2/魔術大学校 -26 二年白組の出し物は

「えー、であるからして、ウージスパイン魔術大学校全優科の生徒として恥じない──」

 全優科の全生徒が収容できる広大なホールで、魔術大学校の校長が長話を続けている。

 どこの世界の校長も、変わらず話は長いらしい。

「──……あふ」

 隣席のドズマがあくびを噛み殺す。

「朝っぱらからやる気削いでくんなよなァ。こっちゃ仕込みしたいんだっつーの……」

 腕組みをし、深々と頷く。

「わかる」

「まあまあ、儀式みたいなものですし……」

 イオタの言葉に、ドズマが眠そうに答えた。

「そこで思考停止してンなよー。改革を求めるぜ、オレは」

「ドズマが次代の校長を担うって?」

「あー、それも悪くないかもな。オレの成績なら、わりとどこでも行けるし」

 忘れがちだが、ドズマは高等部二年で五指に入る優等生である。

「ドズマさん、面倒見もいいですしね」

「リーダーシップも取れるし、どこも欲しがる人材だわな」

「お、なんだなんだ。褒めても何も出ねーぞ」

「褒めたら当代の校長の長話もなんとかなりません?」

「自分の無力さを呪うぜ、オレはよー」

 などとくだらない会話を交わすうちに、気付けば参観会開会式は終わりを迎えていた。

 ホールを出たあと、人の流れに沿って、高等部の母屋へと向かう。

「十二時の門が開放されるのは、十二時ぴったりか。合わせてんのかな」

 十二時の門とは、全優科の生徒専用の玄関口だ。

 一年に一度、参観会の日にのみ、ネウロパニエ市民に開放される。

「お客さんが入ってくると、他のクラスの見学どころではなくなりますからね。午前中のうちに、見たいところは見ておきましょう」

「あー、それなんだけどよ」

 ドズマが、こちらを振り返りながら後ろ向きに歩く。

「カタナ。イオタ。お前ら、今日の当番なしでいいぞ」

「えっ」

「考えてもみろ。カタナが当番になったって、なーんもできねーだろ。銀組焼きの発案者で、事前準備にずっと関わってきた。だから、当日くらいは遊ばせてやろうってな。お前らのいないところで決まったんだよ」

