4/最上拝謁の間 -3 行き止まり
【青】再び始める
【黒】終わる
失われた感覚を寄せ集め、
俺は、
全身全霊を込めて目蓋を開いた。
「──あァ、あああ……、あああああ……」
ネルの嗚咽が聞こえる。
「奇跡級上位の肉体。そこに朕の体操術が加われば、古今無双である。カタナ=ウドウ。朕は其方の体が欲しかった。上手く巡らぬものだ」
俺は、すべてを理解する。
すぐに、すべてを忘れ去ることも。
[羅針盤]は、予知能力なんかじゃない。
一度選んだ道なのだ。
選んだ先の未来でバッドエンドを迎え、どこかの時点へ巻き戻る。
そして、また、同じ場面に遭遇したとき、過去の記録を参照して、その先で何が起こるかを選択肢として表示する。
[羅針盤]は、失われたわけではなかった。
俺が死ななくなっただけなのだ。
真実を忘れていく。
両手ですくった砂のように、記憶からこぼれ落ちていく。
残ったのは──
【黒】燕双閃・自在の型を使用する
「──は?」
世界から色が失われ、眼前に選択肢が現れる。
黒枠、それ一つのみが。
一つって、どういうことだ。
燕双閃・自在の型を使えば、死ぬ。
それはわかる。
だが、使用しないという選択もあるはずだ。
[羅針盤]がバグってるのか?
ひとまず、そのまま様子を見る。
世界はそのまま色づき始め──
「しかし、人ならぬ身か。カタナ=ウドウ、其方は何者であるか」
「──…………」
ラライエの隙を窺う。
音速の拳を持つ相手だ。
仕掛けた瞬間、返り討ちに遭うのだろう。
黒枠の選択肢がそれを証明している。
「……俺は、別の世界からやってきた。サザスラーヤの血を引いていないのは、そのためだと思う」
「別の、世界」
ラライエが愉快そうに笑みをこぼす。
「そうか、そうか。タナエルの者か」
「タナエルの、者?」
エル=タナエルのことだろうか。
「タナエルの者が現れるのは、千年ぶりのことである。なれば、サザスラーヤの血を受け継いでいないのも道理よ」
「千年前にも、その──タナエルの者って人が、サンストプラを訪れたのか?」
「カガヨウ=エル=ハラドナ」
「ハラドナ……?」
「パレ・ハラドナの祖、カガヨウ=エル=ハラドナ。彼の女王はタナエルの者であった」
パレ・ハラドナと言えば、プルの祖国だ。
プルの先祖は、俺と同じ異世界人だったのか。
「──すこし、腹が空いた」
ラライエが、こちらに背を向ける。
そして、サザスラーヤの腕を振り仰いだ。
隙だ。
もうすこし話を聞いてみたかった気もするが──
俺は、神眼を発動すると、ラライエの背中に斬り掛かった。
その瞬間、
「──ぐ、ぼ……」
俺は、ラライエの手刀により、喉を深く寸断されていた。
「しまった。反射的に殺してしまったではないか」
──ごめん、みんな。
鵜堂形無の旅路は、ここで終わる。
繰り返す。
繰り返す。
繰り返す。
仕掛けては殺され、また繰り返す。
幾度も、
幾度も、
幾度も──
理解する。
俺では、ラライエは殺せない。
だが、その確信すらも、砂のようにこぼれ落ちて──
「──すこし、腹が空いた」
ラライエが、こちらに背を向ける。
そして、サザスラーヤの腕を振り仰いだ。
【黒】今、仕掛ける
【白】様子を見る
仕掛ければ返り討ちに遭う。
好む好まざるとに関わらず、[羅針盤]は危機察知能力として非常に優秀だ。
今だけは、エル=タナエルに感謝する。
「祖、ということは、カガヨウは元の世界へ帰らなかったのか」
「ほう。其方は帰りたいと申すか」
「……そのつもりだ」
ラライエが、サザスラーヤの腕を掴む。
すがるように首吊り縄を掴むその腕を、その切断部を、口へと運ぶ。
──ぴちゃ、ぺちゃ。
「──…………」
食っている。
陪神を、食っている。
【黒】今、仕掛ける
【白】様子を見る
口元を真紅に染めながら、ラライエが美味そうにサザスラーヤを食べ続ける。
手の甲でサザスラーヤの血潮を乱雑に拭い、それが頬へと伸びた。
醜悪だった。
「のう、カタナ=ウドウ。其方も食わぬか。神となれるぞ」
「──…………」
【赤】食べる
【白】食べない
食べても、即死はしない。
だが、陪神など口にして、何が起こるか想像がつかない。
「……食べない。神になんて、なりたくはない」
「そうか、そうか」
「あんたは、サザスラーヤの死体を食べて生き長らえているのか」
「……死体?」
ラライエが、片眉を上げる。
「サザスラーヤは存命である」
「……腕しかないだろ」
「腕しかなくとも、生きておる。か弱き人の身ではない。陪神ぞ」
首筋を撫で、ラライエが口角を上げる。
「朕が、首しかなくとも生を謳歌するように、サザスラーヤもまた再生しようとしおる。故に、こうして食わねばならぬ」
