2/魔術大学校 -30 奇跡級が意味するもの

 その後も、俺たちは勝ち続けた。

 無敗だ。

 イオタに出番を回すことはせず、俺とドズマだけで切り抜けた。

 ドズマには危ない場面もあったものの、武術大会は、俺たちの姿を見るためだけに観客が詰め掛けるほどの盛り上がりを見せていた。

 そして、四連勝を成し遂げた時──


〈──さて、そろそろ参加するとしよう〉


 再び、エイザンの声が響いた。


「武術大会始まって以来の圧倒的強さ! 果たして次のチームは、チーム・シャンの優勝を阻むことはできるのかッ! 運命の五試合目! チィー……ンむ──」


「──待った」


 その言葉は、拡声術によって、この場にいる誰しもの耳に届いた。

 エイザン=ババライラ。

 そして、彼を挟むように座っていた厳つい男性が二人、そっと立ち上がった。


「おお──ッと! これは、乱入宣言! 乱入宣言かァ!?」


 エイザンと二人の男性が武舞台へと上がる。


「さあ、カタナ君。イオタ君。因縁の決着をつけようじゃあないか」


 ドズマが吐き捨てる。

「……何が因縁だ。ふざけやがって」

 エイザンが、腕を広げて言った。


「さあ。僕の挑戦、受けてくれるかな?」


 エイザンの声が耳に届く。


〈──受けろ〉


 小さく頷く。

「ああ、応じよう」


「これは波乱の展開ィ────ッ! この男の名を、私は知っている! だって教官だから! 乱入者の名は、エイザン=ババライラ! あのババライラ家の第二子にして、全優科トップクラスの成績優等者だッ!」


 教官だったんかい。

 ババライラの名が出た瞬間、観客がかすかにざわめく。

 全員が全員ではないが、ババライラ家を知っている人も少なくはないらしい。

 エイザンは慇懃に一礼し、


「ババライラ家の名に恥じない戦いをお見せすると約束しよう」


 そう、拡声術で口にした。

 ドズマが呆れたように呟く。

「よくもまあ、臆面もなく……」

 エイザンの言葉が耳に届く。


〈──君は先鋒だよ、カタナ君。頑張ってくれたまえ〉


「──…………」

 俺は、イオタを振り返った。

 先程から、すべての集中力を、シィとのリンクに費やしている。

「イオタ、無理そうか?」

「……いえ」

 そっと目を開いて、イオタが答える。

「なんだか、繋がっているような気はするんです。ただ、炎の出し方がわからなくて。出したことが、ないから」

 たしかに、難しいかもしれない。

 こうしてシィの操作を試みるのは初めてのことだし、シィ自身も炎を吐いたことがないとなれば、難易度は格段に跳ね上がる。

「最悪、大声で鳴くのでもいい。あとはヘレジナがなんとかしてくれる」

「わかりました」

 俺は、イオタにそう告げて、武舞台へと上がった。

 エイザンの声が耳元で囁く。


〈そうだなあ。では、こうしようか。この試合、君から攻撃してはならない〉


「──…………」

 ただ〈負けろ〉とだけ言わないのは、俺が一方的にやられるさまを見て溜飲を下げたいからだろう。

 降参してしまっては、つまらない。

 恐らくそう考えているのだ。

 小さく頷き、相手の前に立つ。

 相手の男性が、俺だけに聞こえる声で言った。

「──よう、兄ちゃん。何やったんだか知らねえが、よほど坊ちゃんの逆鱗に触れたんだな。坊ちゃんは恐ろしい人だぜ。あらゆる手を使って、何人も診療所送りにしてる。まあ、俺としては? イキってる奇跡級サマとやらをボコ殴りにできるから、そこそこ楽しみなんだけどな」

 男性が、構える。

 武器はない。

 拳闘術士だ。

 こちらも、木剣を正眼に構える。

 攻撃するな、か。

「……その程度で勝てるとでも思ってんのか?」

「何……?」

 男性が聞き返したところで、司会の声が響いた。


「さあ、本日最も熱い試合の開幕だッ! 挑戦者の名は、リム=シンガラ! ババライラ家に仕える師範級の拳闘術士だあッ! 果たして、格上の相手に、武器もなしで抗うことはできるのか!」


