1/ネウロパニエ -9 ベディ術具店

「──……ふぁ、……ふ」

 漏れるあくびを噛み殺す。

「か、……かたな。眠い……?」

 こうして漏れ出している以上、誤魔化しても無駄だろう。

「まあ、すこしだけな」

「無理して、そ、ソファで寝なくて、よかったのに……」

「……いや、ソファがどうこうではなくてだな」

「?」

 ソファを用いることで同衾感を減らせるかと思いきや、あのベッドがそもそも三人でも狭く、皆の寝息が近くて落ち着かなかったのだ。

 ベッドとソファのあいだに段差があるおかげで、ヤーエルヘルが俺の腕の中に転がり落ちてきた、というのもある。

 いずれにしても、とても安眠できる環境ではなかった。

「……ごめんなし、カタナさん。暑かったでしよね」

「気にすんなって。それより、家族のぬくもりは感じられたか?」

「はい! みんなに囲まれて、すっごく安心して眠れました!」

「だとさ」

 そう言って、プルに微笑みかける。

「……ふへ。よ、よかった」

「カタナを入れぬのであれば、また三人で寝てもよいぞ。ただ、夏場は熱中症になる可能性があるのでな。涼しい日に限るが」

「はい!」

「な、仲間はずれ、よくない……」

「……また俺に眠れぬ夜を過ごせと?」

「あ」

 プルが、はたと気付く。

「……そ、それで、眠れなかった、……の?」

「もしかして、今気付いたのか?」

「う、うん……」

「遅い……」

 実際に寝る前に気が付いてほしかった。

 俺たちは今、中央区からすこし離れた住宅街区の一つを訪ねている。

 中央区から外れた途端、急激に生活レベルが低下しているのが見て取れた。

 ネウロパニエは、外周──新たな街区になればなるほど貧している。

 この周辺は、それでも平均的な区画だろう。

「──たぶん、このあたりだと思うんだけどな」

 最後に道を尋ねた人によれば、この先の五叉路を左に曲がったあたりだそうだ。

「左って、この細い路地で合ってると思うか?」

「い、いちおう、五叉路にはなってる、……ね?」

「ひとまず入ってみればいい。なければ戻ればいいだけだ」

「でしね」

 裏路地をひょいと覗き込む。

 がらくたで溢れているかと思えばそんなことはなく、ただ道が細いだけで通ることは十分にできそうだった。

 皆を先導して裏路地の最奥まで行くと、突き当たりのビルの一室に看板が掲げてあるのを見つけた。

「──ベディ術具店。ここでし!」

「うっし、なんとか見つかったか」

 さっそく扉を開こうとするが、ノブに掛かったプレートが気になった。

「……? これ、なんて書いてる?」

「あっ」

 プレートを覗き込んだプルが、一瞬固まった。

「……り、臨時休業」

「マジかよ……」

「こ、ここまで来たのに、……ね」

 思わず肩を落とす。

 だが、できることはまだある。

「しゃーないな。もし誰かいたら、客が来たことだけでも伝えようぜ。いつなら開いてるのか知りたいし」

「そうでしね。明日も明後日も休業だと、毎日通うのも手間でしし」

 ベディ術具店の扉をノックする。

「すんませーん」

 反応はない。

 ノブを捻ってみると、鍵は掛かっていなかった。

 扉を薄く開き、声を掛ける。

「……すみません、誰かいませんかー」

 声は響けど、返答はない。

「駄目だ、出直すしか──」

 そう言って振り返ったとき、表通りから歩いてくる人影があった。

 それは、白髪を油でオールバックにまとめた気難しそうな老年の男性だった。

「──臨時休業」

「はい?」

「お前ら、文字が読めないのか。ならば教えてやる。そこには臨時休業と書かれている。わかったら、退け」

「──…………」

 一発でわかる。

 これは、難物だ。

 慌てて笑顔を作り、久し振りの営業モードに入る。

「申し訳ありません。ニャサに住むユーダイ様から紹介を受けまして……」

 紹介状を差し出す。

 男性はそれを受け取ると、中身も読まずに懐に入れた。

「それで」

「臨時休業とのことでしたが、いつまで休業なさるのでしょうか。今日は失礼し、また開店なさるときに出直そうかと」

「しばらくやらん。諦めろ」

「すゥー……、はァー……」

 プルが深呼吸をしたあと、男性の前にしずしずと進み出る。

「不躾に申し訳ありません」

 優雅に一礼し、続ける。

「事情がおありでしょうが、わたしたちにも、どうしても義術具を作っていただきたい理由があるのです。本日すぐにとは申しませんので、滞在中に営業を再開していただくわけにはいかないでしょうか」

「諦めろ」

「ふぎゃ……」

 にべもない。

 プルの皇巫女モードでもどうにもならないとなれば、手持ちのカードではどうすることもできないぞ。

「他に用がなければ、退け」

 無言で男性に道を譲る。

 男性は、当然とばかりに鼻を鳴らすと、扉をくぐり、

 ──カチャリ。

 聞こえよがしに鍵を掛けた。

「な──」

 ヘレジナの顔が紅潮していく。

「なんだ、あの態度は! こちらは客だぞ! いくら腕がよくとも、人柄が伴わなければ話にならん! プルさま、別の術具士を探しましょう!」

「……う、うう。あれはむり……」

「まったく、常識を疑う!」

 ヘレジナ、ああいう態度のでかい人のこと嫌いだからな。

 俺は営業で慣れているので、いまさら何も感じないけれど。

「しゃーない。ひとまず魔術大学校のほう行ってみようぜ。術具士を探そうにも伝手がない」

 元の世界であれば、スマホで一発検索できるのに。

 少々歯がゆいものがある。

「でも、ネウロパニエは道がわかりやすくていいでしね。魔術大学校から放射状に道が伸びてるから、現在位置がすぐにわかりまし」

「その点、迷わずに済むから助かるよな」

 裏路地から出て、表通りを左折する。

 目抜き通りから中央区を臨めば、どこからでも魔術大学校の塀が見える。

「行こうぜ。調べものにも時間掛かるだろうし」

「う、うん」

「ああ」

「はい!」

 三者三様の返事を受け、俺たちは魔術大学校へ向けて歩き出した。

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