2/魔術大学校 -11 不純異性交遊?
「──…………」
「──……」
担任の女性教官が、足を組みながら俺を見上げる。
「カタナ=ウドウさん」
「はい」
「何故、昼休みに教官室に呼ばれたのか、心当たりはありますか?」
「いちおうは……」
「確認したいのですが」
「はい」
「昨日の剣術教室において、師範と勝負を行い勝利したことは事実でしょうか」
「それは、はい」
「そうですか。こちらは師範からの報告もあるので、構わないと言えば構いませんが……」
担任教官が、書類をぺしぺしと叩く。
「あなたが、全優科の敷地内で、複数の女子生徒を相手に不純異性交遊を行っていたという話が各所から届いています。こちらは本当ですか?」
「ンなわけないでしょう!」
とんでもない噂が流れていた。
頭を押さえながら、なんとか言葉を紡ぐ。
「……私と同時に編入した、中等部三年の女子がいるはずです。あの子たちは元より俺の知人でして、一緒に昼食をとっただけですよ」
「ふむ」
机の上の資料を指でなぞりながら、担任教官がそれを読み上げる。
「中等部三年、ヘレジナ=エーデルマン。ヤーエルヘル=ヤガタニ。プル=ウドウ──ああ、なるほど。同姓ですね」
「わかっていただけましたか」
担任教官が、自分の口元を隠す。
「では、実の妹と不純異性交遊を……!」
「頭湧いてんのか、あんた!」
思わず敬語が抜けた。
「そ、そうですよね……」
担任教官が、ほっと胸を撫で下ろす。
「しかし、銀組の教室にて、複数人の女子が君を取り合っていたという情報も、それぞれ別の生徒から寄せられているのですが」
「──…………」
目を逸らす。
「それはー……、そのー……」
どうしよう、九割事実だ。
「これには、深いわけがありまして」
「言ってみなさい」
「あれは──そう、厳密に言えば、私の取り合いではなかったのです」
「──…………」
ああ、教官の目が冷たい。
なんとか言い訳を捻り出す。
「私がテオ剛剣流の師範を打ち倒したのは御存知の通りです。その際、彼女たちに、師範を倒した技を見せる約束をしてしまったのです。ですが、私としては、自分の技はなるべく人に披露したくない。見せれば見せるほど対応される可能性が高まりますから」
「ほう」
「そこで、中等部と高等部のどちらか片方のみで披露する、という落としどころを定めたわけです。中等部の子たちは、中等部で披露させると他の子に約束してしまった。高等部の子は高等部で披露させると吹聴してしまった。これで、あくまで擬似的に〈私を取り合う〉という図式が出来上がってしまったのです。調べてもらえればわかるのですが、私は昨日の放課後、高等部の母屋でその技を披露しています」
「なるほど……」
担任教官の視線が、徐々に軟化していく。
よし、通りそうだ。
最後の一押しと行こう。
「教官、よく考えてみてください。多少強かろうとも、読み書きできなければ
「──…………」
担任教官が、そっと目を伏せる。
「ウドウさん」
「はい」
「五股して先生を捨てた男も、決して美形ではなかった。そういう男は得てして、普通の、誠実そうな外見なの。親しみやすさを利用するのよ。そう、あなたのように!」
そんな場所にある地雷、わかんねえよ!
