2/魔術大学校 -24 銀組焼き
二年銀組の教室が飾り付けられていく。
厨房は、大工術によって仕切りが設えられており、客席からは見えない。
各人の机には手作りのランチョンマットが敷かれ、それが存外味になっていた。
最終的に残った銀組焼きのフレーバーは、三種。
ソース&マヨネーズの、オリジナル。
胡椒を混ぜたサワークリームにディップする、サワーテイスト。
はちみつを練り込んだ生地にお好みのジャムをかける、スイート。
ただの揚げタコ焼きが、随分とおしゃれになったものだ。
銀組のクラスメイトは、ほぼ全員が銀組焼きの調理法をマスターしている。
作れないのは、魔術の使えない俺と、あれから姿を見せないエイザンだけだった。
「よーし、なんとか明後日にゃ間に合いそうだな」
指揮を執っていたドズマが、ほっと息をついて椅子に腰掛けた。
銀組のクラスメイトたちからも安堵の声が漏れる。
「フレーバーの選定に思ったより時間が掛かりましたからね。装飾も、納得の行くものにできそうで、よかった」
イオタの言葉に苦笑する。
「一昨日なんて、試食のし過ぎで昼食も夕食も入らなかったからな。一気に食うと、どれが美味いんだか不味いんだか」
「正直、最初の一個目がいちばんうめーんだよな。腹がくちくなってくると、オリジナルでもきついわ」
「なんとか三種に絞れてよかったです、ほんと……」
選定する前は、なんと十一種類もあったのだ。
一種一つずつだとしても、最低十一個は食べなければ評価ができない。
途中からは、正直苦行だった。
「私、ちょっと太ったかも……」
「一日二日食べ過ぎたくらいで変わんないって」
クラスメイトたちが、わいわいと盛り上がる。
「でも、おかげでクオリティは確保できただろ。俺の地元で店開いても生き残れるぜ、これは」
「はーい、サワークリームはあたしの発案でーす!」
「ナイスアイディーア!」
「いえー!」
クラスメイトとハイタッチを交わす。
楽しい。
「……最優等クラスに、なれますかね」
ドズマが、太い腕をイオタの肩に回す。
「そんなもん、やってみなけりゃわかんねー。わかんねーから、精一杯頑張るんだろ」
「ドズマの言う通りだ。他のクラスだって、俺たちと同じくらい頑張ってる。だからこそ競い合うのが楽しいんだろ。いいなあ、この感じ。青春ってやつじゃね?」
「あはは! おっさんくさいですよ、カタナさん」
「お前、師匠に向かってなー」
言いつつ、からからと笑う。
「しかし──」
俺は、廊下へ続く扉へと視線を向けた。
「今日も、スパイがいるな」
「──…………」
ドズマが扉を開け放つ。
「──わっ!」
隠れて扉に耳を当てていたシオニアが、バランスを崩して尻餅をついた。
「ドズマ、ひどーい! ひドズマ!」
「自業自得だろーが」
イオタが、シオニアに手を差し伸べる。
「シオニアさん、スパイ活動はよくないですよ。禁止はされてないですけど」
「スパイじゃないもん!」
手を引いて起こしてもらいながら、シオニアが口を尖らせた。
「んじゃ、何してたんだよ」
「気になったの!」
「スパイじゃねーか」
「情報流してないもん!」
「そりゃま、偉いけど……」
「だって、いい匂いがしたんだもん! 食べ物出すんでしょ? すっごい斬新!」
少々くすぐったい。
うちの高校の学園祭では、模擬店はさほど珍しくもなかったし。
「ねーねー何出すの? 何出すの? 食べさせて!」
「駄目です。当日お越しください」
「イオタ君冷たい! あんなに優しかった君はどこへ行ったの?」
「勝負は非情なんです」
「ね、ね、カタナさん! お願い権発動!」
「……あー」
困った。
「俺個人のことならたいていは聞いてやるけど、今回はクラス全体のことだからな」
そう言って、周囲を見渡す。
「いいんじゃない? お客さんの反応、見てみたかったし」
「シオニア、絶対言うなよ! 絶対!」
「言ったら、ウドウさんのお願い権全部剥奪するぞー」
クラスメイトたちは、案外鷹揚だった。
誰かに食べさせて、感想を聞いてみたかったのかもしれない。
「うん、言わない!」
シオニアのこの言葉は、今となっては信頼が置ける。
「よかったな、シオニア。今のはお願い権の消費ナシでいいぞ」
「わーい!」
「厨房! 三種二個ずつ用意頼む!」
「はいよー!」
