3/ラーイウラ王城 -15 準決勝(下) 人を殺すということ
ラングマイアが即答する。
「嫌です。オレは、エリエと共に、トートアネマへ帰る」
「死ぬぞ」
「殺したいなら、そうしてください。オレは止まらない」
そう言って、大太刀を振るう。
どうしたら、この男から降参を引き出せるだろう。
「──…………」
数瞬思考し、俺は、振り下ろされる大太刀の鍔際に一撃を叩き込んだ。
大太刀の刀身が根元から寸断され、宙を舞う。
これで、武器はなくなった。
くるくると回転した刀身が、甲高い金属音と共に大理石の床へと叩き付けられる。
「降参しろ」
「……あなたは、優しい人だ。でも、言ったでしょう。オレを止められるのは、死だけだと」
ラングマイアは──
「ッ……!」
ラングマイアは、柄を捨て、刃の立っている刀身を拾い上げた。
柄と変わらぬ握力で、握り込む。
刃が指に深々と食い込み、血液が垂れ落ちる。
「──馬鹿野郎」
ふらふらと立つラングマイアに迫り、回避行動を先回りして右の手首を半ばほど寸断する。
返す刀で、左手首の腱も断つ。
ラングマイアが、大太刀の刀身を取り落とした。
「お前は、俺に勝てない。頼むから降参してくれ」
「……オレ、は、……づッ。こう、戦うしか、ない……んッ! です、よ……。絶対、……に、勝てない、から。……良心に、訴え、る……、しか」
「……駄目だ。お前に未来はない。俺が譲っても、ジグに殺される」
「……でしょう、ね」
ラングマイアが、目を伏せて微笑む。
「──さ、どう、……し、ぐッ……! ま、しょうか……。気付け、飲ん──飲んでる、んで……! 気絶……、も、しませんよ」
「──…………」
痛みに朦朧とするラングマイアの背後に回り込み、両足のアキレス腱を切断する。
ラングマイアが、その場に倒れ伏した。
「──ラングマイア=ストゥルムは戦闘不能だ! 試合の終了を進言する!」
ラライエ四十二世が、側近に耳打ちする。
「最も賢き王は、仰った。試合の終了条件は、対戦者の死亡及び気絶による戦闘行為の継続不能、あるいは対戦者による降参の宣言、そして規則に反する行為により失格となった場合のみである。ラングマイア=ストゥルムは、以上の条件を満たしていない。よって、御前試合は続行される」
「くそッ!」
なんて融通の利かない!
「……本当に──」
殺すしか、ないのか。
俺はラングマイアを見つめた。
殺せばいい。
これは、殺し合いだ。
何故殺さない。
目の前の男の命より、大切なものがあるはずだ。
ここで俺が勝ちを譲ったとして、ラングマイアはどうなる。
ジグに殴り殺されて終わりだ。
いずれにしても死ぬのなら、自分で引導を渡すべきだろう。
既にこの手は血に塗れている。
十七人を殺した。
あと一人殺したところで、何も変わりはしないじゃないか。
俺は──
「──…………」
俺は、薄刃の長剣を振り上げた。
狙いは心臓だ。
一撃で、確実に死ぬ。
確実に殺す。
俺は、長剣を振り下ろそうと──
「──っ」
ラングマイアの背中と長剣の狭間に、白いものが割り込んだ。
それは、先程ラングマイアと抱擁を交わしていた奴隷の女性だった。
「……エリ、エ……。どう、して……」
「マイアが、死ぬと思ったから……」
「……意味が、ない。君を、解き放ち、た……ッ、かった、のに……」
「──…………」
俺は、長剣を鞘に収めた。
「……自分だけで何もかも背負うのは、傲慢だ。相手も自分を同じくらい想ってくれているんなら、自分を傷つけることは、相手を傷つけることと同じだから」
「……嗚、呼……」
ラングマイアから視線を外し、ラライエ四十二世を睨みつける。
「尊き王よ。これは、ルール違反だ」
ラライエ四十二世が、側近に耳打ちをする。
「──ラングマイア=ストゥルム。主人を同じくする奴隷による介入行為のため、失格とする。勝者、カタナ=ウドウ!」
一つ、溜め息をつく。
勝った。
だが──
「……何が、俺は迷わない、だ」
俺は、甘い。
そのことを自覚する。
最初の時点で、ラングマイアを殺すべきだったのだ。
そうすれば、余計なことを考えずに済んだ。
簡単に、勝てた。
「──…………」
でも、果たしてそれは正しいのだろうか。
相手の事情を斟酌せず、自分の都合を押し通すことは、間違ってはいないのだろうか。
わからない。
俺には、わからないよ。
ラングマイアが治癒術士による治療を受けるのを横目に、俺は王の御前を後にした。
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