2/魔術大学校 -8 初指導

 冬華寮の食堂で質問攻めにされながら夕食を取ったあと、俺とイオタはシィを連れて外へ出た。

 太陽は既に沈み、灯術の明かりだけが周囲を照らし出している。

 酔狂な見物人が数名、寮の窓からこちらを窺っていた。

「──イオタの実力を、正しく測っておこう」

 剣術教室から借りてきた木剣をイオタに渡す。

「これで、俺に打ち込んでみろ。ただし、本気でだ」

「え──」

 イオタが、戸惑う。

「カタナさん、武器が」

「気にする必要はねえよ」

「で、でも……」

「──…………」

 あえて厳しい顔を作る。

「お前の師は、素人の一振りに当たるほど弱くはない」

「!」

「打ってこいよ、イオタ=シャン。殺す気でだ」

「……わかり、ました」

 イオタが木剣の柄を握り込む。

 その目には意志の輝きが宿っていた。

「ぴぃ!」

 シィの鳴き声を合図に、

「──たああああッ!」

 イオタが、テオ剛剣流の構えから、遠慮のない一撃を繰り出した。

 だが、遅い。

 型通りの一撃だが、爪の先から指の先へ至るまで、すべてが連動していない。

「やあッ!」

 バラバラだから、遅い。

 バラバラだから、威力がない。

 バラバラだから、体勢が崩れる。

 三撃、四撃、五撃──

 観察しながら、避け続ける。

 俺は、イオタの息が上がったのを見て、一度大きく距離を取った。

「はい、そこまで」

「──はッ、はあ……、はあ……」

「咳は大丈夫か?」

「は、……はい、今はぜんぜん……。それで、……ど、どうですか?」

「お世辞は言わねえぞ」

「……はい。現実を、受け止めます」

 繕わず、そのままを告げる。

「級位以前の問題だ。徒弟級未満。勘の良い素人より、弱い」

「──…………」

 覚悟はしていてもショックだったのか、イオタが歯噛みする。

「確認したいことがある」

「……はい」

「イオタ、体操術を使ってるな?」

「は、はい。いちおう。すこしでも、と思って……」

「わかった。次は、体操術を使わずに打ち込んでこい」

「使わずに、ですか?」

「ああ」

「……わかりました」

 イオタが、再び木剣を握る。

「──たあッ!」

 その一閃は、先程より幾分かましなものだった。

 動きはたしかに鈍い。

 元より遅いものから体操術を抜いたのだから、当然だ。

 だが、今度は全身がしっかりと連動している。

 故に、結果的には、剣の速度は元と大差ない。

 無理な体操術によって体勢が崩れないぶん、こちらのほうがましだ。

「なるほどな」

 木剣を片手で受け止め、告げる。

「今この瞬間から、体操術の使用を禁ずる」

「えっ」

「テオ剛剣流の型と、体操術。どちらも未熟なのに、どちらもこなそうとするから、どっちつかずで身につかないんだよ。右手で板書を書き写しながら、左手で絵を描くようなもんだ。できるか?」

「で、できません……」

「そういうことだ」

「なるほど……」

 まあ、世の中はできるやつで溢れているけれど。

「基本的な型は、テオ剛剣流のままで行く。初等部から学んで体に叩き込まれているはずだ。俺の我流は型がないし、教えようがないからな」

「あの、燕双閃・自在の型は……」

「あれは、俺にしかできない技だ。いちおうその前段階として、燕返しってのはあるけどな。ほら、さっき皆の前で披露したやつ」

「斬り下ろしから斬り上げへと転じるやつですよね」

「その通り。でも、燕返しって、必殺技でもなんでもないぜ。素直にテオ剛剣流を練習したほうが──」

「教えてください!」

 イオタが深々と頭を下げる。

「燕返し、習得したいです!」

「──…………」

 今日学んだテオ剛剣流の型を思い出す。

 肩の上で木剣を構え、そのまま振り下ろす。

 テオ剛剣流は一撃必殺。

 本来は、避けられないタイミングで相手の隙に叩き込んだり、重量のある両手剣などで防御の上から叩き切るような、豪快な流派なのだろう。

 つまり、連撃という概念が薄い。

 一撃同士のやり取りの中で、連撃を放つものが現れたら、面白いかもしれない。

「わかった、教える」

「!」

 イオタが、目を輝かせながら顔を上げる。

「ただし、筋肉をぶっ壊してからだ」

「筋肉を……?」

「ぶっ壊した筋肉は、繋ぎ直せば太くなる。今後、筋力トレーニングと技術トレーニングを隔日で交互に行っていく。今日は筋力トレーニングだ。体操術で甘やかした肉体を、徹底的に痛めつける。気管のことがあるから、持久走なんかはなしにするけどな」

「だ、大丈夫です!」

「駄目だ。お前、無理をすることが強さへの近道だと思ってるだろ」

「──…………」

「それは、違う。それじゃあただの精神論だ。効率的で正しいトレーニングを積み重ねる。それ以外に強くなる道なんてない。覚悟の一つですぐさま覚醒なんて、そんな物語みたいなことは起こらない。長く、険しい。一歩一歩進んで行くしかない。それが、お前の選んだ道だ」

「……はい!」

 顔に出ないよう、自嘲する。

[羅針盤]も、[星見台]も、神眼も、ポンと与えられた身で何を言っているんだか。

 だが、この言葉に嘘はない。

 本来、強くなることに、近道なんて存在しないはずなのだ。

「じゃあ、そうだな」

 思案し、最初のメニューを吟味する。

「まず、腕立て伏せを二百回から」

「にひゃ──!」

 イオタが目をまるくする。

「た、体操術なしで、ですよね」

「俺は、毎日朝晩やってるぞ。ヤーエルヘル背中に乗せて」

「えっ、羨ましい……」

 こういうところは年頃の男の子なんだよなあ。

「ヤーエルヘルを背中に乗せたきゃ、頑張ることだな。今のままだと潰れて一回もできないだろ」

「そうですね……」

「ほら、さっさと始める! 俺も隣でやるから」

「はい!」

「ぴィ!」

 シィが、イオタの頭に飛び乗り、高らかに鳴いた。

 イオタの肉体改造計画の始まりである。

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