2/魔術大学校 -28 目指せ、最優等クラス!

 三人で、中等部の母屋を巡る。

 高等部と負けず劣らず凝ったものが多く、全優科の生徒たちの本気度が窺い知れた。

「──あ、これ楽しそう! 巨大ガラス玉迷路!」

 シオニアが飛び込んだ教室に設置されていたのは、落とし穴付きビー玉迷路を三メートル×二メートルほどのサイズまで巨大化したものだった。

 筐体の正面に三段ほどの踏み台があり、上下左右に半輝石セルの配置されたコンソールが備え付けてある。

「ねえねえ。これ、右に魔力マナ込めたら右に傾く感じ?」

「はい! 最後までガラス玉を落とさずにゴールまで運べたら、粗品を差し上げまーす」

「よーし、やったるか!」

 シオニアが袖をまくり、半輝石セルに触れる。

「右と下に同時に込めたら右下に傾くので、操作に活用してくださーい」

「はーい!」

 中等部の生徒が、迷路のスタート位置に大きめのガラス玉を設置する。

「では、どうぞ!」

「やー!」

 筐体が大きく右に傾く。

 ガラス玉が、いちばん最初の穴へと吸い込まれていった。

「ノー!」

「はや!」

 イオタが、指をポキポキと鳴らしながら言う。

「シオニアさん、ぼくに任せておいてくださいよ。一発でゴールまで導いてみせます」

「頼もしい!」

 シオニアと交代したイオタが、コンソールの半輝石セルに触れる。

「始めまーす」

 ガラス玉がスタート位置にセットされる。

「行ッけえ!」

 ガラス玉が、再現VTRのように、いちばん最初の穴へと消えていった。

「──…………」

「あはははは! へたっぴぃ!」

「この世で唯一シオニアさんにだけは言われたくないですよ!」

「いやー、悔しいなァ。俺に魔力マナがあったら、一発でクリアするのになー」

「うわ、この人安全圏から!」

「カタナさんずるい……」

「いやはや、無念無念」

「あ、テスト用の手で持てるサイズのものがありますけど」

「──…………」

 ふー、と息を吐く。

「よっしゃ、来い!」

「あ、神眼はなしでお願いします」

「使えるものはなんでも使うんだよ!」

「師匠、大人げないです!」

 新聞紙大のガラス玉迷路を受け取る。

 そして、神眼を発動し、ほんの十秒ほどでガラス玉をゴールまで導いた。

「ふふん、どうよ」

「カタナさん、すっごい!」

「すごいです! この能力は借り物だとかなんとか悩んでた人の行動とは思えませんね!」

「ははは、この弟子言いおるわ」

 ガラス玉迷路を返し、代わりに粗品を受け取る。

 それは、握りこぶしほどの大きさの、綺麗なガラス玉だった。

「あー……」

 困ったな。

「あれ、カタナさん嬉しくないの? きれいだよ!」

「綺麗は綺麗なんだが、荷物になるかと思ってな。ガラス玉だし、割れたらもったいないだろ」

 イオタが、ぴっと人差し指を立てる。

「なら、シオニアさんにあげたらどうです?」

「ああ、なるほど」

 良いアイディアだと思い、シオニアへと向き直る。

「シオニア、もらってくれるか?」

「え、いいの……?」

「ああ、もちろん。部屋のどっかにでも適当に飾ってやってくれ」

「──…………」

 シオニアは、ガラス玉をぎゅっと抱き締めると、

「……大切にするね」

 と、慈しむような笑顔で言った。

「えー……、と?」

 その反応に、気付く。

 気付いてしまう。

「シオニア、ちょいここにいてくれ」

「……? うん」

「イオタはこっち」

「はいはい」

 イオタを廊下の端へ連れて行き、小声で話し掛ける。

「……勘違いだと恥ずかしいんだが、もしかしてフラグ立ってない?」

「え、気付いてなかったんですか?」

「そしてお前、背中押してない?」

「押してますよ」

「なんでや……」

「気持ち、わかるからですよ」

 イオタが、思いのほか真剣な瞳で答える。

「別れが間近に迫ってる。だからって、自分を押し込めて、好きじゃないふりをして、なかったことにするのはあまりに悲しいじゃないですか。それだけです」

「──…………」

 そうか。

「……強くなったなあ」

「でしょう?」

 イオタが微笑んでみせた。

「ナイショ話、長いよ!」

