2/魔術大学校 -32 誕生会

「えー……、では」

 イオタが咳払いをする。

「高等部二年銀組準優等クラス惜しかったね会二次会兼、お別れ会兼、カタナさんの誕生会を執り行いたいと思います!」

 イオタの挨拶に、皆が拍手を返す。

 会場は、ベディ術具店。

 店主のベディルスは苦笑気味だ。

「誕生会は嬉しいけど、何する? 飲み食いなら一次会でさんざんしたし……」

 ドズマがお茶の入ったグラスを手に、渋い顔をする。

「やけ食いだったよな、やけ食い。一年赤組と二票差だぜ?」

「残り三十分の時点で食料品店の小麦粉まで尽きたのが痛かったよな。あれがなけりゃ優勝だったろ、たぶん」

「もう一軒話を通しておけば……!」

 イオタが悔しげに拳を握り締める。

「ほれ、悔しがってばかりおるでない。めでたいことがあるだろうが」

「そうそう、そうだぞ! カタナさん、誕生日おめでとう!」

「か、かたな! おめでとう!」

「おめでとうございまし!」

 女性陣のお祝いの言葉に、はにかんで返す。

「……ああ、ありがとうな」

「カタナ、これで三十路かよ。ガチでオッサンじゃねーか」

「うるせー」

「ぼくからすれば、逆の意味で三十歳に見えないですよ。人生が濃すぎて、四十歳とか五十歳のおじさんの思い出話を聞いてるみたいで」

「わかるー! ね、ね、また決勝戦でお師匠さんと戦った時の話して!」

「何回目だよ、もう」

「まだ三回目だよ!」

「ほう」

 作業机の前に腰掛けていたベディルスが、興味深そうに頷いた。

「くだんのラーイウラでの話か。概略しか知らんから、ウドウ君がよければ是非聞かせてもらいたいが」

「それはいいですけど……」

 そんなに聞きたいもんかね。

 俺の内心を察したのか、ヘレジナが言った。

「カタナよ。お前はそうは思っていないかもしれないが、お前の成したことは誇るべき武勇だ。人は皆、それを聞きたがるものよ」

 プルが言葉を継ぐ。

「そ、そうだよ、かたな。う、鵜堂 形無の物語、聞かせてあげて」

 苦笑する。

「だったらもう、最初から行っちまうか。プルたちとの出会いから、すべて」

「う、うん。いいと思うな……」

 俺は、四人へと向き直った。

「シオニア。イオタ。ドズマ。ベディルスさん。これからする話は、すべて、誰にも話してはいけない。約束できるか?」

 シオニアが、当然とばかりに答える。

「秘密のことは、言わないよ!」

 イオタが頷く。

「ええ、もちろん。師匠が言うなと仰るのであれば」

 ドズマが口角を上げてみせる。

「ま、これでも口は固いほうなんでな」

 ベディルスが肩をすくめる。

「同じく、だ。秘密を守ることは、信用を守ることでもあるのだから」

「では──」

 俺は、プルへと視線を向けた。

「改めて、自己紹介してやってくれ」

「……はい」

 プルが立ち上がり、モードを切り替えて優雅に一礼する。

 そして、名乗った。

 プル=ウドウではない、本当の名を。

「──わたしは、プルクト=エル=ハラドナと申します」

 皆の動きが、一瞬止まる。

「プルク──、え?」

「……ハラドナ?」

「ま、待って待って待って! その名前って!」

「パレ・ハラドナの、皇巫女……!?」

 たった四人のざわめきが、店内を騒がせる。

 同じく、ヘレジナが立ち上がった。

「私は、ヘレジナ=エーデルマン。パレ・ハラドナ騎士団〈不夜の盾〉の団長、ルインライン=サディクルの、唯一の弟子でもある」

 シオニアとドズマが驚愕する。

「えええ──ッ!?」

「ま、待て! 待て! 情報量が多い!」

「ははは、ドズマ君や。これからさらに多くなるぞ」

 咳払いをし、口を開く。

「俺の名前は、鵜堂 形無。こことは別の世界からやってきた、〈タナエルの者〉だ」

 シオニアが目をまるくする。

「タナエルの者って、カガヨウの……?」

「ああ。俺は、カガヨウのいた世界から、この世界サンストプラへとやってきた。一度死んでな」


 ──話す。


 流転の森で目を覚ましたこと。

 プルとヘレジナとの出会い。

[羅針盤]のこと。

 影の魔獣と戦ったこと。

 ハノンソル・カジノの長い夜のこと。

 神託のこと。

 そして、地竜窟での出来事──


「……正直、死ぬかと思った。[羅針盤]があってすら、奇跡に等しい。そして──」

 思い出す。

 彼の最期を。

「世界一の剣術士ルインライン=サディクルは、エル=タナエルの御心を見誤ったことを恥じて、炎の神剣で自刃したんだ」

 場に沈黙が満ちる。

 ぽつりと沈黙を破ったのは、ドズマだった。

「……ルインライン、死んでたのか」

「ちょっと──いや、かなり、ショックです。勝ったとは聞いていましたけど……」

「──…………」

 シオニアが、深刻な顔で足元を見つめている。

「ぴぃ?」