「──…………」
「生き血と生肉しか受け付けぬ体になってしまったが」
ラライエが、ネルに視線を向ける。
その目が、
ひどく、
おぞましい。
【赤】ネルを助け起こす
【白】様子を見る
わかっている。
白を選ぶべきだと、わかっている。
あえて赤の選択肢を選んだとして、それが自由な選択と言えるだろうか。
だが、それでも。
俺は、ネルを危険に晒したくはなかった。
「ネル……」
俺は、ネルの傍に膝をつき、助け起こそうとした。
「……カタ、ナ……」
涙で腫れぼったくなった目が、俺を見上げる。
「──不敬である」
ラライエが、両目を見開いた。
「朕は、久方振りの対話を楽しんでおる。神から目を背けるとは、不遜である」
ラライエの姿が掻き消え、
「あ──」
俺は、バランスを崩した。
ネルの隣に倒れ込む。
「──が、あァ……! ああああああ……ッ!」
激痛。
激痛。
激痛。
何かが失われた喪失感に、右足を確認する。
膝から下が、なくなっていた。
「おお、そうか。平伏する気になったか」
俺の右足を手にしたラライエが、その切断部を噛み千切る。
しばし咀嚼し、
「──不味い。タナエルの者は、不味いのだな」
俺の肉を、床に吐き捨てた。
「……ぐッ、うゥ……!」
あまりの痛みで、言葉が出ない。
「乞え」
ラライエが、俺の眼前に立つ。
「乞えば、癒してやろう」
【青】乞う
【黒】乞わない
まただ。
俺は、青の選択肢に操られている。
乞わねば死ぬ、だから乞う。
何が選択だ。
選択肢なんて、あってないようなものじゃないか。
「──な……」
俺は、痛みと悔しさに涙を滲ませながら、言った。
「……な、おして、ぐッ……! だ、ざい……」
「そうか、そうか」
ラライエが、平伏した俺の右足に、切断部位を押し付ける。
「すぐに治してやろう」
ぐり、ぐり、と。
傷口に、俺の足がねじ込まれる。
「あギッ……! あが、ぐ、……ああッ!」
「すうぐに、治してやろうなあ。はは、ははははは」
ラライエは、しばし俺をいたぶったあと、
「ほうれ」
陪神級と目される治癒術で、引き千切られた俺の足を接合した。
痛みが消える。
だが、その残響と恐怖だけは残り続ける。
【黒】折れた神剣でラライエを斬り上げる
【白】様子を見る
隙がないのではない。
隙だらけだ。
だが、どのような状況からでも、ラライエは俺を即死させられる。
対処法は、わかっている。
ラライエを殺す方法に目処はついている。
ただ、俺には不可能なのだ。
神眼ですら捉えきれない神速に対し、俺は無力だ。
相性が悪すぎる。
「──さて、カタナ=ウドウよ」
ラライエが問いかける。
「家族とは、共にあるべきと思わぬか」
「……?」
意味がわからなかった。
「ルニード=ラライエの肉体は限界である。御前試合をやり直すためには、もう一つくらい心臓があってもよい」
「まさか──」
ラライエが、ネルの前に立つ。
【黒】ネルを助ける
【白】様子を見る
「短いあいだとは言え」
【黒】ネルを助ける
【白】様子を見る
「家族水入らずで過ごすのも」
【黒】ネルを助ける
【白】様子を見る
「よいとは思わぬか」
【黒】ネルを助ける
【白】様子を見る
「カタ……、ナ……」
ネルが、必死に、俺を見る。
そして、言った。
「……助け……、ない、……で……」
──なあ、プル。
お前は、ここでネルを見捨てた俺を、カッコいいと思ってくれるかな。
「──…………」
俺は、ゆらりと立ち上がった。
俺を助けようとするネルを、俺は助ける。
たとえ、その未来が、黒の選択肢の向こう側にあったとしても。
「ほう」
ラライエが、片眉を上げる。
「どうするつもりかな」
世界から色が失われる。
選択肢が、目の前に表示される。
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
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【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける 【黒】ネルを助ける
わかっていた。
俺は死ぬだろう。
だが、無数の黒枠の選択肢の中に、
【青】ネルを見捨てる
たった一つだけ、青い選択肢が混ざっていることに気が付いた。
青枠。
青枠だ。
見捨てる?
冗談じゃない。
だが──
青枠は、事態の好転を意味する。
俺が見捨てる選択肢を選ぶことで、この状況を打破できるのか?
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