに、俺たちは気が付いていた。

 だって、そうだろう。

 いちばんつらいはずのイオタが頑張っているんだ。

 その隣で、自分が大声で泣きわめくわけにはいかないと、ずっと、そう考えていたのだろうから。

「強い子だ。ヤーエルヘルも、イオタも」

「……うあ、……ひっ、あ、ああああ……」

 ヤーエルヘルは、泣き続けた。

 泣いて、泣いて、泣いて、いつしか泣き疲れて眠っていた。

 俺たちは、その様子を見て微笑み、床に寝転がった。

 眠気はすぐにやってきた。


 嗚呼、


 疲れた──

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