「ち、違います。教官の元彼とは違いますから!」
「キ──ッ! 嘆かわしい! 退学よ退学!」
「編入二日目で!?」
す、と。
隣席の教官二人が、担任教官の両脇を固める。
「いけないわ! このままでは全優科がこの男のハーレムになってしまうのよ!」
「はい、落ち着いて落ち着いて」
「はちみつをたっぷり垂らした紅茶を飲みましょうね」
「ア゜ーッ!」
担任教官が、引きずられていく。
「──…………」
なんだこれ。
呆然としていると、俺の前に別の男性教官が腰掛けた。
「……あー、申し訳ない。彼女は教官としては優秀なんだけど、ちょっと男女関係にトラウマがあってね」
「知りたくなかったですね……」
「発作みたいなもので、しばらくしたら落ち着くから」
「はい……」
大丈夫か、全優科。
「聞いた感じ、弁解に筋は通っている。君が技を披露していたという話も届いているよ。噂が噂を呼んだ上に、尾ひれ羽ひれがついたのだろう。箱庭では、皆が刺激に飢えている。新しい刺激に過剰反応してしまうんだね」
「そういうもの、ですか」
男性教官が、小さく頷く。
「しかし、君の行動に問題がなかったとも言い切れない。もうすこし目立たないよう振る舞うことだってできたはずだ。その点、自覚はあるかな?」
「……正直、あります。剣術の実力も、大っぴらにするつもりはなかったのですが」
「まあ、そこはね。実力があるものは仕方がない。優れていることを隠すのも妙な話だ。これに関しては、師範も悪い。師範から吹っ掛けたと聞いているからね」
それは、聞き捨てならなかった。
「いえ、師範は悪くありません。私が目立ったのが悪いんです。責任問題に発展するなら、いくらでも証言します」
「ああ、大丈夫大丈夫」
男性教官が、手をひらひらと振って、笑ってみせる。
「今の反応でわかったよ。君は、誠実だ。少なくとも噂通りの人柄ではないな」
その言葉を聞いて、俺はほっと息をついた。
「そう言ってもらえると、助かります」
「ひとまず、ただの噂話として処理しておくよ。編入早々、大変だったね」
「はい……」
本当にな。
「いちおう、学校側としてはもう大丈夫だから。戻って昼食をとって構わないよ」
「ありがとうございました」
一礼して教官室を去ろうとしたとき、ふと思い出した。
「──ああ、そうだ。以前魔術大学校に在籍していた教授についてお尋ねしたいんですが」
「教授?」
男性教官が、あごを撫でる。
「魔術研究科と全優科は、敷地が同じ別組織みたいなものだからね。僕にはちょっとわからないかな」
「そういうものなんですか」
「ウージスパイン魔術大学校は、三つの科に分かれている。一般的な〈学校〉としての尋常科。〈大学校〉としての全優科。そして、最先端の魔術研究を行う魔術研究科だ」
「魔術研究……」
「魔術研究科の研究員の中でも、教授と呼ばれる人は有数だ。以前在籍していたのなら、必ず名前が残っているはずだよ。全優科の生徒なら、そう邪険にもされないだろう。行ってみるといい」
「わかりました。ありがとうございます」
男性教官に一礼し、俺は今度こそ教官室を後にした。
「──カタナさん! 大丈夫でしか?」
教官室の前で待っていた四人が、心配そうに駆け寄ってくる。
「か、か、かたな。ひ、ひどいこと、言われなかった……?」
プルの言葉に、苦笑する。
「言われた、というか……」
担任教官の知りたくもない男性遍歴は聞かされた。
「カタナさんなら、ちゃんと話せば大丈夫ですよ。きっと、誠意は伝わったと思います」
イオタに頷く。
「まあ、首の皮一枚ってところだな」
「ギリギリではないか……」
「それと、元教授──ヤーエルヘルのお師匠さんのことを聞くなら、魔術研究科へ行くといいとさ」
「あ、聞いてくれてありがとうございまし!」
懐中時計を開き、時刻を確認する。
「──あとはメシ食う時間しかないな。放課後にでも行ってみるか」
「はい!」
「ヤーエルヘルさんのお師匠さんって、魔術研究科の教授だったんですか?」
イオタの言葉に、ヤーエルヘルが頷く。
「はい、そう聞いてまし。会えるとは思ってませんが、楽しみでし! どんなお話が聞けるかな」
楽しそうに笑うヤーエルヘルを中心に、俺たちは最寄りの食堂へと足を向けた。
幸か不幸か最も混む時間を避けられたので、悠々と食事をとることができた。
今後も、食堂を利用する際は、すこし時間を遅らせたほうがいいかもしれない。
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