 シオニアが、ぴょこんと下から顔を出す。

「ほら、黒組戻ろ! プルちゃんたち、そろそろ交代してると思うよ」

「そうだな」

「ええ」

 俺たちは、三年黒組へときびすを返した。




 プルたちと合流し、高等部の母屋へと向かう。

「楽しみでしねー!」

「カタナの地元の料理、か。豆醤がなかなか美味かったゆえ、期待が持てるな!」

「まるまんま再現したのもあるけど、アレンジ加えた品もある。どれかは口に合うだろ」

 シオニアが、味を思い返すように目を閉じる。

「どれもおいしかったなー……。ね、ね、アタシもまた食べていい?」

「もちろんいいですよ。ただ、並ぶかもなあ……」

「確かにな。開店前から並び始めてたし」

 プルが目をまるくする。

「す、すごい、……ね。で、でも、噂になってたから、当然、かも。みんな、ひとくち、食べてみたいんだ」

 その予想は正しかった。

 二年銀組の教室へ向かう途中で、行列に出くわしたのだ。

 最後尾にクラスメイトを見つけ、声を掛ける。

「お疲れさん」

「お、ウドウさんにシャン君だ。参観会はどう?」

「おかげさまで楽しませてもらってる」

「すみません。当番押し付ける形になってしまって」

「いいのいいの。しっかし、これだけ繁盛するとはなあ……」

 イオタが行列の先を覗く。

「今、何人待ちですか?」

「二十五人待ちかな。これ、門が開いたらとんでもないことになるぞ」

「──…………」

 想像するだに恐ろしかった。

「あ、並ぶなら並んでいいよ。僕、列の最後尾をお客さんに教える係だから」

「わかった。サンキューな」

 礼を告げ、皆で最後尾へと並ぶ。

「ほ、ほんと、大人気……」

 プルの嘆息混じりの言葉に、シオニアが続けた。

「午後もこの調子なら、ほんとに最優等クラス取られちゃうかも……」

「……材料尽きんじゃないか、これ」

「買いに行くから大丈夫でしょう。ジャムも馬鹿みたいに仕入れてますし……」

「お金取ってたら、相当儲かっただろうな」

「でしょうねえ」

 二年銀組の教室へと帰って来られたのは、それから三十分後のことだった。

「いらっしゃいませ──って、カタナたちか」

「邪魔をするぞ、ドズマ」

「こんにちは」

「来ましたよー!」

「おう、空いてるとこ座れ座れ」

 六人掛けの席を取り、厨房へと視線を向ける。

「ドズマ、材料大丈夫か?」

「あー。まだ大丈夫だが、これ一回は仕入れに行かねーと駄目だな」

「まだ門も開いてないんですが……」

「なら、ひとっ走り行ってこようか」

「お前は黙って遊んどけ」

「オーケー」

 ドズマが厨房へと声を張り上げる。

「銀組焼き、六人分追加ァ!」

「喜んでー!」

 仕込んでおいた返事と共に、調理が開始される。

 プルが、深呼吸をし、ゆったりと言った。

「す、すーごい、いい香り。なんだか、いろんな匂いが混じってる……」

 ヤーエルヘルが、隣の客席に視線を向ける。

「あの、まるいのが銀組焼きでしかね」

「ふむ。カタナよ、元は何という名前だったのだ? まさか、元より銀組焼きという名ではあるまい」

「ああ、揚げタコ焼きだ。本当はあの丸いのの中にタコの足を入れるんだが、今回は抜いた。好き嫌いが分かれそうだったしな」

「面白い料理でしね!」

「祭りの定番なんだよ。ほら、ロウ・カーナンにズラリと露店が出てただろ。あんな感じでいろんな屋台がギチギチに並ぶんだけど、その中の一つがタコ焼きだな」

 揚げタコ焼きの屋台はあまり見ないが、詳しく説明しても混乱を招くだけだろう。

「それは、随分と賑やかそうであるな」

「楽しそうでしー」

 やがて、

「──ほら、銀組焼きお待ち! 説明はお前らに任せんぜ、オレは他の接客行くわ」

「おう、お疲れさん」

 ランチョンマットの上に置かれた三種二個ずつの銀組焼きが、ふわりと湯気を上げている。

「ほう……。さっきから気になっていたのは、このソースの香りか」

「白いソースと黒いソースが塗ってありましね」

「それはオリジナル。カタナさんの地元の料理をそのまま再現したものです。真ん中はサワークリーム。右はスイート。スイートには、お好みのジャムをかけていただいてください」

