2/魔術大学校 -14 最高の義術具

 サンストプラにおける一週間は、五日である。

 陪神イルザンハィネスを表す黒曜日。

 陪神デムリカを表す青曜日。

 陪神サザスラーヤを表す赤曜日。

 陪神エルを表す白曜日。

 そして、女神エル=タナエルを表す銀曜日。

 中天に座す月に祈りを捧げる銀曜日は、同時に休日でもある。

 俺たちは銀曜日を利用し、ベディルスの元へと報告に向かうことにした。


「──なるほど。油断できるわけもないが、ひとまず片は付いたというわけか」

 ベディルスは、俺たちの話を黙って聞いたあと、そう口にした。

「当然、護衛は続けます。デイコスの言葉を真正面から受け取るわけにもいかない。俺たちを油断させるための方便という可能性も、いまだ残りますから」

「ああ、そうしてもらえるとありがたい。しかし──」

 ベディルスが、何かを尋ねたそうな顔をする。

 だが、結局、

「……いや、やめておこう。恩人の事情を根掘り葉掘り聞くものではないな」

「ありがとうございます」

 イオタのおかげで、俺は、自分自身を認めることができるようになった。

 だが、ラーイウラ王国での話は、いまだできずにいる。

 俺が人を殺した話。

 イオタはきっと、軽蔑せずに聞いてくれるだろう。

 しかし、友人に聞かせるには、あまりに血生臭い内容だ。

 あまり積極的に話したいとは思えなかった。

「──ぴぃ、ぴぃ!」

 店内を飛び回っていたシィが、イオタの腕へとすぽりと収まる。

「よしよし」

 イオタがシィの背中を撫でながら、尋ねた。

「お爺ちゃん。義術具はどこまでできたの?」

「ああ、そうだった。ウドウ君の手を測らせてもらおうと思っていたのだ」

「手、ですか?」

「形状を、グローブ型にしようと思っていてな。義術具の使用の際には、起動動作が必要だ。腕輪にすると、叩く、擦る、弾くなどの、もう片側の手によるアクションが必要となる。振ることで起動させることもできるが、この方式は誤作動が多い。グローブ型にすれば、指の形によって片手で起動できる」

「ああ、ガントレット型と同じ感じですか」

「ユーダイのところで見たか。その通りだ」

 しばし思案し、頷く。

「そうですね。片手で起動できるほうがありがたいです。常に両腕が使える状況とも限りませんし……」

 最悪、片腕が失われている可能性だってあるのだ。

「では、グローブ型で行こう。右手と左手、どちらがいい?」

「右手でお願いします」

「了解した」

 ベディルスが、手元の紙に何事かを書き付ける。

「確認するが、刻み込むのは灰燼術でいいのだな」

「ええ。こう、上手いこと神剣に着火できる感じで……」

 折れた神剣はベディルスに預けてある。

 魔術大学校に武器は持ち込めないし、魔術を発生させる方向と距離を調整するのに必要だったからだ。

「神剣、か。詳しくは聞かないが、また、とんでもないものを持ってきたものだ」

 ヘレジナが薄い胸を張る。

「ふふん、とんでもないであろう。私の師匠の持ち物だぞ」

「その師匠って、カタナさんの師匠せんせいと同じ方ですか?」

「いや、違う。一人目の師匠と言ったほうがよいだろう。私は今まで、二人に師事している」

 ルインラインについて触れないのは、触れた場合、その死についても話さなければならなくなるからだ。

 イオタはよくても、まかり間違ってシオニアあたりに流れたら、翌日の放課後には全優科の全生徒が知っていてもおかしくはない。

 ベディルスが、机の上の折れた神剣を手に取る。

「──これは、神代の魔術具ではない」

 プルが、隣で小首をかしげる。

「ま、魔術具、じゃない……?」

「ああ。これは、神代の義術具だ。魔力マナのない人間のために作られた武器だよ」

「神代の義術具、でしか」

「この剣身だが、すべて純輝石アンセルでできている。もっとも、割れたグラスに水を溜めることができないように、もう魔力マナを貯蔵することはできないが。また、起動動作は必要ない。すべて意思によって作動する。折れる前は、剣身に込められた無尽蔵の魔力マナを燃やす、炎の剣とでも呼ぶべきものだったのだろう。今では術式のみが残り、炎によって着火する性質を持つ魔術具となっているようだがな」

「なるほど……」

 得心が行った。

「外見上はただの折れた剣に過ぎないから、盗難に遭う恐れは少ないだろう。だが、紛失には重々気を付けることだ。神代の術具は、それだけで価値がある」

「はい、それはもう」

 銀琴の二の舞には、絶対にしない。

「では、手のサイズを詳細に測る。机の上に右手を出してくれ」

「はい」

 言われた通りに手を机に乗せ、サイズを測定する。

「そう言えば、素材はどうなるんですか?」

「防炎術式を刻み込んだ、革だ。湿気が篭もらないよう指ぬきにする」

 プルが驚く。

「か、革に、防炎術式……? しかも、か、灰燼術の術式も、刻み込む、……のに」

「ああ。素材を二重にし、外側に防炎術式を、内側に灰燼術の術式を刻む。中からは燃えるが、そういった状況はまずあるまい」

 たしかに。

「防炎術式に必要な魔力マナは、純輝石アンセルから引く。こちらの術式へは、常に微弱な魔力マナを流し続けることになる。通常の半輝石セルであれば二日と持たんが、純輝石アンセルであれば問題あるまい。ただ、こまめに魔力マナを込めておくことを勧める。純輝石アンセルの容量は膨大だが、込める魔力マナを用意するのは簡単ではない。三人いたとして、無理のない範囲で純輝石アンセルを満たすには、十日ほどは必要となるだろう。この純輝石アンセルは既に魔力マナで満たされていたが、よくここまで込めたものだ」

