2/魔術大学校 -25 参観会前日

「──だあッ!」

 イオタが木剣を右袈裟に振り下ろす。

 型とは本来、何年もかけて身につけるものだ。

 僅かな期間で急激に上達することはない。

 故に、イオタの剣捌きは、修練を始めた頃と大差なかった。

 だが、自分の攻撃に対し相手が反射的にどう動くか、その予測精度は確実に上がっていた。

 現在、イオタが組み上げられるのは、三手まで。

 一度目の予測が外れれば、その後の攻撃は隙だらけとなる。

 故に、一撃目は〈誘い〉の要素が強かった。

 わかりやすい一撃を放ち、わかりやすく対応させる。

 本命は、二撃目、三撃目だ。

 大きく背後に跳び退った俺を追うように、イオタが追撃の左薙ぎを放つ。

 さらに、一歩距離を取る。

 重心がぶれ、体勢が崩れる。

 それがイオタの狙いだった。

「はッ!」

 自らの矮躯を活かした低い一撃が、俺の向こうずねへと襲い掛かる。

 そうだな。

 せっかくの良い一撃だ、もらっておこう。

 俺は、そのまま回避行動を取らずに、イオタの木剣をすねで受け止めた。

 激痛が走る。

 イオタの顔が、驚きに歪んだ。

「──えっ」

「よくできました」

「カタナさん、え、どうして……?」

 イオタが木剣を取り落とす。

「良い一撃だったからな。食らっといた」

「い、痛くないんですか!」

「痛いぞ。すげー痛い。脛に木剣で一撃食らって痛くないわけないだろ」

「──…………」

 イオタの表情に、怒りが混じっていく。

「なんで、避けなかったんですか。カタナさんなら避けられたでしょう!」

「俺の動きは徒弟級上位を想定してる。徒弟級上位であれば、今の攻撃を避けることはできなかった」

「そういうことじゃなくて……!」

 イオタが、右手で髪の毛を掻きむしる。

「……どうして、そこまでするんですか。してくれるんですか」

「ははっ」

 懐かしいな。

「それ、俺も聞いた。俺の師匠せんせいに聞いたよ。あの人、俺に右腕まで斬り飛ばされたんだぜ。それに比べたら平気平気」

「それは、比較対象がおかしいのであって……」

「──…………」

 俺は、イオタの目を見つめた。

「簡単なことだ、イオタ。俺は、俺がしてもらったことを、しているだけだ」

「してもらった、こと……」

「俺が、師匠せんせいにしてもらったこと。将来、お前に弟子ができたとしたら、きっと同じことをする。そのとき、ようやくわかるんだろうな。今の俺の気持ちがさ」

 イオタが、やるせないような、複雑な表情を浮かべる。

「……治癒術、使います。言っておきますけど、まだ徒弟級第四位ですから。時間かかりますからね」

「ああ、頼むわ。ちょっと脂汗出てきた」

「ほんと、無茶する……」

 イオタが俺の前に膝をつき、両手を向こうずねにかざす。

 かすかな光が、患部を温かく包み込んだ。

「イオタ。今のお前は、徒弟級下位と中位の境目にいる。元は徒弟級未満。体操術を禁じた状態で、徒弟級下位だった」

「……強く、なってますか?」

「ああ、なってる。派手な成長じゃない。だが、速度としては申し分ない。よって、体操術の使用を限定的に認めよう」

 イオタが目を見開く。

「使っていいんですか?」

「限定的に、だ。今のお前は、三手までの決め打ちしかできない。一撃目の予測が外れれば、二撃目は隙になる。二撃目の予測が外れれば、三撃目は隙になる。だが、予測を外したとしても、直後の攻撃は止められない」

「はい」

「体操術の使用条件は、必ず決められると確信した連撃の、三手目。それのみだ」

「三手目……」

「何故体操術を禁じたか、覚えてるか?」

「テオ剛剣流の型と、体操術。同時に操ることが、ぼくにはできないから──ですよね」

「ああ。イオタの技術レベルだと、連撃になれば、もう型は関係ない。そもそも、テオ剛剣流自体に連撃の概念が薄いからな。どう足掻いたところで、二撃目、三撃目は、力任せに木剣を振り回すだけになる。なら、体操術を使ってもデメリットは薄いはずだ」

「なるほど……」

 俺は、右足を軽く動かした。

「──よし、もう痛くない」

「よかった」

「次は、三手目を体操術を使って放つ練習だ。明日までに仕上げるぞ」

「はい!」

 参観会は、明日に迫っていた。

 俺たちが全優科を離れる日だ。

 明日の午後、武術大会が開催される。

 イオタの自信に繋がる結果を、なんとしてでも引き寄せよう。

 それが、残された時間で唯一、俺がイオタのために残せるものだと思うからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る