 イオタが自分を指差す。

「あれ、ぼくは……?」

「お前はついでだ」

「悲しい」

「冗談だ、冗談」

 からからと笑い、言葉を継ぐ。

「英気を養って、武術大会頑張れとさ」

「……!」

「さすがにオレまで離れらんねーんでな。会場で合流するわ。武術大会、二時だろ?」

「ああ。付き合ってくれてありがとうな」

「いいってことよ。カタナにゃあしらわれたが、これでも学生レベルではそこそこなんだぞ」

「そのうち、ドズマさんも越えないとな……」

「はッは、在学中に越してみろや!」

「やってみせますよ!」

 イオタとドズマが、拳をぶつけ合う。

「つーことで、教室でミーティングしたらお前らは自由行動だ。シオニアんとこでも、三人娘のクラスを冷やかすんでも、好きにしろ」

「わかった。クラスの皆にお礼言っとかないとな」

「ですね……」

 クラスメイトたちの気遣いが嬉しかった。

 銀組の教室で、最後のミーティングを行う。

 材料が切れた際、あらかじめ話を通してある近所の食料品店へ向かう旨など、トラブルへの対応を綿密に確認したのち、俺たちは廊下へ続く扉を開いた。

「──あ、もうやってるかな?」

 そこには、既に、数名の生徒たちが並んでいた。

「今、ちょうど開けるところです。お好きな席へどうぞ」

「ありがとう。食べ物を出すって聞いて、楽しみにしてたんだ」

 噂になっていたらしい。

 発信源はシオニアではなく、銀組焼きの揚がる良い匂いだろう。

 どうやら、その匂い自体が、絶妙な宣伝となっていたらしい。

「美味しいんで、期待しててくださいよ」

「舌火傷には気を付けてくれ、マジで」

 俺たちは、記念すべき最初の客にそう告げて、銀組の教室を後にした。

 生徒の行き交う廊下で、イオタに尋ねる。

「さッて、どこから行く?」

「近場から攻めましょうか」

「つーことは、二年白組だな」

 シオニアのクラスだ。

 思えば、こちらから白組へ向かったことは、二、三度しかなかった。

 男子も女子もご気軽な、仲良しクラスといった印象だ。

「なーにやってんのかな。正直、ぜんぜん想像つかねえ」

「何をやってるかはわからないけど、何をしてても驚かない自信はあります」

「イオタ君、それ言って驚かなかったことないからなー」

「ルインラインの件は仕方ないでしょ!」

「ははは」

 白組は近い。

 話している間に、すぐに着く。

「──あ、カタナさーん! イオタくーん!」

 白組の前で受付をしていたシオニアが、立ち上がって両手をぶんぶん振った。

「真っ先に来てくれたんだね!」

「近いからな!」

「普通に気にもなってましたし……」

「じゃ、二人が最初のお客さんだ。入ってく? 入ってく?」

「当然!」

「白組の出し物って、結局なんなんですか?」

「ま、ま、とにかく扉開けてみてよ」

「オーケー」

 白組の教室へと繋がる扉を、がらりと開く。

 そこにあったのは──

「……階段?」

 木造の、上り階段だった。

「え、どういうこと……?」

 理解が追いつかない。

「ふふーん。ヒント欲しい?」

「欲しい」

「ヒントは、これ!」

 シオニアが、教室の中から立て看板を取り出す。

「イオタ、なんて書いてあるんだ?」

「大迷宮──って、答えじゃないですか!」

「答えでした」

「と言うか、看板立てるの忘れてたんでしょ!」

「思い出したからいいの!」

 二人のやり取りを横目に、教室を覗き込む。

「これ、もしかして、上下二層になってる?」

「うん、なってる! 二年白組の出し物は、二層立体大迷宮なのだ!」

「すッげ……!」

 思わず感嘆の声が漏れた。

 天井が高いからこそできる荒技だ。

「もちろん耐久性は確認してるから、安心してね!」

「カタナさん、入りましょう! めちゃくちゃ楽しそう……」

「おう!」

「二名様、ごあんなーい!」

 イオタと共に、二層立体大迷宮へと足を踏み入れる。

 最初の階段を上がり、現れたるは丁字路だ。

 まっすぐ行けば上層を進み、右に曲がれば下層へ降りる。

「ここは降りてみましょう。ぼくが設計するなら、正規ルートは上下移動を多めにしますから」

「おお……」

 イオタが頼もしい。

 俺たちは、大迷宮を躊躇なく突き進んでいく。

 時に上がり、時に下り、時に曲がり、時に謎を解いてギミックを作動させていく。

 しかし、しばらくして行き詰まってしまった。

「……どっかでギミック見逃したか? どんでん返しとか」

「ノーヒントでそれされたら、ちょっと難易度高すぎますよ……」

「確かに」

 同じ道を行きつ戻りつ、数分した頃だった。

「あっ」

 俺は、見つけた。

 行き止まりだと思っていた通路の突き当たりに、細い通路が隠されていたのだ。

 多くの人は、〈どうせ行き止まりだから〉と、奥まで見ずに別の通路の探索を優先してしまう。

 人間心理を巧みに突いた仕掛けだった。

「はー……」

「やっと、出てこれましたね……」

 十五分かけてようやく外へ出ると、シオニアが出迎えてくれた。

「おかえり! 遅かったね、どうだった?」

「いやー、やられたやられた。最後のルート考えたやつ、頭いいな。性格は悪いけど」

「心理的盲点って、あのことを言うんですね」

「でしょでしょ! すごいよね! 本人に伝えておきまーす!」

「……性格悪い、の部分は伝えなくていいからな?」

「ありのままのカタナさん、ぶつけていきなよ!」

「意味はわからないのに、何故か心が揺らぐ……」

「シオニアマジックですね」

 姿勢を戻すように伸びをして、告げる。

「とにかく、すげえ楽しかったわ。銀組焼きも負けてないと思うけど、ちょっと度肝抜かれたな」

「えへへー」

「じゃ、俺たちは行こうかな」

「えー!」

 シオニアが口を尖らせる。

「プルちゃんたちんとこ行くんでしょ! アタシも行きたい! お願い権発動!」

「シフトは?」

「十時くらいまで、かな」

 腕時計を確認する。

「あと三十分少々か。イオタ、どうする?」

「なら、高等部の他のクラスを冷やかしてきましょうか。ライバルの視察です」

「だな」

「やったー! 二人とも、愛してるう! ちゅ!」

 シオニアが投げキッスを飛ばす。

「はいはい」

「はいはい」

「どうして流すのさ!」

「んじゃ、三十分くらいで戻ってくるわ」

「はーい!」

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