3/魔術研究棟 -3 捜査

 乗合騎竜車に揺られながら、ウージスパイン魔術大学校の敷地を大きく迂回して北区へ向かう。

 くだんの会社は、すぐに見つかった。

 三階建ての無骨な建造物に、〈アイロート身辺警護〉と看板が出ている──らしい。

 読めないが、それなりに大きな企業であることはわかる。

 ベディルスが、アイロート身辺警護の玄関を押し開き、ずかずかと社内へ入っていく。

「社長室はどこだ」

「お、お客さま。アポイントメントのない方は──」

「社長室はどこだ」

「え、その……」

 受付嬢の視線が、助けを求めるように上階へと振れた。

「上だな」

「ああッ! アポイントメントのない方はあッ!」

 受付嬢を無視し、上階へと向かう。

「……すごいな、あの人」

 プルが、呆然としながら言う。

「は、初めて会ったとき、あんな感じだった、……ね」

「そうだったな……」

 躊躇なく進んで行くベディルスの後を追う。

 そのまま三階まで上がると、ベディルスが社長室の扉を蹴り開くところだった。

「──うおッ! な、なんだアンタたちは!」

 ベディルスが、客用のソファにどっかと腰を下ろす。

「お前のところの社員のことで、話がある」

「常識がないのかね! お、おい! 誰か来てくれ!」

 隣室から、物々しい装備を着けたむくつけき男たちが数人現れる。

「私には、話を聞く権利がある」

「なんだと」

「私の名は、ベディルス=シャン。お前たちが護衛を失敗したツィゴニア=シャンの父親だ」

「──…………」

 場が静まり返る。

 顔を蒼白にした社長が、男たちに言った。

「……お、お茶をお淹れして」

 すごいを通り越して、怖かった。

「君たちも、座れ。まずは話を聞かねばならん」

「あ、はい……」

「本当にただの術具士なのか、貴様は……」

「術具士だとも。アイバ君の右手を見ればわかるだろう。〈ただの〉かどうかは知らんがな」

 アイロート身辺警護は、師範級の武術士と魔術士を総計十一名擁するネウロパニエでも大きな警護会社だ。

 信頼と実績も重ねており、幾度も要人警護を成功させている。

「ツィゴニア様にも贔屓にしていただいておりました。ネウロパニエをお忍びで訪れる際には、必ず指名を賜りまして。このようなことになって、本当に、面目次第もございません……!」

 社長が深々と頭を下げる。

「そんなことはどうだっていい。息子の護衛についたのは、誰だ」

「我が社でも腕利きの者が、四名。彼らがやられるとなれば、相手は奇跡級の武術士、あるいは魔術士であったことは間違いないでしょう」

「裏切る可能性は」

「……裏切る?」

 社長の眉間に皺が寄った。

「それは、あり得ません。彼らは我が社で十年以上雇用しており、信頼関係も築いていたと自負しております。給金の面でも十分な支払いをしておりますから、その面からもトラブルになったことはございませんし」

「ふむ……」

 確認したいことがあった。

「彼らの写真はありますか?」

「ええ、あります」

「見せていただきたいのですが」

「構いませんが……」

 社長が、書棚のファイルから、四名に関する書類を取り出す。

 書類のあいだに金属板が挟まっていた。

 皆で、金属写真を確認する。

「う、うん。見覚え、ある……」

「今から三週間前か。さすがに明確には覚えていないが、アンパニエ・ホテルのロビーで見たような気もする」

「──…………」

「──……」

 俺とヤーエルヘルは、顔を見合わせた。

 互いに頷き合い、口を開く。

「いない」

 ベディルスが、不可解そうに尋ねた。

「……どういう意味だ?」

「俺とヤーエルヘルがアンパニエ・スイートで見た護衛の顔が、ないんです」

 社長が目を見開く。

「まさか。交代したという話は聞いていないが……」

「いちおう、社員全員の写真も見せてもらっていいですか?」

「ええ、わかりました」

 五十枚近い金属写真を確認する。

 だが、あの日俺たちにグラスを運んできた護衛の顔は、どこにもなかった。

「──恐らく、護衛はあの時点で、既にデイコスと入れ替わっていたのだと思います」

「なんだと」

「そう考えると辻褄が合う。護衛がデイコスだったから、誘拐はスムーズだった。護衛がデイコスだったから、争った形跡を偽装した。護衛がデイコスだったから、そもそも護衛の死体は残らなかった。本物の護衛は──恐らく、もう、亡くなっているでしょう」

