3/魔術研究棟 -6 人工亜人/人工陪神

 アーツェと呼ばれた十三体の異形が散開し、俺たちを取り囲む。

「ヘレジナ」

「ああ」

「プルとヤーエルヘルを頼む。俺が数を減らしたら、殲滅に参加してくれ」

「相分かった」

 神剣を抜き放つ。

 灰燼術を使用し、神剣に白き衣を纏わせる。

 神眼発動。

 燕双閃・自在の型で以て、目の前のアーツェに斬り掛かる。

 アーツェがヘレジナ級の身体能力で一撃目を避ける。

 だが、意味はない。

 必ず命中する二撃目が、アーツェの頭部を塵と化した。

 残り十二体のうち、七体がこちらを警戒する。

 そのうちの二体が同時に俺へと飛び掛かった。

 だが、統率が取れていない。

 ただ同時に仕掛けただけで、連係とは言えない。

 理のない連撃と同じだ。

 俺は、右から来たアーツェの胴を、避けるついでに横薙ぎにした。

 残り十一体。

 間近のアーツェに再び燕双閃・自在の型を仕掛ける。

 魔術兵器とやらに、対処法に気付くだけの眼力があるはずもない。

 残り十体。

 残り九体。

 残り八体。

 次々と数を減じていく。

 俺を脅威とみたか、今度はアーツェがプルへと殺到する。

「わ──」

 その瞬間、五体のアーツェが、黒い血液を噴き出しながら同時に倒れた。

「プルさまに触れるな、下郎が」

 残り三体ともなれば、あとは数える暇もない。

 あっと言う間にすべてのアーツェが地に伏せる。

 同時に、白き刃が掻き消えた。

 二十秒。

「──……ッ」

 パラガンの頬が引き攣っているのが見えた。

「つ、次だッ! 人工陪神クラニュトを出せ!」

 ヤーエルヘルが目をまるくする。

「人工、陪神──でしか?」

 広間の中央の床が開き、何かが迫り上がってくる。

 それは、体長十メートル以上はある、極彩色の奇態な怪物だった。

 石油の輝きを湛えたその胴体からは無数の触手が生えていて、そのうちの一本だけが腕のようにバタバタと蠢いている。

 口は一つ、その歯は円形に並んでおり、奥には無数の歯列が見えた。

 クラニュトがこちらを捕捉し、一本の手を使って、ゆっくり、ゆっくりと這い寄ってくる。

「ヤーエルヘル、頼んだ」

「はい!」

 ヤーエルヘルが、右手の人差し指と中指を揃え、クラニュトを指し示す。


 パチッ。


 火花が走る。

 まっすぐに、まっすぐに、火花がクラニュトへ飛んでいき、


 ──時が止まる。


 世界から音が消え、


 世界から色が抜け、


 世界から──




 クラニュトを中心として半径十数メートルの範囲の空間が消失した。




 気圧が下がる。

 失われた空間を補填しようと、広間に暴風が吹き荒れた。

「は──」

 見れば、パラガンがその場で腰を抜かしている。

「これでいいのか?」

「ば──化け物どもがッ!」

 ヘレジナが激昂する。

「お前らの作っているもののほうが、余程化け物ではないか!」

「約束だ。二人の元へ案内しろ」

 パラガンが立ち上がる。

「い──いや、まだだ! アーツェのなり損ないがいただろう! あれを出せ! せめて一人だけでも削れ!」

 パラガンの指示に呼応するように、十秒ほどして別の壁が開く。

 そこにいたのは、


 ──見覚えのある男女の顔が貼り付いた、アーツェのなり損ないだった。


 見たことがある。

 たしかに見たことがある。

 思い出す。


 あれは──


 大図書館でイオタを助けたときに、最初に襲い掛かってきた男女だった。


「さ、……さあ、殺せ! そいつらを殺せ! 人工亜人アーツェ!」


 男女の顔が、言う。

 生気のない声で、言う。


「「──こ、……ろし、て」」


 嗚呼。

 そうか。

 俺たちが殺したアーツェはすべて、人間を材料にしたものだったのか。


「殺してやる! あとで殺してやるから、そいつらを殺──」


 ──頭の中で、何かが弾けた。


「あああアアアアアアアアッ!」


 走る。

 疾る。

 白きヴェールを神剣に纏わせ、白炎を爆裂させながら、その勢いで壁を駆ける。

 五十段。

 本来ならば届くはずのない十メートルの高さを駆け上がり、

 そのまま、

 パラガンの脳天から股間までを唐竹割りに──

「……ッ!」

 白き神剣を、寸前で止める。

「あづァッ!?」

 太陽の表面と同じ温度の白き神剣が、パラガンの眼鏡を融解させ、顔に縦一文字の火傷を生じさせていく。

「……殺す価値もねえよ」

「へ──」

 俺は、パラガンを階段の下へ蹴り落とした。

 死んだら死んだで、パラガンの運だ。


「──この施設のすべてを壊す。関わった人間、すべてを不具にする。イオタとツィゴニアを出せ。連れて来たやつだけ五体満足で生かしてやる」


 沈黙が響く。

 数分ほどした頃だろうか。


 ──ガコン。


 壁の一部が、開いた。

 奥から出てきたのは、一人の少年だ。

「イオタ……ッ!」

 俺は、壁を滑り、勢いを減じながら着地した。

「イオタさんっ!」

「い、イオタ、……くん!」

「イオタ、お前! 心配掛けおって!」

 皆がイオタの元へと駆け寄る。

 なり損ないのアーツェは、殺してくれと嘆きながら、一歩も動かないままだ。

 彼らを躊躇なく殺した罪悪感に苛まれながら、それでも、友人が無事でいてくれたことを喜ぼうとした。

 だが──

「イオタ、その鱗……!」

 イオタの全身に、まだらに鱗が貼り付いていた。

 その数は、あの時の比ではない。

「カタ、ナ、さん……」

 イオタが俺の名を呼ぶ。

「に、げ──」

 その瞬間、

 胸に痛みが走った。


「──……え?」


 俺の胸に、ナイフが突き立っていた。


 意識が黒く塗り潰されていく。


 嗚呼。


 何故だろう。


 死の瞬間が、こんなにも懐かしいのは。



「──……たな」




 声が聞こえる。




「か……な……」




 あたたかい。




「──かたなッ!」


 プルの声に飛び起きる。

「状況は」

「お前が刺されてから、二分というところだ。状況は悪い」

 ヘレジナが、十メートルほど距離を空けたイオタを視線で示す。

 イオタは、赤黒い血がべっとりと付着したナイフを、自らの首筋に一センチほど食い込ませていた。

 ぷつりと切れた皮膚から、一筋の血が流れている。

「イオタさんは、操られて、いまし……」

 ヤーエルヘルがそう言った直後、


「──やあ、カタナ=ウドウ」


 イオタが、イオタの声で、しかしイオタではない口調で告げた。

「抵抗はしないほうがいい。イオタの命が惜しければ、ね」

「──…………」

 イオタを──その向こうの誰かを睨みつける。

「お前は、誰だ」

「そんなこと、どうだっていいだろう? 大切なのは、イオタと君たちの未来だ。そうではないかな」

 誰だ。

 誰がイオタを操っている。

「私からの要求は、そう無茶なものでもない。ほんの一時間ほど、この場で時間を潰してくれればいい。そうすればイオタの命は保証するし、なんなら多少の質問には答えてやっても構うまい」

「──…………」

 自らを落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐く。

「わかった」

 そして、無抵抗を示すために、その場に腰を下ろした。

「──ありがとうな、プル。お前にはいつも助けられてるよ」

「う、……ううん。わ、わたし、治癒術が得意で、……よかった」

 プルもまた、俺の隣に座る。

「……イオタさんに、何をしたのでしか」

 ヤーエルヘルが、問う。

 イオタの向こうにいる者を視線で射抜きながら。

「なに、大したことはしていない。魔獣使いが何故魔獣を操れるのか、御存知かな?」

「魔獣の血を継ぐ一族だからであろう」

「その通り。博学だね、ヘレジナ=エーデルマン」

「最近耳にしただけだ」

「──では、こうは考えられないかな」

 イオタが口角を吊り上げる。

「〈人間の血を引く人間が、同じ人間を操れないはずがない〉」

「……滅茶苦茶だ」

「そうだね。確かに無理がある。だが、この魔術のコンセプト、その発端は、確かに魔獣使いだったのだ。魔術研究科は成し遂げた。原理こそ魔獣使いと掛け離れているものの、人が人を操る魔術を作り出した。もっとも、お手軽とは決して言えないけれどね。これが、ほんの十年ほど前のことだ」

「で、でも、人を操る魔術なんて、は、初めて聞いた……」

「当然だよ、プル=ウドウ。こんな魔術が人々に知れ渡ったら、世界は混乱に陥る。我々のみで独占すべきだ。そうだろう?」

 言っていることは、正しい。

 だが、根本的に間違っている。

 そもそも、こんな魔術を開発することが誤りなのだ。

 ヤーエルヘルが、悲痛に叫ぶ。

「そんなの、純粋魔術と変わりません……!」

「変わるさ。少なくとも、管理はできている。あれは暴走しているようなものだからね。わけもわからず、所構わず、思いついた術式を試す。いかれているよ。できそうだからという理由で神を造り出す連中だ。お近づきにはなりたくないね」

「よく言うわ」

 ヘレジナが、吐き捨てるように言った。

「お前たちは、陪神を造り出そうとした。やっていることは変わらん」

「ああ、あれか。あんなものは神代魔術の再現に過ぎないよ。人工亜人を兵士、人工陪神を兵器とした、ウージスパインの軍備増強計画。しかし、人工陪神は失敗だな。たかだか魔術の一つで掻き消えるとは、か弱いにも程がある」

 奴は、知らない。

 開孔術が、どれほど問答無用の魔術であるのか。

 まともに人工陪神と戦っていれば、恐らく苦戦を強いられただろう。

「対して、人工亜人の完成度は素晴らしい! 奇跡級には無力だとしても、捕虜を捕まえることで、いくらでも忠実な兵士を作り上げることができるのだからね。倒せば倒すほど兵力が拡充されていく。人的資源の有効活用だ」

 狂っている。

 ラーイウラ城下街の人々とは異なる意味で、狂っている。

 彼らは自分の快楽のために奴隷を犯し、安易に殺し、イオタを操っている誰かは自らの利得のために倫理を無視している。

 どちらがどちらと言うこともない。

 ただ、反吐が出る。

「──何故、デイコスが人工亜人の材料になってるんだ。俺は、パドロ=デイコスに、ここへ来るように指示された。イオタとツィゴニアを助けたいのなら、と」

「パドロ=デイコス──ああ、あの取り逃がした男か。なるほど。それで、君たちがこの場を訪れたというわけだね。実にクレバーだな。彼にとっては最善の一手だろう」

「……取り逃がした?」

「ああ。我々は、デイコスを利用した。不要になった人間を殺害し、必要な人間を誘拐させ、そのたびに多額の報酬を支払った。だが、考えてみたまえ。彼らは我々の秘匿すべき部分を知り尽くしているのだ。我々は、暗殺者など信じない。故に口封じをした。元より、材料となる人間は不足していたからね。スラムから引っ張ってくるにも限界がある。彼らは良い資源となってくれた」

「──…………」

「パドロ=デイコスは、我々の手を逃れた唯一の人間だ。それで、君たちに助けを求めたのだろう。彼なりの方法で」

 そうか。

 パドロは、俺たちを魔術研究科にぶつけることで、仲間の救出、あるいは復讐を果たそうとしたのだ。

「……もし、邪悪という言葉が形を持つのなら、お前の姿になるんだろうな」

「心外だな。私は合理主義なだけだよ」

 イオタが肩をすくめてみせた。

「イオタは、わかった。だが、ツィゴニアはどこにいる」

 俺の質問を、イオタの向こうの相手が鼻で嘲笑った。

「まだ気付かないのかな、カタナ=ウドウ」

「……?」


「──私だよ。私こそが、ツィゴニア=シャンだ」

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