 シィが、不思議そうにシオニアを見上げた。

「シオニアよ、どうした。師匠のファンであったか?」

「……あ、ううん。大丈夫、大丈夫! 男の子はルインラインが好きだな、もー!」

「し、シオニアさん……」

 プルが、何かを察したように、シオニアの名を呟いた。

「んで、ここからは遺物三都の話になるぞ。イオタ君お待ちかね、ヤーエルヘルとの出会いもだ」

「ちょ」

 ヤーエルヘルがイオタの顔を覗き込む。

「お待ちかねなんでしか?」

「……お、お待ちかねでした!」

 素直だ。

「ヤーエルヘルも、心の準備をしておいてくれ」

「……はい!」


 ──話す。


 ベイアナットで療養していたこと。

 路銀を稼ぐために冒険者になったこと。

 ヤーエルヘルと出会い、パーティを組んだこと。

 そして、貴族の屋敷を開孔術で吹き飛ばしてしまったこと。


 イオタが尋ねる。

「開孔術──ですか?」

「火法系統の究極形の一つでし。魔力マナを極限まで圧縮して、空間に穴を開けまし。でも、あちしはまだ、この制御が完全ではなくて。そのとき──」

「帽子が脱げたんだよな」

 ぽん、とヤーエルヘルの頭を帽子の上から撫でる。

「そーいや、ヤーエルヘル。お前ずっと帽子かぶってるよな」

 ドズマに頷き、言いにくそうに口を開く。

「……そのう。ひ、引かないでくだし!」

 そう言って、ヤーエルヘルが帽子を取った。

 そこには、ぴこぴこと動く可愛らしい獣耳があった。

 ドズマが目を見開く。

「亜人……?」

「わ、わ、わ! ぴこぴこしてる! 可愛い!」

「へえー、トレロ・マ・レボロ以外にもいるんだな。大変だったろ」

「なるほど。そういう理由だったか」

 三者三様の反応を見せるが、概ね好意的だ。

「──…………」

「……イオタ、さん?」

 唯一無言のままだったイオタが、俺を睨みつける。

「カタナさん。ぼくは、あなたを許せそうにありません」

「なんでだよ!」

「うわああああえぐいくらいかわいいいいいいいい!」

 イオタが壊れた。

「……よかったな、ヤーエルヘル。可愛いって」

「えへへ……」

 ヤーエルヘルが、はにかみながら微笑んだ。

「で、俺たちは公安警邏隊に捕まって──」


 ──話す。


 銀琴を借金の担保にしたこと。

 財宝を求めて地下迷宮へと挑んだこと。

 落とし穴の先で、ヘレジナと共に助けを待ったこと。


「あのときばかりは、本当に死ぬかと思ったぞ。落とし穴の先で、この男と一昼夜だ。プルさまとヤーエルヘルの機転がなければ、今頃はとうに餓死しておるわ」

 シオニアが呟く。

「いいなあ……」

「よくはないぞ、よくは。死ぬかと思った話だと言うに」

 苦笑し、続ける。

「そんで、なんとか財宝は手に入れたんだよ。俺たちの取り分は、エルロンド金貨で千枚くらいだった。でも──」


 ──話す。


 ルルダン二等騎士が何者かに殺害されていたこと。

 銀琴を取り戻すために冒険者たちを雇ったこと。

 アイヴィル=アクスヴィルロードとの死闘。

 銀琴によって石竜が生まれたこと。

 石竜を、ヤーエルヘルの開孔術と機転で倒したこと。


魔力マナは燃える、か。半輝石セルを操る術具士や輝石士にとっては常識だが、一般にはさほど知られておらん事実だ。それを見抜いたウドウ君は、さすがだな」

 ドズマが幾度も頷く。

「火法ってあれ、火を出してんじゃなくて、魔力マナに火つけてんのか。座学じゃ習わなかったな……」

「ここよ、ここ」

 トントンと、こめかみを指で叩いてみせる。

 考察を行っていなければ、導火線の発想には至らなかった。

 現代知識さまさまである。

「で、ここからラーイウラの話になる。プルの追っ手を撒くために、俺たちは、アインハネスではなくラーイウラ経由でウージスパインを目指すことを選んだ。そんとき、ゼルセンって配達人が──」

 ベディルス以外は二度目であるにも関わらず、皆、息を呑んで聞き入ってくれた。


 ──話す。


 ラーイウラでの出来事すべて。

 リィンヤンを離れ、ウージスパインへ向かったこと。

 ニャサでパドロ=デイコスに警告を受け、それでも義術具を求めてネウロパニエへとやってきたこと。

 そして、イオタの護衛を引き受けて──


「──以上が、俺たちのこれまでの物語だ」

 そう締めくくると、拍手が起こった。

「これ、来年の演劇にしよう!」

「三十分で足りるかよ」

「あと、これ秘密の話ですからね」

「そうだった!」

 会話を交わす。

 飽きることなく話し続ける。

 全優科での日々は、既に終わった。

 俺たちは、もう、学生ではない。

 あの寮へと戻ることも、二度とない。

 だが、この三人と友人であることは、ずっと変わらないはずだ。

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