2/魔術大学校 -27 四人のお姫さま
二年白組を離れ、高等部の母屋をふらふらと歩いて回る。
出し物はさまざまでバラエティに富んでいるが、やはり他の学年の銀組は概ね研究発表を行っているようだった。
「貿易品から見るウージスパインとクルドゥワの歴史、かあ。テーマは面白いですけどね」
「頑張ったのはわかるけど、字ィ小さいって。こんなん目痛くなるぞ……」
「ぼくたちも、こんな感じの発表をする予定だったんだな」
周囲を見渡す。
三年銀組の教室は閑散としており、当番の生徒すらいなかった。
そりゃそうか。
すること、何もないものな。
「悪くはないけど、良くもない。二年銀組は銀組焼きでよかったです。参観会のこと、心の底から楽しいと思えたのなんて、初めてですから」
「これで優勝できれば最高だな」
「ええ、もちろん。あとはドズマさん次第、ですね」
「プレッシャーでかいぞ、これは……」
めぼしい教室を冷やかしたあと、白組の教室へと戻る。
すると、ちょうどシオニアが別の生徒と交代するところだった。
「──あ、二人とも! おかえり! 楽しい出し物、あった?」
「あったあった。全部は回れてないけど、どこも凝ってるわ」
「一年赤組の歌劇、すごそうでしたよね。一回の公演で三十分かかるみたいで、見れませんでしたけど……」
「演劇や歌劇は回転率が悪いのがネックだよな」
「高等部一年──そっか!」
シオニアが、ぽんと胸の前で手を合わせる。
「きっと、去年の中等部四年青組の人たちだよ!」
「あ、去年の優勝クラスですよね。ぼく、混んでて見られなかったんですけど……」
「すごかったのか?」
「すごかった! 演劇俳優のラッペン=アイワオニアの娘さんがいるんだよー!」
「へえー、そうだったんですか!」
寡聞にして知らないが、有名な人らしい。
「見たいけど、まず合流しよ! プルちゃんたちんとこ行こっか!」
「了解」
「はい!」
高等部の母屋を出て、中等部を目指す。
夏の陽射しが目に眩しかった。
「中等部か。なーに出してくんだろうな」
「たぶんだけど、女の子の可愛さを活かした何かだと思うな!」
「あ、わかります! 三年黒組って、美少女が多いので有名なんですよ。そこにヤーエルヘルさんたちが編入してきたから、もうとんでもないことに」
思わず半眼でイオタを見る。
「イオタ君さあ。友達いなかったのに、なんでそういう事情には詳しいんだよ……」
「風の噂ですよ……!」
「脳って、興味のある情報と不要な情報とを無意識に選り分けてるらしいんだよな」
「つまり、イオタ君の脳内は、女の子への興味でいっぱいだった?」
「し、仕方ないでしょう! 男なんだから!」
イオタをからかいながら、中等部の母屋へ入る。
高等部とよく似ている。
しかし、確かに存在する細かな違いが、違和感として脳をくすぐっていく。
間違い探しをしている気分だ。
「なんか、高等部より空いてるな」
「まね。出し物としては、やっぱ、高等部のほうがレベル高くなっちゃうし……」
「そりゃそうか」
「そうなんですよね。だからこそ、去年の最優等クラスはすごかったわけです」
「なるほどな……」
圧倒的な高等部有利を、実力のみで覆したわけだ。
「てことは、初等部で最優等クラスなんてのは、まず無理そうだな」
「投票、けっこうシビアだからね。アタシは見たことないなー」
「シオニアさんが見たことないってことは、ぼくも見たことないですね。同い年ですから」
「そうだっけ?」
「おーい!」
「あはは!」
談笑しながら、三年黒組の教室へと辿り着く。
「おお、並んどるわ……」
それも、九割方は男子生徒だ。
「あ、出し物の名前貼ってあるよ!」
「なんて書いてある?」
「えーと、〈これであなたも写真術士〉……?」
「……?」
よくわからない。
