3/ラーイウラ王城 -24 決勝戦(下) 灰燼拳
ジグが、人体の限界を遥かに超える速度で、俺の元へと肉薄する。
俺の体勢を崩し、そこに拳を叩き込む。
俺の視界を塞ぎ、そこに蹴りを叩き込む。
フェイントを駆使し、致命的な一打を叩き込む。
理で以て放たれた連撃。
四刀流より避け得ぬそれらを、紙一重で躱し続ける。
俺は、いつしか強くなっていた。
一瞬の隙を見計らい、床に足を滑らせるようにして後退する。
薄刃の長剣を正眼に構え、上段から振り下ろす。
燕双閃・自在の型。
その瞬間、ジグが大きく飛び退いた。
「それは、もう見た」
やはり見抜いてくるか。
燕双閃・自在の型は、二撃目の刃が届かないほど大きく距離を置かれれば、無力だ。
「そうやって、生ぬるい攻めしかしないつもりか。オレが力尽きるのを待つつもりか」
「──…………」
「ならば、オレも全力で行く」
ジグが、高らかに宣言する。
「──国王! オレは、この御前試合を放棄する!」
「なッ!」
慌てたのは、ダアドだ。
ダアドがジグの元へ駆け寄り、その爪先を踏みつける。
「何を言ってやがる! 訂正しろ! 今のは冗談ですと──」
ジグが、ダアドの顔面を殴り飛ばす。
「ぶべらッ!」
「ここから先は、私闘だ。魔術を使っても文句は言わせない」
十指のうち二本が明後日の方向に折れ曲がったジグの拳が、重い音を立てて打ち鳴らされる。
「──灰燼拳」
そう呟いた瞬間、ジグの拳が白い光を放った。
拳から立ちのぼり揺らめく白い炎が、ジグの肉体を焼き焦がしていく。
「灰燼、術……?」
ヘレジナから聞いたことがある。
白い炎ですべてを焼き払う高等魔術。
灰燼術の前では、鉄すら塵と化す。
「やめろ、ジグ! そんな炎を拳に纏わせたら──」
「甘ったれたこと言ってんじゃねえッ!」
真白き焔と共に、ジグが突進する。
その拳が掠めた瞬間、上着が燃え上がった。
「つ──」
「守るんだろうが! お前が死んだら、誰があいつらを守る! 生き抜け! 何を賭しても、何を壊しても、何を殺しても、生き抜けッ!」
拳の体裁を整える必要すらない、触れただけですべてを蒸発させるジグの手が、薄刃の長剣の刀身を掴んだ。
極限まで熱した中華鍋に大量の水を流し込んだような音が響き、刀身が永遠に失われる。
ジグの拳を避けるたび、皮膚が焼け焦げていく。
痛い。
痛い。
痛い。
だけど、
ジグは、もっと痛い。
ジグは、もっと熱い。
嗚呼、どうしてこの人は──
こんなにも、俺のことを気に掛けてくれるのだろう。
自分の命を、賭してまで。
「──…………」
わかったよ、ジグ。
俺も、持ち得るすべての手段で以て、あなたを打ち倒すよ。
「──プルッ!」
「は、はい!」
プルが、神剣をこちらへ投擲する。
以心伝心。
投げて寄越す準備を、既にしてくれていたらしい。
俺は、ジグの拳に頬を灼かれながら、神剣を掴んだ。
全身を大きく捻りながら、折れた神剣でジグの顎を斬り上げる。
ジグが、その一撃を、両の拳で挟んで止めた。
その瞬間、神剣が、白い炎を纏う。
「それ、は──」
「神剣アンダライヴ。見せたこと、なかったっけな」
白き炎を刀身と成した神剣を構える。
「次で終わりだ、ジグ=インヤトヮ。俺は、あんたを殺さない」
ジグが、鼻で笑う。
「やってみろ」
一歩、
二歩、
三歩──
燕双閃・自在の型。
白き神剣を振り下ろす。
ジグが、大きく飛び退いた。
俺は、神剣の先を、その勢いで背後へと向ける。
神剣の火勢は、俺の意のままに操れる。
白き神剣が燃え上がる。
灰燼術──6,000度の業火が爆裂し、俺の体を、前へ、前へと押し出した。
飛び退くジグの速度を超えて肉薄した俺は、
その右腕を、根元から寸断した。
「が……ッ!」
宙を舞う右腕が床に落ちるのと同時に、
ジグ=インヤトヮはその場に倒れ伏した。
──沈黙。
誰しもが、呼吸を止めていた。
「──……ッ、はあ……ッ、は……」
痛みも、苦しみも、何もかもこらえて頭を下げる。
「──ありがとう、ございましたッ!」
勝った。
実感が、どこか遠い。
俺は、そのまま、うつ伏せに倒れた。
Ⅲ度の熱傷をあちこちに受けた全身が、熱く火照っている。
大理石の床の冷たさが、肌に心地良かった。
皆が駆け寄ってくる気配がする。
すこしくらいは、余韻に浸ってもいいだろう。
なあ、ジグ。
俺、頑張ったよな。
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