2/魔術大学校 -29 参観会武術大会
第二グラウンドに設えられた、仮設の武舞台。
俺とイオタは、参加者用の控え場所で、ドズマに経緯を説明していた。
「──おい」
ドズマが俺の胸ぐらを掴む。
「どうして言わなかった。銀組全員で探しゃあ、なんとかなったんじゃねーのか! 遠慮してんじゃねェ! 優先順位ってもんがあるだろうが!」
俺は、ドズマの真剣な瞳から目を逸らさず、口を開いた。
「理由は幾つかある」
「言ってみろ」
「まず、エイザンは既に見つけてんだよ」
「……なに?」
「探せば、すぐ近くにいた。隠れてもいなかった。当然、やつはしらを切ったさ。そして、言った」
イオタが引き継ぐ。
「〈もし僕がその犯人だったとしたら、自分を攻撃すれば仔竜を殺すよう監視させておくけどね〉──だ、そうですよ」
「これで複数犯であることが確定した。派手に動けば、それだけで、シィの身に危険が及ぶ可能性がある。共犯者を探して、そいつを見つけてしまったやつにもだ。だから今は、シィの捜索をヘレジナ一人に頼んである」
「──…………」
ドズマが手を離す。
「すまん」
「気にすんな」
「ありがとうございます。ぼくたちのことで、それだけ怒ってくれて……」
「当たり前だろ。友達、だろうが」
「……はい」
凝り固まっていたイオタの表情が。わずかに弛む。
「ンで、今は指示を待ってるところか。でも、指示ってどうすんだ? エイザンの野郎、いちおうは関係ないふりしてんだろ」
「それなんだけどな……」
いつかの教室でのことを思い出す。
「遠くにいる相手に、他の人に聞こえないよう声を届ける魔術なんてのはあるか?」
イオタが思案する。
「距離にもよりますね。耳打術がいちばんそれらしいかな。拡声術の逆みたいなもので、本来拡散するはずの音を束ねて操る、操術系統の魔術です」
「なるほどな」
静かに頷く。
「以前に一度、耳元でエイザンの声がしたことがあった。恐らくだが、その耳打術ってやつだったんだろう」
「でも、耳打術って、普通は五メートルくらいしか届かないぜ」
エイザンは、現在、会場にいないように見える。
どうするつもりなのか、想像もつかなかった。
「──イオタ」
「はい」
「シィって、火を吐けたりするのか?」
「飛竜だから、たぶん。ただ、吐いたところは見たことがないです」
「一つ、試したいことがある」
「なんでも言ってください。シィの救出に繋がる可能性があるのなら、なんだってします」
「──…………」
さて、どう言えばいい。
イオタはシィのことを無意識に使役している。
であれば、シィを手足のように操ることができるはずだ。
だが、イオタが竜使いの一族であることを伝えれば、ベディルスやツィゴニアと血が繋がっていないことにまで気付いてしまう可能性がある。
その事実を伝えるタイミングは、俺が決めるべきではないはずだ。
「……イオタは、シィと仲が良い。兄弟みたいなもんだろ」
「ええ」
「俺の地元では、兄弟には精神的な繋がりがあるって信じられてる。シィに、炎を吐くようにって伝えられないか。誰かに捕まってるんなら、それで脱出できるかもしれない」
ドズマが呆れ顔で言う。
「おい、それはねーだろ。さすがに無理が過ぎるぜ。そんなら、奇跡を司るエルにでも祈ったほうがまだましだ」
さすがに苦しかったか。
「──いえ」
イオタが、首を横に振る。
「ドズマさん。ぼくには、わかるんです。カタナさんにはきっと、何か言えないことがある。その中で、なんとかぼくに指示をくれようとしている。この行為には意味があると、ぼくは信じます」
そう言って、イオタが目を閉じる。
集中を始めたのが、わかる。
「はァ……」
ドズマが、ぼりぼりと後頭部を掻いた。
「まあ、何見えてンだかわかんねー眼力の持ち主だもんな。おまけにガチの陪神まで目撃してるわけだし、なんかあんだろ。わかった。邪魔はしねーよ」
「……ありがとうな、ドズマ」
「こっちも、待つことしかできねー状況に、ちょいとイライラしてたからな。お互いさまだ」
そう言って、ドズマが椅子に腰掛ける。
「で、オレらは何組目だって?」
「十組目だ。ただ、乱入上等のルールだからな。すんなりはいかないだろ」
「そうか」
場に、重い沈黙が満ちる。
集中するイオタを見守るうち、武術大会が始まった。
お祭り騒ぎだけに司会もノリノリで、場は最高に暖まっている。
こんなことにならなければ、俺も楽しく参加できたろうに。
「──三連勝のチーム・プリムラに挑むのは、高等部二年銀組の優等生三人組! チィ────ム、シャンッ!」
チーム名が呼ばれる。
「ドズマ。イオタの集中を切らしたくない。俺とお前で片を付けるぞ」
「ああ、わかった」
控え場所から武舞台へと向かう。
そのときだった。
〈──まず、四連勝したまえ〉
それは、エイザンの声だった。
周囲を見渡す。
エイザンは、いつの間にか、武舞台を挟んで反対側の観客席にいた。
ここから三十メートルは離れている。
〈僕は、全優科で最も優秀な生徒だ。これくらいはできるさ。ま、せいぜい頑張っておくれよ〉
「──…………」
足を止めた俺に、ドズマが声を掛ける。
「どうした、カタナ」
「今、エイザンから指示があった。四連勝しろ、だそうだ」
「マジか」
ドズマが、観客席にいるエイザンを見つける。
「あの野郎、この距離で……!」
「なーに、よかったじゃんか」
「何がだよ」
「簡単な指示で」
ドズマが、思わず吹き出した。
「──まったくだ」
見れば、チーム・プリムラの先鋒は、既に武舞台に立っている。
「オレから行く。中堅は頼んだ」
「ああ」
愛用の木剣を手に、ドズマが武舞台へと上がっていく。
チーム・プリムラは、全優科の学生ではない。
一般参加者だ。
どの程度の実力があるのか、構えではわからなかった。
ドズマが、テオ剛剣流の構えを取る。
「さあ、現在無敗のこの男! ガーティン=ティルバラドの膝を地につけることはできるのか! 挑戦者はチーム・シャンより、ドズマ=バルファタル──ッ!」
観客席が、沸く。
銀組のクラスメイトたちも観戦に来ているようだった。
「──試合、開始ッ!」
合図と共に、ドズマが斬り掛かる。
剛剣一閃。
体操術を乗せた一撃に、しかしガーティンは対応してみせた。
と言っても、回避行動が取れたわけではない。
木剣で、その一撃を受け止めたのだ。
だが──
「らあッ!」
当然、手は痺れる。
あれだけの剛打をまともに受けて、すぐさま攻撃に転じることはできない。
ドズマがガーティンを滅多打ちにする。
ガーティンは、その半分以上を木剣で凌いでみせたが、やがてたまらず木剣を捨て、両手を上げた。
「ま、参った……!」
「──…………」
降参の言葉を聞くと、ドズマはきびすを返した。
「な、なんとッ! 圧倒的ィ! 無敗のガーティン、学生に敗れる! これは波乱の展開だあッ! さあ、後がないぞチーム・プリムラ!」
割れんばかりの拍手ののち、相手の中堅が前に出る。
「中堅は──ジューゾ・プリムラ! 今まで一度も出番のなかったプリムラ兄弟の兄が、ここで参戦! 相手を強敵と認めたかッ! さあ、チーム・シャンは──」
木剣を握り締め、武舞台へと向かう。
「──な、なんとおッ! 今、情報が入りました! ジューゾ・プリムラの相手は、カタナ=ウドウ! 全優科最強の男! その実力は奇跡級に届くッ!」
その言葉に歓声が上がる。
だが、気にならなかった。
俺たちは四連勝しなければならない。
故に、苦戦している暇はない。
「──はッ、奇跡級だと? 馬鹿馬鹿しい。どうせいつもの級位詐欺だろ」
ジューゾが肩をすくめる。
「だったら、俺の級位を教えてやろうか。自分の本当の級位と比較して、恐怖に震えろ。俺は──」
たっぷり溜めて、ジューゾが言った。
「師範級中位、だ」
「──…………」
「ははッ! 学生ちゃんよ、恐怖で口も利けないらしいな! 今からお前は一方的に──」
「いいから」
「……何?」
「やるんだろ? 口じゃなくて、腕で教えてくれよ」
ジューゾのこめかみに血管が浮き出る。
「その口、後悔させてやる」
そして、構えた。
見たことのない構えだ。
「それでは──試合、開始ッ!」
ジューゾが一息で距離を詰める。
なるほど、確かに師範級中位だ。
体操術と型とが完璧に連携しており、全身が素早く、そして滑らかに動いている。
その型はまるで蛇のようにトリッキーで、見事な曲線の軌跡を描いた木剣が俺の頭上へと叩き付けられた。
厄介なのだろう、と思った。
だが、俺にはさして関係がない。
俺は、振り下ろされる木剣の切っ先に自らの木剣の剣身を添え、そのまま滑らせた。
剣身の角度を変えることで、ジューゾの重心が容易にずれていく。
そして、体勢が完全に崩れたところで、足払いをかけた。
驚愕で甘くなった握りから木剣を奪い取り、武舞台の外へと適当に放り投げる。
神眼を切る。
観客席が、完全に静まり返っていた。
「な──」
ジューゾが慌てて立ち上がり、木剣を拾いに武舞台の外へ出る。
「はい、場外」
「あっ」
ジューゾが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「な、な、な、なーんとゥ! ジューゾ・プリムラを瞬殺瞬殺ゥ! 今、何が起こったのか、私には一切わかりませんでした! わかるのは、この男! カタナ=ウドウが強いということだけ! 強すぎる、強すぎるぞチーム・シャン! 五連勝まであと四戦ッ!」
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