「写真術の練習用に女の子がモデルになってくれる──みたいな、そういうのじゃないですかね」
「──…………」
ふと、ネットで見掛けたコスプレ会場の様子が脳裏をよぎる。
「……いかがわしくないよな?」
シオニアが小首をかしげる。
「どうしたらいかがわしくなるの?」
「衣装によるんじゃないですかね」
「教室内で広がっている光景によっては、お兄さん猛抗議しちゃうかも」
「過保護!」
「ヘレジナちゃんがいるから大丈夫だと思うよ。あの子、プルちゃんに何かあったら、カタナさん以上に暴れるよきっと」
容易に想像できる。
ヘレジナ、わりと流されやすいところあるけどな。
「まあ、半分冗談だ。そこまで心配してねえよ」
十名単位の客が、十五分ほどで入れ替わっていく。
「けっこう待つな……」
「写真術ですからね。ある程度は仕方ないかと」
必要なのは、金属板。
灯術によって目の前の光景を金属板に投影し、それをなぞるように炎術で焼き入れていく。
腕の良い写真術士であれば数分で精密な写真を作り上げることができるが、素人では一時間かけても終わらないし、クオリティもお察しだ。
それを、この回転率で行うのだから、まともな写真が出来上がるはずもない。
写真術の練習が本当のコンセプトでないことは明らかだった。
「──はい、次の十名様、どうぞ!」
案内された教室で俺たちを出迎えたのは、さまざまなドレスを身に纏った少女たちだった。
中には、紳士服を着た男子生徒も混じっている。
「あ、か、かたな……!」
黒いゴシック風のドレスを着用したプルが、こちらへ駆け寄ってくる。
「ようやく来たか、遅いぞ!」
ヘレジナが身に纏うのは、清楚な純白のドレスだ。
プルの黒と、ヘレジナの白とが、映える。
「お待ちしておりました!」
ヤーエルヘルは、すこし幼い子が着るような、フリル多めのミニドレス。
生足が出ているのが、逆に健康的に見える。
プルが、もじもじと俺を見上げた。
「ね、……に、にあう、……かな」
「──…………」
深々と頷き、親指を立てる。
「似合うぞ、三人とも。まるでお姫さまだな」
プルは、実際にお姫さまだったのだが。
「や、……やった。……ふへ、ふへへへへ……」
喜ぶプルの周囲を、シオニアがぐるぐると回る。
「可愛い! いいな、いいな、こういうのアタシも着てみたい!」
「あ、モデルになりたいお客さま用に、貸衣装がありましよ」
「わーい!」
「では、シオニアよ。更衣室へ行くのだ。専用スタッフが見繕ってくれるぞ」
「行く行く!」
「──…………」
その隣でイオタが、ほんのり頬を染めながら、ヤーエルヘルを見つめていた。
「……? イオタさん、どうしました?」
「あっ。い、いえ、なんでもないです! ただ、似合ってるなって……」
「ありがとうございまし!」
ヤーエルヘルが、くるりと回る。
ミニドレスのスカートが、ふわりと舞った。
「──…………」
イオタが、目を閉じたまま、そっと顔を上げる。
「写真板、いただけますか」
「はい!」
「この瞬間の感動を、焼き入れるッ!」
燃えていた。
「これ、ポーズとかもリクエストに応えてくれんのか?」
「ある程度はな。教官が監督しているゆえ、妙な注文を行う客がいれば即刻退去だが」
見れば、厳めしい顔の男性教官が、仁王立ちで見張っている。
「頼りになりそうだけど、この企画を通した時点でどうなのよ」
「ま、……まあ、まあ。きょ、教官は、反対派だった、……から」
と、プルがフォローを入れる。
「そうか」
どうやら、まともな大人のようだ。
「──で、カタナは我々にどんなポーズを望むのだ?」
「俺、写真術使えないんだけど……」
「よいのだ。あれはただの言い訳に過ぎん」
やっぱり。
「……大丈夫か? 何かしらの法に触れてないか?」
着せ替えした少女たちに好きなポーズを取らせる出し物って、それギリギリだろ。
