3/魔術研究棟 -5 魔術研究棟

 ウージスパイン魔術大学校、十二時の門。

 優に身長の三倍はある鉄柵門の前に、俺たちは立っていた。

 幸い、見張りの姿はない。

「さて、どうする。私だけであれば跳び越えても行けるが」

「大丈夫だ。皆、ちょっと離れててくれ」

「お前、まさか──」

 神剣を抜き放つ。

 そして、柄を握り締めながら、右手の人差し指と小指を立てた。


 ──キュボッ!


 白き炎が揺らめき立ち、瞬時に刀身を成す。

 俺は、白き神剣の二振りで、鉄柵の一部を溶断した。

 鉄の蒸発する音が周囲に響き、斬り落とされた幾つかの鉄棒が、がらんがらんと音を立てる。

 後には、人ひとりがくぐり抜けるのに十分な隙間が開いていた。

「これでいい」

「わ、わ、……すごい!」

「すごーい、でし!」

「……とんでもないやつに、とんでもない物を与えてしまったのではないか?」

 全優科の敷地を走る。

 魔術研究棟への道のりは覚えている。

 長大な直線水路カナール

 涼やかな壁泉。

 それを囲むように張られた、広々とした芝生。

 たった二日ぶりの風景がこんなにも懐かしく思えるのは、ここに戻ってくることは二度とないと覚悟していたからだろう。

 やがて、無骨な建造物が見えてくる。

「──さーて、どうすっか」

「中には無辜の研究員たちも多くいるであろう。デイコスと研究員の判別がつかない以上、こちらから攻撃を仕掛けるわけにも行くまい。まず、出方を窺うべきだ」

 ヘレジナの言葉は当を得ている。

「わかった。プル、扉を開けてくれるか」

「う、……うん!」

 プルが、扉に埋め込まれた半輝石セルに触れる。

 だが──

「……あ、開かない。か、か、回路を切ってある、……みたい」

「わかった」

 であれば、仕方あるまい。

「悪い、また下がっててくれ」

 三人を下がらせ、灰燼術で再び神剣の刃を成す。

 そして、今度は円形に扉を穿った。

 円の中央を蹴り抜くと、扉に丸い穴が開く。

「行くぞ」

「もはや、何でもありであるな……」

 扉の穴をくぐり、魔術研究棟へと侵入する。

 灯術の明かりが目を灼いた。

 ホールにいた人々が、ざわめく。

「──な、なんだ、君たちは!」

 一人の研究員が、俺たちと距離を取りながら、誰何の声を上げる。

「イオタ=シャン、並びにツィゴニア=シャンを迎えに来ました」

 そう言った瞬間、

 ──ぴたり、と、ざわめきが止んだ。

 人々の顔に、驚愕、そして悲観が浮かぶ。

 研究員の誰かが、叫んだ。

「こいつ──カタナ=ウドウだッ!」

「な──」

「……カタナ=ウドウだって!?」

 ホールが混乱に満たされる。

「ま、待て!」

 ヘレジナが、慌てて皆を諫める。

「我々は、デイコスに囚われたイオタとツィゴニアを助け出しに来ただけだ! お前たちに危害を加えるつもりはない!」

「どうして! 何故、こんなところに!」

「すべて上手く行くはずだった、それなのに……!」

「──…………」

 俺は、灰燼術によって神剣の刃を成し、


 ──柱の一本を、叩き斬った。


「黙れ。動くな。許可なく喋ればデイコスと見なす」


 ホールが沈黙に包まれる。

「そこのヒゲ面」

「──は、はひッ!」

「イオタとツィゴニアは、この魔術研究棟にいるか」

「い……、います……」

「どこだ」

「ち、地下……」

「案内しろ」

「ぼ、……僕ですかァ?」

 男性研究員が、周囲を見渡す。

 だが、他の研究員たちは、揃って目を逸らした。

「う、う……」

 男性研究員が、震える足で、俺たちを案内しようとしたときのことだ。

「──やあ、やあ、やあ! カタナ=ウドウ君ではないか!」

 ホールの奥から白衣を着た長身の男性が現れた。

「ぱ、パラガン教授……!」

「ははは、参観会の武術大会では大暴れだったね! たいへん興味深く拝見させてもらったよ! ところで、こんなところでも大暴れしているようだが?」

「イオタとツィゴニアを探している」

 パラガンと呼ばれた男が、鷹揚に腕を開いた。

「ああ、彼らなら〈遊びに〉来ているとも! 何か問題でもあったかな」

「迎えに来た。案内してくれ」

「ああ、いいともいいとも。こちらへどうぞ」

 俺たちに背を向け、パラガンが歩き出す。

 案内すると言うからには、ついていくより他にない。

「ところで、何故こちらへ?」

「パドロ=デイコスに言われて来た」

「パドロ=デイコス──ああ、あの眼鏡の! はー、はー、なるほどなるほど」

 パラガンが、オーバーリアクション気味に何度も頷いた。

「彼、他に何か言ってなかったかな!」

「──…………」

 答えない。

 俺は、この男を信用していない。

 プルたちも、俺の判断を信じてか、何も言わなかった。

