2/魔術大学校 -31 燕返し

「……しょ、勝者、カタナ=ウドウ……! 相手に一撃も加えず、か、勝ってしまいました。前代未聞であります……ッ!」


 その声を聞きながら、武舞台を降りる。

「──か、かたな!」

 その瞬間、プルが胸の中へ飛び込んできた。

「い、いま、治す……!」

「ありがとうな」

 治癒術を使うプルの頭を、そっと撫でる。

「無茶しないで……」

「悪い」

 プルは奇跡級の治癒術士だ。

 軽傷ゆえに、ほとんど一瞬で痛みが消える。

 改めてプルに礼を告げると、俺はイオタへと向き直った。

「イオタ、やったな!」

「はいッ!」

 シィが、イオタの腕の中にすぽりと収まる。

「まるで、ぼく自身がシィになったみたいで。心の中で声を上げたら、シィが鳴いてくれたんです」

 そうか。

 やはり、イオタは竜使いなのだ。

「よッし!」

 ドズマが両の拳を突き合わせる。

「あとは、あのクソ野郎をぶち転がすだけだな!」

「……ドズマさん」

 イオタが、ドズマを見上げた。

「エイザンは、ぼくにやらせてくれませんか」

「……!」

 ドズマは、一瞬目を見開くと、イオタの肩をぽんと叩いた。

「ああ。やっちまえ!」

「──はいッ!」

 チーム・ババライラの中堅は、もう一人の男性だった。

 ドズマが棄権し、勝敗は一対一となる。

「では、行ってきます」

「イオタ」

 俺は、イオタを呼び止めた。

「一つだけ、忠告を」

「なんですか?」

「怒りに任せて戦うな。怒りは人を強くしない。平常心だ。凪のような心で、普段通りの実力を出せばいい」

 師である俺にすらできていないことを、弟子に課す。

 情けない師匠だが、今のイオタには必要なことだと思った。

「はい」

 イオタが頷き、爽やかに微笑んだ。

「大丈夫ですよ、師匠。ぼくは、ぼくの努力を、あなたの正しさを、証明するために戦うんだ」

 そう告げて、武舞台へと上がる。


「──…………」

「──……」


 エイザンとイオタが、言葉を交わす。

 内容は聞こえない。

 わかるのは、イオタの態度が普段通りであること。

 そして、エイザンが、恐怖と怒りに身を震わせていることだけだった。


「──さあ、泣いても笑ってもチーム・シャンにとって最後の大勝負! 果たして優勝の栄冠を勝ち取ることはできるのかッ! チーム・シャンの大将は、実力不明のこの少年! イオタ=シャン! 対してチーム・ババライラの大将はこの男! エイザン=ババライラ! 両者見合って──」