たまたま厨房にいた生徒が、手際よく銀組焼きを作り上げていく。
油の揚がる心地良い音と共に、芳しい香りが漂い始めた。
「わ、既においしそう!」
「期待してていいぜ」
「期待しちゃうー!」
しばしして、三種二個の銀組焼きがシオニアの前に並べられる。
「えー、何これ何これ! まるい! 初めて見る!」
「俺の地元の料理をアレンジしたんだよ」
皿を、一つずつ紹介していく。
「左端が、オリジナル。まんま再現したものだな。真ん中はサワークリーム。好きなだけつけて食べてくれ。右は、スイート。生地を甘めにしてあるから、好みのジャムをかけてどうぞ。中身、すげー熱いから、舌火傷に気を付けてくれよ。イオタなんて最初、吹き出しそうになってたんだから」
「あ、言わないでくださいよ!」
「治癒術得意なやつ、交代で常駐させようかと思ってんだよ。それくらい熱い」
「き、気を付けますー……」
シオニアが、操術で、銀組焼きのオリジナルを口へと運ぶ。
そっと歯を入れると、
サクッ。
「!」
歯触りの良い音が、小さく響いた。
「──おいしい! なんだこれー!」
シオニアの反応に、クラスメイトたちの緊張が解ける。
「すっごい! これ、カタナさんの地元の味なんだ! すごい!」
「お気に召しましたか、お嬢さま」
「召しました!」
はぐはぐとオリジナルを食べ進めていく。
「ふいー……。じゃ、サワークリームもいただくね」
銀組焼きが操術によってクリームを纏い、シオニアの口元へと向かう。
ひとくち囓り、うんうんと頷いた。
「定番って感じの味だね。ほっとする! オリジナルが初めての味だから、これがあると比較できて嬉しいかも」
「でしょー。シオニア、わかってるう!」
サワークリームを提案した女子が、嬉しそうに笑う。
「最後、スイート! リロットバターにしよっと」
はちみつを練り込んだ銀組焼きに、たっぷりとリロットバターが乗せられる。
生地の表面に触れたリロットバターが、じゅくじゅくと美味しそうに溶けていくのが見えた。
サクッ。
「……~~!」
シオニアが、足をばたばたさせる。
「おいッ、しー……い! これ、おいしい! 絶対女の子詰め掛けるよ!」
ドズマが、はにかみながら言う。
「やー……、こんだけ喜んでくれると、さすがに嬉しいわ。うん」
「ですね! シオニアさん素直だし、本当に美味しいんだってわかります」
「ふふー、食べさせてよかった? よかった?」
シオニアが、何故か俺に尋ねる。
「まあ、そうと表現することも不可能ではないとの意見も多々ある」
「お願い権くれる?」
「食っといてお前」
いいけどさ。
「おい、シオニア。白組は何やんだよ。食わせたんだから、そんくらいは教えてけ」
「ぶぶー!」
シオニアが胸の前でバツを作る。
「それは秘密です!」
「え、ずるくないですか?」
「考えてもみたまい。アタシがここで情報を漏らすような子なら、帰って白組に銀組焼きのことを言っちゃうかもしれないでしょ。アタシは口がかるーいけど、秘密のことは絶対言わないのだ」
「ははっ!」
思わず笑みがこぼれる。
「こりゃ一本取られたな。シオニアの口が固いのは、こちとらよーく知ってるよ」
そう言って、シオニアの頭をぽんと撫でる。
「白組が何をすんのかは、当日のお楽しみにしておくわ」
「えへへー」
くすぐったそうに撫でられたあと、シオニアが立ち上がった。
「では、銀組の諸君! 最優等クラスの栄誉は我々二年白組のものだ! 頑張ってくれたまーい!」
堂々と退室するシオニアの背中を見て、ドズマが呟いた。
「相変わらず、嵐のようなやつだ……」
「でも、美味しいって言ってもらえましたね。元より自信はあったけど、あそこまで良い反応をもらえると安心して当日に臨めます」
「なんだかんだ食わせてよかった気になるのが、あのアホのすげーとこだな。人懐こいっつーか、なんつーか」
「あれはもう、シオニアの才能だな」
人に好かれる才能だ。
「──じゃ、もうひと頑張りすっか! 本番は明後日、優勝すっぞ!」
ドズマの発破に、クラスメイトたちが大声で応じた。
クラスが一丸となっている。
ただ、懸念もあった。
エイザンはどうしているのだろうか。
その動向を知る者は、誰一人としていなかった。
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