「ええー、会話もしてくれないのかい。おじさんつまらないな! まあ、いいけど。道中、我が魔術研究科の理念でも聞いて行きたまえ!」

 無機質な廊下を歩きながら、パラガンが続ける。

「魔術とは探求である。我々には既に手本が用意されている。であれば、その手本を目指し、さらにその先へ行くのが目標であるべきだ」

「──…………」

「魔術研究科では、新規魔術の開発の他、神代魔術の再現を行っている」

 ナナさんのことを思い出してか、ヤーエルヘルが口を開いた。

「それ、純粋魔術──でしか?」

「いやいやいや、もちろん純粋魔術とは異なるとも! 純粋魔術とは、あくまで主義、考え方に過ぎない。純粋魔術の生み出した便利な魔術があったとして、それを避けて通るのはおかしな話だろう? 空を飛べそうだから飛んだ純粋魔術の信奉者とは異なり、目的を持って空を飛ぶことを目指す。そのためには、既に空を飛んだ人々の手法を再現するのが近道だ。我々がやっているのは、それだよ」

 ヘレジナが呟く。

「詭弁のようにも思えるが……」

「ははは、よく言われる言われる! だが、純粋魔術なんかに予算は下りない。我々はあくまで、目的のために魔術を発展させている。それは疑いようのない事実だぜ」

 そう言って、パラガンが足を止める。

「さて、ここだ」

 物々しい扉の脇に、半輝石セルが埋め込まれている。

 パラガンは、懐から金属製のカードを取り出すと、それを半輝石セルの隣のスロットに差し込んだ。

 半輝石セル魔力マナを込めることで、扉が左右に開いていく。

「こういったカードキーも、より良いセキュリティをと探求した成果だ。原理を説明しよう。半輝石セルと機構を繋ぐ術式に隙間を空け、そこに──」

「お前、時間稼ぎをしてるだろ」

「──……ッ」

 パラガンが息を呑む。

「わざと歩く速度を緩めていた。それを誤魔化すために長話をしていた。見ればわかる」

「……敵わないな」

 パラガンが、両手を上げた。

「わかった、わかった。ツィゴニア=シャンに会わせよう」

 扉の向こうに伸びるのは、角度のきつい階段だ。

 俺たちは、地獄に通じているとすら思える階段を、ゆっくりと下って行く。

 長い、長い、きざはしの先──

 地下に広がっていたのは、鋼鉄製の壁に囲まれた広大な空間だった。

 見渡す限り、何もない。

「──さて。ツィゴニア=シャンと会わせるためには、幾つか条件がある」

「条件?」

「戦闘テストに付き合ってもらいたい」

「──…………」

 目をすがめる。

「お前をここで斬って、別の誰かを連れて来てもいい」

「ははは、血気盛んだね! だけど、この空間は既に監視されているんだ。妙な行動を起こした際に、二人の安全は保証しかねるが、よろしいかな」

 エイザンやパドロみたいなことを言う。

「何と戦わせる気だ」

「そうそうそう、そうこなくっちゃ! なに、ちょっとした魔術兵器というやつさ。軍備増強、どこの国だって必要だろう?」

「くだらんな」

 ヘレジナが鼻を鳴らす。

「ウージスパインは、北に接するハウルマンバレー、南に接するクルドゥワ、島国であるアーウェンとも、良好な関係を結んでいると聞く。ラーイウラは王が代替わりし、すぐに国交が開かれるだろう。いったい何と戦うのだ」

「その蜜月が永久に続くと思うのが、素人の浅はかささ。関係が悪化してから増強したって遅いんだぜ。わかるかな、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんではないわ!」

「──んで、その魔術兵器のテストを、あわよくば俺たちの始末ついでにしたいわけだ」

「その通り!」

 隠さなくなってきたな。

「勝手にしろよ。魔術兵器だのなんだの、好きに出せばいい」

「ほう! 大きく出たね、よろしい」

 パラガンが大声を張る。

「アーツェを、いるだけ出せ! 全部だ!」

 パラガンの声に呼応するように、


 ──ガコン。


 壁の一部が開いた。

 ざわざわと、人ならぬ声が耳をくすぐる。

 暗闇から現れ出たるものは──


 異形。

 無数の異形だった。


「ひ──」

 ヤーエルヘルが、俺の背中に隠れる。

 漆黒の肉体に三本の足。

 節くれ立った関節からは、幾つも歯が覗いている。

 無数の口の奥にてらてらと光る眼球があり、それらが俺たちを睨んでいるように見えた。

 数人の人間を鍋で煮て、ドロドロになった後に再び固めたような怪物だ。

「──さあ、見せてくれアーツェ! お前たちの戦闘能力を!」

 そう言って、パラガンが階段を上がっていく。

 パラガンが壁に設置されていた半輝石セルに触れると、床から五十段ほどの階段が格納され、俺たちは逃げ場を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る