 イオタとエイザンが、互いにテオ剛剣流の構えを取る。


「試合、──開始ッ!」


 最初に動いたのはエイザンだった。

 体操術任せのバラバラの一撃がイオタに迫る。

 イオタは、動体視力にも、反射神経にも、優れていない。

 だが、この一撃は避けられる。

 予備動作が、隙が、あまりに大きいのだ。

 相手が攻撃を放つ前に、避ける。

 イオタはエイザンの一撃目に対し、これをやってのけた。

 テオ剛剣流の型から外れた、乱雑な二撃目が迫る。

 イオタはそれをまともに食らい、思いきり吹き飛ばされた。

 エイザンが、安心したように口角を吊り上げる。


 だが、

 イオタは立ち上がる。

 痛みなど、なんでもないと。

 それがどうしたんだ、と。


 エイザンが、その狐目を見開く。

 それを隙と見て、今度はイオタが攻撃を仕掛けた。

 イオタが組み上げられるのは、三手まで。

 大振りの一撃に対し、エイザンが大きく跳び退る。

 単純な一撃を、単純に躱させる。

 それはイオタの術中だ。

 イオタが大きく踏み込み、木剣を逆袈裟に斬り上げる。

 エイザンが、さらに後ろに下がる。

 木剣の軌道が、変わる。

 最後まで斬り上げるのではなく、途中で引き、そのまま突きへと転じたのだ。

 その一撃は、重心を後ろに傾けていたエイザンのみぞおちを、浅く穿った。

 エイザンが尻餅をつき、その場で苦しげに転げ回る。


「──…………」


 イオタが、エイザンに何事かを告げる。

 しばらくして、エイザンが、腹を押さえながら立ち上がった。


 イオタとエイザンの攻防が繰り広げられる。

 エイザンは、昂ぶった感情と痛みで。

 イオタは、元より避けるだけの身体能力がないために。

 二人の肉体に、ダメージがどんどん蓄積されていく。

 傍目で見ていて有利なのは、エイザンだった。

 打ち込まれた数は、イオタの方が圧倒的に多い。

 だが、目が違う。

 エイザンは怯えている。

 イオタの目は、勝利のみを見据えている。

 そして──


 その時が訪れた。


 一手目。

 イオタが木剣を左に薙ぐ。

 二手目。

 そのまま流れるように、真上に斬り上げる。

 エイザンは、その二撃をなんとか避けた。

 そして、三手目。

 イオタの両腕に力が込められるのがわかった。

 体操術。

 拙いが、その動きは確かに力強い。

 イオタが木剣を思いきり振り下ろす。

 エイザンは、反射神経のみで、その一撃までをも避けてみせた。

 だが、これで終わりではない。

 三手目は、まだ終わってはいないのだ。

 加速しきった木剣が、速度をそのままに切り上げへと転じる。

 燕返し。

 剣身が、エイザンの顎を綺麗に打ち抜く。

 エイザンは白目を剥き──


 そのまま、仰向けに倒れた。


 一瞬の沈黙ののち、


「ッ、しゃあああああああ──ッ!」


 イオタが、勝利の雄叫びを上げた。


「──イオタッ!」

「やりやがったな、お前!」

 俺とドズマが、武舞台へと駆け上がる。

 顔の各所が腫れ上がり、足を引きずったイオタが、

「やって、やりました……ッ!」

 歯を食い縛り、涙をこらえながら、そう言った。

「応ッ!」

 ドズマがイオタを軽々と抱き上げ、肩車をする。

「おわ!」

「──こいつが、オレたちの大将だ! 高等部二年銀組、イオタ=シャンだッ!」

 観客席から拍手が巻き起こる。

 イオタが照れ臭そうに笑いながら、皆に手を振った。

「イオタ。よく、やったな」

 思わず笑みがこぼれる。

「俺が教えられることは、もうないよ」

「はは……」

 イオタが、泣き笑いを浮かべた。

「そんな、こと、言わないでくださいよ。ぼくは、いつか──あなたに追いつくんだから」

「大きく出たな、この野郎ッ!」

 イオタの背中を強めに叩く。

「だッ!」

 そのとき、俺は見た。

 観客席で、立ち上がって拍手をするツィゴニアの姿を。

「イオタ、あそこ」

「──!」

 イオタが、ツィゴニアに向かって、大きく手を振る。

 ツィゴニアもまた、イオタに手を振り返した。

「よかったな」

「……はいッ!」

「さあ、プルに治癒術をかけてもらおう。お前、顔ボッコボコだぞ」

「あはは……」

 こうして、武術大会は、俺たちの優勝で幕を下ろした。

 全優科の生徒への賞品は、食堂の一年間無料チケットだった。

 だが、賞品以上の素晴らしいものを、イオタは手に入れた。

 かけがえのないもの。

 それは、自信だ。

 イオタは、これから、何度も躓くだろう。

 自分の出自を知れば、絶望に苛まれるかもしれない。

 でも、大丈夫。

 きっと、また立ち上がれるさ。

 自分の成し遂げたことを、思い出せば。

 そして、友達と一緒であれば。


 ──何度だって。

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