1/ネウロパニエ -3 不審な手紙

 二人部屋を二部屋借りることができたので、俺はヤーエルヘルと同室だ。

「ヤーエルヘル、いつもの頼むー」

「はあい」

 いつもの。

 ヤーエルヘルを背中に乗せての腕立て伏せだ。

 自重のみの腕立て伏せだと、負荷が物足りなくなってしまった。

 腕も、肩も、一回り大きくなったように思う。

「じゃ、乗りましよー」

「カモン」

 ヤーエルヘルが、俺の背に腰を下ろす。

 慣れた重みを感じながら腕立て伏せをしていると、

「はれ?」

 背中に乗せたヤーエルヘルが、小首をかしげる気配がした。

「──五十二、……五十三、……どうかした?」

「机の上に、何かありまし」

「──五十七、……五十八、……何かって?」

「さあー」

「──六十、……六十一、……ごめん二百回まで待って」

「はあい」

「──六十五、……六十六、……六十七」

 腕立て伏せを二百回終え、一息つく。

「ふー……。それで、何かって?」

「見てみまし」

 俺の背中から降りたヤーエルヘルが、机の前に立つ。

「……手紙?」

「手紙」

 立ち上がり、ヤーエルヘルの手の中を覗き込む。

「さっきはなかったよな」

「と、思いまし……」

「……誰か、部屋に入ったのか?」

「ど、泥棒でしかね」

 手紙を残していく泥棒とか、まるで怪盗みたいだな。

「路銀はヘレジナが管理してるし、大丈夫だとは思うけど……」

「とりあえず、開けてみましね」

 ヤーエルヘルが封筒を開き、中の便箋を読み上げる。

「カタナ=ウドウへ。客が寝静まったあと、宿の裏手に来られたし。パドロ──えっ!」

 ヤーエルヘルが、目をまるくする。

「……パドロ?」

「パドロ、……デイコス」

「──!」

 ルアン=デイコス。

 御前試合の第二回戦で当たった相手の名だ。

 その際、ヴェゼルが言っていた。

 デイコスとは、闇の世界で名を轟かせる暗殺者の一族であると。

「ど、どうしましょう!」

 しばし思案し、答える。

「……応じるしかないだろうな。向こうは容易に鍵を開けられるんだ。いつでも仕掛けられるのにわざわざ手紙を置いたってことは、敵意がないことを示したいんだと思う」

「なるほど……」

「幸い、〈誰にも知らせるな〉とは書いてない。俺とヤーエルヘルが同室なことはわかってるだろうし、情報を全員で共有するのは問題ないはずだ。二人と合流しよう」

「はい!」

 自室を出て、隣室の扉をノックする。

 すこしのタイムラグがあって、ヘレジナの声が返ってきた。

「──誰だ」

「俺とヤーエルヘルだ。ちょいと厄介なことになってな。入っていいか?」

「ああ、構わん。今鍵を開ける」

 カチリと音がして、内側から鍵が開く。

「どうした、厄介事とは」

「な、なな、何かあった……?」

 二人の部屋に入り、ヘレジナに手紙を渡す。

 プルがそれを覗き込み、目をまるくした。

「で、で、デイコス!」

「ルアン=デイコスの関係者か」

「まさか、逆恨みじゃないよな。あれ自滅だったし……」

 ルアンは、御前試合で魔術を使用し、偽りの奴隷であることを自ら証明したため、弓軍兵士に矢で射抜かれて絶命した。

 誘導したのは俺だが、自業自得の範疇ではあるだろう。

「わからん。恨みとは理不尽なものもあるゆえな」

「……お、お風呂、入れると思った、……のに」

「プルさま、こればかりは仕方がありません。今日も湯で拭うだけにしましょう」

「うう……」

 プルが、自分の腕を鼻先に当てる。

「……か、かたな。わたし、くさく……ない?」

「え」

 嗅げと?

「──…………」

 ヘレジナが腕を組み、俺を睨みつけている。

 怖いんですけど。

「えー、……と。その。プル、こっちおいで」

「ん」

 プルの肩に手を置き、軽く匂う。

 甘い、プルの香り。

 女性陣は、一日に二度、湯で体を拭っているし、洗髪も決して欠かすことはない。

 元より清潔なのだ。

「うん、臭くない。いい匂いだぞ」

「ふ、……ふへ、へ」

 プルが安心したように微笑む。

 対して、ヘレジナは蔑むように吐き捨てた。

「……変態め」

「待て! 正解がわかんねえよ!」

「正解など知るか!」

 ヤーエルヘルが、恐る恐る口を開く。

「そのう。今は、デイコスの件について相談しませんか……?」

「そう、そうだよ!」

 マジでそうだよ。

 今の一幕はなんだったんだ。

「ああ。ひとまず手紙に応じ、対応は柔軟に。旅人狩りのときの二の舞にはならぬよう、鼻と口を押さえる布は各自持っておけ」

「……わかった」

「夜闇に紛れて血操術を使われたら困りましし、あちしとプルさんは灯術で周囲を照らしましょう」

「う、うん!」

 愛用の懐中時計を開き、時刻を確認する。

「日付が変わるまで、あと四時間。この部屋で順番に仮眠だな」

「それがよい。場合によっては夜を徹して移動しなければならん。まず、カタナとヤーエルヘルが二時間寝るといい。私とプルさまは、異常がないか警戒しておく」

「わかった」

「わかりました!」

 プルが眠るはずだったベッドに潜り込み、仮眠を取る。

 面倒なことになったものだ。

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