 司会が高らかに右手を上げる。


「試合、──開始ッ!」


 合図と共に、リムが殴り掛かってくる。

 神眼を発動する。

 拳闘術は、ジグのような一部の例外を除けば、威力が軽い。

 一撃で即死するようなことはない。

 故に、連撃が主体となる。

「──シッ!」

 体操術によって加速したリムの素早い一撃が、十分の一の速度で迫る。

 その一撃を避けると、アッパー気味の二撃目、振り下ろす三撃目、正拳で突く四撃目、最後に後ろ回し蹴りが放たれる。

 すべてを紙一重で躱し、後ろ回し蹴りの隙にリムの背後へと回った。

「な──」

 リムからすれば、俺が消えたように感じられただろう。

 俺には、リムがどちらに振り向こうとしているのか、手に取るようにわかる。

 リムの筋肉の緊張を察知し方向を見定め、リムの視界から完全に姿を隠す。

「き、消えた……!?」

 それを十秒ほど続けたのち、リムの耳元でそっと呟いた。

「──ここだよ」

「ッ!」

 リムが慌てて振り返る。

 俺は、今度はリムの視界をかすめながら、リムがより上体を捻る形で移動した。

 リムの上半身と下半身が別々の方向を向き、体勢が総崩れとなる。

「あっ」

 間の抜けた声と共に、リムが、自らバランスを失って転倒する。

 観客が静まり返っていた。

 第三者からすれば、踊っているうちにリムが勝手に転んだようにしか見えないだろう。

 エイザンから指示が届く。


〈──や、やめろ! 何をしたかわからないが、やめろ! その場から動くことを禁ずる!〉


 思わず、一つ溜め息をつく。

 エイザン、お前は何もわかっていない。

 奇跡級の剣術士──その意味を。

「はァ……、はあ……、捕まえたぜ。今度こそ血祭りに上げてやる!」

 エイザンに指示を聞いたのか、リムが安心して殴り掛かってくる。

 圧倒的な暴力。

 怒りと衝動に任せた、無様な連撃。

 俺は、それを、

「……は?」

 体幹を軸にした上半身の移動だけで、すべて避けてみせた。

「──…………」

 リムが、信じられないものを見るような目を向ける。


〈か、回避も禁ずる!〉


 だからさ。

 それくらいで勝てるほど、この高みは甘くないんだよ。

 俺の知っている奇跡級中位以上の武術士たちは、皆、同じことができるだろう。

 リムが、戸惑いながらも殴り掛かってくる。

 その一撃には、最初の気勢は欠片も残っていなかった。

 拳が、俺の顔面を狙う。

 俺は、その腕が伸びきる前に、自ら額を突き出した。

 威力が乗る前の攻撃。

 それは、リムにとって、予想外の位置での着弾だ。

「がッ──!」

 こちらに痛みはほとんどない。

 だが、リムにとっては違う。

 思いきり手首を捻ったのが見えた。

 リムが跳び退り、右の手首をかばうように押さえる。

 その目には、確かに恐怖が宿っていた。

「……お前、なんだ。何者だ。級位を言えッ!」

 小声で答える。

「知ってるだろ。奇跡級だよ」

 リム以外の、誰の耳にも届かないように。

「奇跡級、上位だ」

「──…………」

 リムの顔が、蒼白を超えて土気色になる。


〈う、う、動くことを、禁ずる……ッ!〉


 エイザンの指示に、頷く。

 ああ、そうだ。

 それくらいしないと、意味はない。

 俺は、構えを解いた。

「ほら。エイザンからも急かされてるんだろ?」

 リムが攻撃しやすいよう、両腕を開く。

「殴れよ」

「──…………」

 一つ、深呼吸。

 そして、両手を震わせながら、リムが構えを形作った。

「──あああああッ!」

 無数の拳撃が襲い掛かる。

 二連、三連、四連、五連──

 頬を、首を、腹を、肩を、顎を、無抵抗な俺を殴り続ける。

 痛い。

 だが、それだけだ。

 骨が軋む。

 だが、それだけだ。

 鼻血が噴き出す。

 だが、それだけだ。

 死にはしないし、プルに頼めばすぐに治る。

 俺は、倒れない。

「はあ……ッ、は……、はあ……!」

 体力を使い切ったリムが、俺から離れる。

 俺は、言った。

「それで?」

「──……!」

 リムの顔が、くしゃくしゃに歪む。

「一つ確認するけどよ」

 俺は、微笑んだ。

「この試合が終わった後なら、攻撃してもいいんだよな?」

「あ──」

 リムの心の折れる音が、聞こえた気がした。

 そのとき、


「ぴいィィィ──────ッ!」


 シィの鳴き声が、会場に響き渡った。

 ほんの数秒後、潰れた蛙のような声が会場に響く。

 そして、

 自由になったシィが、

 武舞台の真上を悠々と飛び回るのが見えた。

「──ああ、よかった」

 イオタが、ヘレジナが、やってくれた。

 時間稼ぎをした甲斐があった。

「これで、わざわざ場外で叩きのめす必要はなくなったな」

「──…………」

 怯えるリムに、俺は優しく言った。

 彼に対して怒りはない。

 だから、本当に安心してほしくて、言った。

「大丈夫だ。べつに、殺したりはしないって」

「ひ──」

 リムが、俺に背を向ける。

 慌てながら、転びながら、武舞台を飛び降りて──そして、二度と戻ってこなかった。

「……あー」

 まあ、どうだっていいか。

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