2/魔術大学校 -21 青トマトとお願い権

「──うわ、トマトだ! カタナさん、この青トマト食べて! お願い権発動!」

「はいはい」

 シオニアのプレートから青トマトの酢漬けをつまみ、口へと放り込む。

 すっぱい。

「ありがと!」

 ヤーエルヘルが尋ねる。

「シオニアさん。お願い権はあといくつでしか?」

「今はねー、二個!」

「また増えてまし……」

「……なんか増えるんだよ。掃除とか手伝ってくれたりして」

「──…………」

 ヤーエルヘルが思案顔になる。

「カタナさん。あちしもお願い権欲しいでし……」

 ヤーエルヘル、お前もか。

「あ、ダメだよヤーエルヘルちゃん。お願い権は対価でもらうもの! 欲しかったら、カタナさんに何かしてあげるのだ!」

「なるほどー」

 ヤーエルヘルが、うんうんと頷き、言った。

「ね、ね、カタナさん。あちしにしてほしいこと、ありましか?」

「あー……」

 特にない。

 特にないが、正直にそう答えるのも違うだろう。

「……青トマト、食べるか?」

 ヤーエルヘルの口の前に、青トマトの酢漬けを差し出す。

「あー、んっ!」

 ぱくり。

「ふふー。これであちしも、お願い権一つでしね!」

 そう言って、嬉しそうに笑う。

「く……ッ」

 イオタが血走った目でこちらを睨んでいるが、こればっかりは仕方ないじゃん。

「ほう。カタナ、青トマトがまだ残っているではないか。貸してみろ」

 ヘレジナが、操術で青トマトを取り上げる。

 一口でそれを頬張って、満足げに言った。

「これで私にもお願い権とやらが宿ったわけだな」

 なんで青トマトを食べると俺にお願いできる権利が得られることになっているんだ。

「プルさまもどうぞ。この男に命令できる権利など、案外希少かもしれませんよ。へそ曲がりですから」

 命令権になってるし。

「な、なら、……わたしも。ふへ、へへへへ……」

 プルが、青トマトを上品に口の中へ消す。

「あーもー、好きにしてくれ……」

「じゃ、アタシも!」

 最後に残った一切れにフォークを刺そうとしたシオニアに、ドズマがツッコむ。

「いや、お前はおかしいだろ」

 イオタが呆れながら言う。

「おかしいか否かの話であれば、この流れがすべておかしいんですが……」

「そうだわ……」

「……青トマトって、そんな効能あったか?」

 これ以上は勘弁とばかりに、青トマトの最後の一切れをさっさと咀嚼し飲み下す。

「──ところで、イオタ」

「!」

 俺の含意に気付いたのか、イオタが背筋を伸ばす。

「あ、そのー……」

 そして、ヤーエルヘルへと向き直った。

「どうしましたか?」

 ヤーエルヘルのまっすぐな視線から逃げるように、イオタが目を逸らす。

「……その。今日の放課後、父さんのところへ行くつもりなんです。だから、ヤーエルヘルさんも、一緒にどうかなって」

「一緒に、でしか……」

 ヤーエルヘルが、俺を見上げる。

「ああ。俺も一緒に行く」

「なら、行きまし!」

「──…………」

 喜んでいいのか、悲しんでいいのか。

 イオタが、そんな複雑な笑みを浮かべた。

「全員で行かないほうがよいのか?」

 ヘレジナの問いに、イオタが答える。

「予定していたものではないですし、大人数で押し掛けるのも悪いかなと」

「なるほど、そうかもしれん。では、私とプルさまは寮で待っているとしよう」

 プルが眉尻を下げる。

「……き、気を付けて、ね。まだ、あ、安全とは限らない、……し」

「わかった。十二分に気を付ける」

 ふと、ドズマが口を開く。

「ところで、イオタの父ちゃんって、ネウロパニエに来て二週間経つんだろ。息子と一度会ったきりで、あと何してんだ?」

「政務と言ってました。普段来られない場所だからこそ、いくらでも仕事があるのだと」

「へえー。立派っつーか、なんつーか、……ワーカホリック?」

「否定したいけど、できないかも……」

 イオタが苦笑し、言葉を継ぐ。

「実は、ぼく、お父さんとの思い出ってほとんどないんですよね。だから、何を話せばいいかわからないのもあって」

「そうなのでしか?」

「ぼく、幼少時の記憶があまりないんです。それで、八歳からは全寮制の全優科でしょう? お父さんはカラスカ、ぼくはネウロパニエ。数えるほどしか会ったことがなくて。この前も、一年ぶりだったかな」

「──…………」

 ヤーエルヘルが、何かを考え込む。

 イオタの境遇に同情しているのかもしれない。

「イオタは、寂しくないのか?」

「──…………」

 俺の問いに、イオタが答える。

「すこし、寂しいのかもしれません。自分ではよくわからないけど……」

「──イオタ君!」

 シオニアが、イオタの両肩を掴む。

「は、はい!」

「今日は、たっぷり甘えてくるんだぞ! たっぷりだぞ!」

「はあ……」

 戸惑うイオタを見て、フォローを入れる。

「十七にもなって急に甘えろっても難しいさ。だけど、会話は大切だ。互いに互いを大切に思っていても、口にしなければ伝わらない」

「──…………」

 しばし沈黙していたイオタが、顔を上げた。

「そう、ですね。ぼくも話したい。お父さんがどんな仕事をしていて、どんなことを考えているのか。知りたいです」

 ヘレジナが、目を細めて言う。

「ああ、それがいい。大切なものを見定めて、人は大人になるものだ。迷いは、それだけで弱さだ。好きなものを好きと、大切なものを大切と、断言できる自分であれ」

 その言葉に、ドズマが深々と頷いた。

「……さすが、含蓄深いな。年上なだけあるわ」

「ふふん、だろう?」

 ヘレジナが得意げに胸を張る。

 こういうところが子供っぽいんだよな。

 そこが魅力であるとも言えるが。

「ヤーエルヘル。そういうわけで、放課後は頼む」

「はあい」

「よろしくお願いします」

 ツィゴニアに会うのは、アンパニエ・ホテル以来のことだ。

 デイコスが既に引き上げていればいいのだが。

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