「あ、魔力マナについては問題ないでし。あちし、魔力マナ量が人より多いので……」

 ヤーエルヘルの言葉に、ベディルスが反駁する。

「多いと言っても限度があるだろう。無理に魔力マナを使い過ぎると、気絶しかねない。常に半分は体内に留めておくべきだ」

「その純輝石アンセル魔力マナ、一度に込めたものなんでし」

「──…………」

 ベディルスが、呆れたように口を開く。

「君たちは、本当に何者なのだ。聞くまい聞くまいとは思っていたが、ここまで人間離れしていると、さすがに尋ねたくもなる」

 俺は、微笑んで答えた。

「ワンダラスト・テイルです。奇跡級の剣術士二人に、奇跡級の治癒術士。そして、徒弟級の魔術士のパーティですよ」

「ワンダラスト・テイル……」

 戸惑うベディルスに、イオタが注釈を入れてくれる。

「遺物三都でのパーティ名なんだって。財宝、見つけたって言ってたよ」

「それは、また」

 ベディルスが苦笑する。

「だが、君たちなら、財宝くらいは掘り当てるだろう。それくらいでは驚かんよ」

「ぼくが思うに、もっととんでもないことにも巻き込まれてるっぽいんだけど、教えてくれないんだよね……」

「ははは」

 正解。

「しかし、なんだな」

 ベディルスが、イオタへと向き直る。

「随分と元気になった。視線が、下ではなく、前を向いている」

「うん。カタナさんの弟子になったんだ。剣術も教えてもらってる」

「そうか」

 ベディルスが、俺に頭を下げる。

「孫を、頼む。昔から気弱な子でな。シィしか友達がいなかった」

「今は大丈夫ですよ」

 イオタと顔を見合わせる。

 彼は、はにかんだように笑ってみせた。

「学校にも、ちゃんと友達がいます。このあと合流して、ネウロパニエを案内してもらう予定なんです」

「それはいい。君たちには、護衛以上のことをしてもらっているな。この礼は、最高の義術具で以てするとしよう」

「ええ、お願いします。その純輝石アンセルは、プルのお婆さんの形見なんです。だから、最高の術具士に頼んで、最高の義術具に仕立ててほしかった」

「ならば、その期待には応えねばならんな」

 きっと、素晴らしい作品が出来上がる。

 その確信があった。

「と、……ところで、ツィゴニアさんは大丈夫、……ですか?」

 プルが、心配そうに尋ねる。

「い、イオタくん、の、安全が確保できたなら、……で、デイコスがツィゴニアさんの暗殺に、躍起になる、……かも」

「ああ。そちらも並行して調査はしている。息子が雇った護衛の他にも、数名の知人に守らせてもいる。ただ、この数日、デイコスの動きがぴたりと止んでいてな。パドロ=デイコスの話が真実であれば、依頼の完遂は不可能として、引き上げた可能性もなくはない」

 ヘレジナが頷く。

「なるほど。だが、ツィゴニアが首都カラスカへ帰還するまでは気が抜けんな」

 逆に言えば、首都カラスカへ帰り着くことができれば安全ということだ。

 それは、デイコスがツィゴニアの暗殺場所として、カラスカから遠く離れたネウロパニエを選んだことからも明らかである。

「そう言や、ツィゴニアさん、息子の参観会を見に来たって言ってたな。イオタ、参観会って何だ?」

「あ、言ってませんでしたっけ。全優科の門戸がネウロパニエの市民に開放される唯一の日です。クラス単位で出し物を行って、市民に投票してもらう。そして、その年の最優等クラスを決めるんです。他にもさまざまなイベントが用意されていて、ちょっとしたお祭りみたいなんですよ」

「なるほどな。学園祭みたいなもんか」

「……み、みやぎにも、同じような催し、あったの?」

 プルの言葉に、高校の頃を思い出しつつ答える。

「ああ、あったあった。お化け屋敷やら、模擬店やら、なんならメイド喫茶やら……」

「ほう、いろいろあるのだな」

「ぎ、銀組は、何するか決まってる、……の?」

「いえ、まだですね。来週決めて、再来週はまるまる準備です」

「何をするのか、楽しみでしね!」

「だな」

 頷き、答える。

「ヤーエルヘルたちの教室にも、絶対行くから」

「はい!」

「ぼ、ぼくも行きますよ!」

「お待ちしておりましー」

「ほほう……」

 ヘレジナが、愉快そうに口の端を上げる。

「な、なんですか……」

「我々も同じクラスであることを忘れてはならんぞ」

「忘れてませんよ!」

 そのとき、

「──くッ」

 黙って話を聞いていたベディルスが、吹き出した。

「ははははっ! 頑張れよ、イオタ。保護者の目は厳しいぞ」

「そんなんじゃないってば!」

「……?」

 ヤーエルヘルが、不思議そうに小首をかしげる。

 知らぬは本人ばかりなり。

「うッし、そろそろ行くか。ドズマとシオニアを待たせてもいけないしな」

「ああ。孫のこと、よろしく頼む」

「はい。義術具、楽しみにしています」

「任せておけ」

 不敵に笑うベディルスに会釈して、俺たちはベディ術具店を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る