「で、デザートまであるんだ。すごい……」

「どれも、すんごくおいしいんだから!」

「あ、火傷には気を付けてくださいね」

「火傷?」

「外はカリカリなんですが、中はトロッとしてるんです。予想以上に熱いので……」

 プルが微笑む。

「だ、だいじょうぶ。わたし、ち、治癒術得意、……だから」

「プルちゃーん。治せるから怪我してもいいって発想は不健康だって、お姉さん思うな!」

「はは……」

 多少、耳が痛い。

「では、気を付けていただきましね」

「せっかくだから、食レポも頼むわ」

「しょくれぽ、でしか?」

「その食べものがどう美味しいか、みたいな説明?」

「やってみまし!」

 ヤーエルヘルが、ふうふうと銀組焼きを冷ましつつ、口へと運ぶ。

 サクッ。

「あっ」

 どんぐりのような目が、さらにまるくなる。

「これ、おいしいでしよ! えっと、このソースが……おいしいでし!」

 食レポをしようとした気配はあった。

「ほ、……ほんとだ。お、おいしい。その、……おいしい!」

「──…………」

 レポーターって、実はすごいのかもしれない。

「うむ、美味であるな!」

 ヘレジナに至っては、食レポする気ゼロだった。

「む、難しいでしー……」

「悪い、無茶振りだったな」

 正直に言えば、俺自身もできる気はしない。

「か、かたな。このソースの、つ、作り方、教えて。今度、作る……」

「マジで。そりゃ嬉しいな!」

「うへ、へ……」

「むうー……」

 シオニアが口を尖らせる。

「ほら、他のも冷めちゃうよ! 食べる食べる!」

「言われずとも」

 ヘレジナが、サワークリームをたっぷりつけた銀組焼きを口へと運ぶ。

「うむ、こちらも美味い」

「新しい味と懐かしい味、かわりばんこに食べるといいでしね!」

「でしょでしょ!」

 サンストプラにおいて、サワークリームは一般的な調味料だ。

 冷蔵手段が存在しないため、食物の輸送においては、発酵、塩蔵、糖蔵、乾燥等のいずれかの保存法を選択する必要がある。

 そのため、食卓に発酵食品が並ぶ機会が多いのだ。

 生乳とヨーグルトから簡単に作ることのできるサワークリームは、サンストプラに住む多くの人々に愛されているのである。

「さ、最後は、スイート。わたし、ロロントジャムでいただく、……ね?」

 プルが、瓶詰めから操術でジャムをすくい取り、銀組焼きに乗せる。

 サクッ。

「……わ!」

 両手で口元を隠し、目尻を下げた。

「こ、これ、すーごく美味しい!」

「ふふー!」

「シオニアさんが胸を張るのはおかしいですからね?」

「スグリも美味しいでしよ!」

「うむ、甘くて美味い!」

「ヘレジナ、美味いしか言ってないな」

「美味いものを美味いと言って何が悪い!」

 それはそうだが。

「か、簡単に作れそうなのに、こんな調理法、考えてもみなかった。すごい……」

 シオニアが、再び胸を張る。

「二年銀組、優勝間違いなしだね!」

「おい、二年白組シオニアちゃん。君はそれでいいのかね」

「あ、そうだった」

 ようやく自分のクラスを思い出したらしい。

「ね、ね、次は白組に来てよ! すっごいんだから!」

「う、……うん! すーごく楽しみ……」

「ドズマさーん! おいしかったでし! ありがとうございまし!」

「おう!」

 ニッと笑って手を振るドズマに挨拶をして、俺たちは二年銀組の教室を出た。




 それから、六人でさまざまな出し物を見て回った。

 プルたちは白組の二層立体大迷宮に驚いていたし、一年赤組の歌劇を観て完成度の高さに危機感を覚えたりした。

 十二時の門が開いてからは、客がどっと増えた。

 人の波に紛れてデイコスが襲ってくる可能性を危惧し身構えていたが、結局は杞憂だったようだ。

 再び当番の時間がやってきた四人と別れ、俺とイオタは一息つくために冬華寮へと戻ってきていた。

「──あれ?」

 自室の扉に手を掛けたイオタが、不審そうな声を上げる。

「鍵、開いてますね」

「掛け忘れたか?」

「そんなことないと思いますけど……」

 ノブの下にある鍵穴に視線を向ける。

「……待て。鍵穴に引っ掻き傷がある」

「どういうことです?」

 この世界における一般的な鍵には抗魔術式が刻まれており、単純な操術による解錠はできない。

 だが、鍵の構造自体は比較的シンプルだ。

〈技術〉によって鍵を開くのは、容易とまでは言わずとも、決して不可能ではない。

 嫌な予感がした。

「──シィ!」

 慌てて扉を開き、自室へと飛び込む。

 室内は静まり返っていた。

 いつも俺たちを出迎えてくれる、あの仔竜の姿は、なかった。

「え──」

 イオタから表情が抜け落ちる。

「確実なのは、この部屋に侵入した者がいること。そして──」

 机の上にあった、見覚えのないメモを拾い上げる。

「狙いは恐らくシィだってことだ」

 イオタにメモを渡す。

「読んでくれ」

「は、はい……」

 震える声で、イオタがメモを読み上げる。

「──武術大会に参加せよ。指示は、その都度行う。逆らえば仔竜の命はない……」

 思わず拳を握り締める。

「……エイザンだ」

 何かを仕掛けてくる気配はあった。

 だが、躊躇なく犯罪に手を染めてくるとは思わなかった。

 油断していた。

「──…………」

 イオタが、修練用の木剣を手に取る。

「エイザンの考えそうなこと、わかるか?」

「ええ、わかります。衆人環視の中で、カタナさんをボコボコにしたいんですよ。あれは、そういう人ですから」

 思わず頭を抱える。

 くだらない。

 本当に、くだらない。

「……ヘレジナたちに頼もう。探せば見つかるかもしれない」

「ええ、ギリギリまで探しましょう」

 ふと、イオタが妙に落ち着いていることに気が付いた。

「……イオタ。お前、大丈夫か?」

「大丈夫です。ただ、そうですね」

 イオタが、口元を吊り上げる。

「──ちょっと、怒っているだけですよ」

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