「──…………」

 社長が目を伏せる。

 ベディルスが、あごを撫でながら口を開いた。

「しかし──だとしても、不自然な点があるな」

「たしかに」

「ツィゴニアさんは、何故、護衛が入れ替わっていることに気付かなかったのか──でしね」

「ああ。気付かなかったはずはないから、よほど巧妙に交代を装ったんだろうけど……」

「もう一つ、ある」

 ベディルスが言った。

「何故、デイコスは、今日まで動かなかったのか。一度入れ替われば、誘拐を行う機会など数え切れないほどあったはずだ」

 ヘレジナが、思案しながら答える。

「やつらにとって都合の良いタイミングがあったのではないか? 入れ替われるくらいならば、その時点で誘拐は可能だ。時期を見ていたと考えるのが自然だろう」

「そのタイミングが今朝だった──と、いうわけか」

 かなりのことが判明した。

 だが、肝心のことはまだわからない。

 ツィゴニアさんの居場所だ。

「──ここまで、だな」

 ベディルスがソファから腰を上げる。

「この方向から調査を入れても、ツィゴニアには辿り着けまい」

「そう、ですね……」

 犯人はデイコスである。

 わかりきっていたことを、改めて証明しただけだ。

「すみません、無駄足を踏ませてしまって」

「何を言っている。君は──君たちは、事件の一部を解き明かした。憲兵どもより早く、な。まだその頭脳を借りたい、付き合ってくれ」

「ええ、もちろん」

「──では、邪魔をしたな」

 社長が、再び深々と頭を下げる。

「いえ、こちらこそ、申し訳ありませんでした。私どもも独自に調査を行っております。何か判明したら、お伝え致します」

 社長に会釈を返し、アイロート身辺警護を後にする。

「ウドウ君。デイコスについて、知り得る限りのことを教えてくれないか」

「それは構いませんが、俺もさほど詳しいわけではないですよ」

「構わない」

 ベディルスの言葉に頷き、デイコスについての情報を思い出しながら口を開く。

「まず、暗殺者の一族であること。血操術と呼ばれる秘伝魔術で暗殺を行うこと。戦闘を下策であると考えていること。あとは、カタナ=ウドウの名を異常に警戒していること──くらいでしょうか」

「──…………」

 ベディルスがあごを撫でる。

「カタナ=ウドウに怯えている。であれば、ウドウ君の行きそうな場所には決して訪れない。そう考えて良いのだろうか」

 ヘレジナが頷く。

「あり得るやもしれん。パドロ=デイコスは、過剰なまでにカタナの介入を恐れていた。カタナが絶対に行かない場所。探すべきはそこかもしれない」

「か、かたなが、行かない場所……」

 プルが思案し、言った。

「こ、この街のどこにだって、行く可能性はある、……し。そ、そ、そうなると、ネウロパニエの外になるの、かも」

「でしね。あちしたちは、しばらく、ネウロパニエに留まりましし……」

「誘拐してすぐさまネウロパニエの外へ連れて行かれたとしたら、厄介だな」

 本当にそうであれば、ツィゴニアの捜索は絶望的だ。

「ネウロパニエの外、か」

 ベディルスが深く考え込む。

「……可能性としては考慮していたが、そう願いたくはない。憲兵が主要道路に検問を張っているが、検問以前に通り抜けていたとすれば、どうしようもない。そうでない可能性を信じるしかあるまいな」

「ええ。まだ、どちらかであると断じるには早すぎます。ツィゴニアさんが生きてネウロパニエにいる可能性がある以上、探し続けましょう」

「ああ、そうしよう」

 ベディルスが、かすかに微笑んだ。

「ありがとう」

「いえ、俺たちも心配ですから」

 ヘレジナが提案する。

「イオタやドズマたちに協力を仰ぐのはどうだ。今のイオタならば、父親が誘拐されたことを伝えても絶望はすまい」

「いや、相手は暗殺者だ。下手に見つけたほうが危ない」

「……そうでしね。カタナさんやヘレジナさんだから平気なのであって、普通のひとたちが相手するには危険過ぎる相手でしもの」

 ベディルスが頷き、歩き出す。

「手分けをして──というのも、さほど効率はよくない。それより、一緒に動いて意見を出し合うほうが建設的だ。しばらく付き合ってほしい」

「次はどこへ行くのだ?」

「次は──」

 俺たちは、ベディルスの案内で、ネウロパニエの各所を巡り続けた。


 ──だが、その日、ツィゴニアが見つかることはなかった。

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