「まあ、まあ」
「破廉恥漢は成敗する。任せておけ」
それはそれで心配なんですけど。
「んで、ポーズか。どんなポーズが人気あるのか教えてくれよ。参考までに」
「そうだな。プルさま」
「う、うん。……あれ、かな?」
ヘレジナとプルが、両手をぴたりと合わせ、身を寄せる。
そして、憂うような瞳で互いを見つめ合った。
「──…………」
とくんと胸が高鳴る。
「ど、……どう、かな。かたな……」
「……なんか、見てはいけない神聖なものを見たような気分だ……」
「ははは、なんだそれは」
「ほ、他にはね──」
プルとヘレジナの耽美な姿をまじまじと眺めながら、横目で他の生徒たちを見る。
ポーズと言っても健全なものばかりで、自分の心が如何に汚れていたかが理解できた。
「カタナさーん!」
シオニアの声に、振り返る。
そこには、豪奢なロングドレスを身に纏った、お姫さまのよう姿のシオニアがいた。
「お願い権発動! 似合うって言え!」
「拒否権発動!」
「えー!」
「わざわざお願い権使わなくても、すげえ似合ってるって」
「──…………」
シオニアの頬が、淡く染まる。
「それ、ずるいよ……」
背後に圧を感じた。
振り返る。
「──…………」
「──……」
プルとヘレジナの冷たい視線がざくざく刺さっていた。
「待て。他意はない、他意は」
「お前のクラスの担任教官を連れてきてやろうか!」
「それだけはやめてください!」
「はー、あちあち……」
シオニアが、自分の頬を手のひらであおぐ。
「でも、楽しいね! 衣装、すっごいたくさんあったよ!」
プルが答える。
「う、……うちのクラス、に、高級衣装の問屋の息子さんがいた、……んだ。そ、そそ、それで、商品を貸してもらうことができた、……の」
「なるほど……」
さすが、富裕層の学校だけはある。
「え、……と。その、ね。あのう……」
プルが何かを言いたがっている。
「言うまで待つから、慌てず喋りな」
「……と、当番が終わった、……ら、か、かたなのクラス、行って、……いい?」
「ああ、もちろん。嫌だっつっても連れてくぞ」
「ふ、……ふへへへ、へ……」
「交代の時間はいつだ?」
「じゅ、……十一時、くらい。ご、午後は、十二時半から、二時くらい、……まで。武術大会、み、見に行くから、……ね!」
懐中時計に視線を落とす。
時刻は既に十時半を回っていた。
「なら、すこし待ってるわ。一緒に行こうぜ」
「う、うん!」
プルが、満面の笑みで頷く。
「期待しててね。すっごくおいしいんだから!」
「食べ物を提供するという噂は本当だったのだな」
「どんなものかは、食べてのお楽しみ! 白組にも来てね!」
「白組もすごかったよ。度肝抜かれた」
「た、楽し、み!」
あれやこれやと会話するうち、すぐに入れ替え時刻がやってくる。
「じゃ、中等部ぐるっと回って戻ってくるから」
「はーい! お待ちしておりまし!」
「あ、あとでー……!」
「待っているぞ」
三人娘に見送られ、教室を後にする。
「──ところで、写真術は上手くできたか?」
手に持った写真板を睨みつけていたイオタが、情けない声で答える。
「じ、時間が、時間が足りませんでした……」
そりゃそうだ。
イオタの持つ金属板には、ギリギリでヤーエルヘルとわかる顔と、全体のシルエットしか焼き込まれていなかった。
「でも、頑張ったね! 写真術、難しいのに」
「灯術と炎術、場合によっては操術も併用するんだろ。三術同時に走らせるって、ヤバいよな……」
「炎術で熱して操術で削るから、まったく同時に三術ってわけじゃないよ。でも、難しいのは変わらないか。炎術と操術の切り替えがたいへんだから」
「写真術士って、すごい職業なんだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます