3/ラーイウラ王城 -14 準決勝(上) 本物の奴隷

「──勝者、ジグ=インヤトヮ!」


 ジグが決勝へ進むのを見届け、立ち上がる。

「ジグへ至るまで、残るは一人。相手は──」

 ヘレジナが、第九組の待機場所へと視線を送る。

「ラングマイア=ストゥルム。恐らく、カタナを抜いて唯一の〈本物の奴隷〉だ」

 視線の先にいたのは、長大な鞘を手にした痩身の男性だった。

 彼もまた、こちらを見ている。

「……すべての試合で苦戦してるからな。体操術が使えるのなら、絶対に使う。そんな場面も何度もあったのに」

「戦い方も、こなれている。体操術を持たぬ速度に慣れているように見える。恐らく、かなり長いあいだ奴隷として使役されているのだろう」

「そうか……」

「だが、所詮は奇跡級下位止まり。今のカタナであれば、仮に油断したところで負けることはない。むろん、油断しろと言っているわけではないぞ。気負う相手ではないというだけだ」

「ひとまず安心でしね」

「よ、よかった……」

 ヤーエルヘルとプルが、ほっと息を吐く。

「そーかな。カタナは、あーゆー手合いがいちばん苦手そうだけど」

「あーゆー、って?」

「なんて言うのかな……」

 上手く言葉にできないのか、ネルが困ったように答えた。

「正しく、頑張ってる人?」

「──…………」

 奴隷として真っ当に本戦へと歩を進めたのは、俺とラングマイアだけだ。

 その点において、ある種の尊敬の念を感じてはいる。

 だからこそ、本気でかからねばならない。

 負けられないのはこちらも同じなのだ。

「大丈夫だ。俺は迷わないよ。優先順位は、間違えない」

「そっか」

 ネルが、安心したように微笑む。

「なら、頑張ってきなさい。美女四人が待ってますぜ」

「美女だなんて、困りまし……」

 ヤーエルヘルがくねくねする。

「ヤーエルヘルとプルは年齢的に美少女だけど、あたしが自分のこと美少女って言ったら痛々しいからねー」

「美は揺るがないのだな」

「当然」

 すごい自信だった。

 事実に基づくものだから、異論はない。


「──これより、準決勝第二試合を執り行う。アイフーシンの領主カダロナ=エル=ラライエの奴隷、ラングマイア=ストゥルム。並びに、リィンヤンの領主ネル=エル=ラライエの奴隷、カタナ=ウドウ。前へ!」


 頬を張り、気合いを入れる。

「勝ってくるよ」

「が、がが、がんばって、かたな」

「頑張ってくだし!」

「凪のように、当たり前に勝利するのだぞ」

「しないと思うけど、油断はだめよ。絶対なんてないんだから」

 皆の期待を背に受けながら、御前へと足を向ける。

 ラングマイアは、奴隷の首輪を嵌めた女性を一度だけ抱き締めると、こちらへと歩を進めた。

 俺の知らない物語が、そこにあるのだろう。

「──…………」

 ラングマイアと向かい合う。

「……初めて、ですね。こうして本物の奴隷と当たるのは」

「予選ではいたかもな。そのときは意識してなかったけど」

「オレのときは、全員が体操術を、あるいはそれ以上の魔術を使ってきました。混戦だからバレにくいみたいで。だから、本戦でウドウさんを見たとき、驚きました。同時に、すごいと思いました。これは、勝てないなと」

「──…………」

「勝負を諦めているわけじゃない。逆です。オレは、決して諦めない。オレを止めるのは、死、のみだ。それだけ伝えたかった」

「……そうか」

 ラングマイアが、長大な鞘から剣を抜く。

 それは、片刃の、太刀によく似た長剣だった。

 身の丈にすら届きそうな大太刀を、ラングマイアが構える。

「──行きます。この首輪を外すのは、オレと、エリエだ」

 薄刃の長剣を抜き放ち、正眼に構える。


「準決勝第二試合、──始め!」


 神眼を発動する。

 ラングマイアが、大太刀を握った右腕を引き絞り、そのまま突きを放つ。

 その動きは洗練されており、無駄がない。

 人という種の限界に挑むような気迫と精度。

 だが、俺がその突きに抱いたのは、〈よくここまで勝ち残れたな〉という、ある種不遜とも言える感想だった。

 ラングマイアは、確かに強い。

 だが、それはあくまで、常識の範疇においてだ。

 体操術なしで奇跡級下位の先へ行くためには、どこかで常人という殻を捨て去る必要がある。

 そこから先は、天賦の才の問題だ。

 俺に、神眼があるように。

 ラングマイアの突きを悠々と避け、背後へと回り込む。

 武器も、選択の時点で間違っている。

 速度で劣るのに、大振りしかできない大太刀を選ぶのは、愚策だ。

 ラングマイアが、上体を捻りながら、こちらへ振り返ろうとする。

 まずは一撃。

 自分の体勢から繰り出せる最も深い斬撃を、ラングマイアの背に浴びせる。

 痛みに顔を歪ませながら、ラングマイアが大太刀と腕とで半径二メートルの範囲を薙ぎ払った。

 だが、来ることがわかっていれば回避は容易だ。

 俺はその場に屈み込むと、大太刀が頭上を掠めるのを確認し、ラングマイアの右腿から左肩までを逆袈裟に斬り上げた。

 怯んだラングマイアが、大きく距離を取る。

 俺は、あえて追わなかった。

 実力差は明白だ。

「……強い」

 斬られた箇所から溢れる血を手で抑えながら、ラングマイアが痛みに息を乱す。

「羨ましい、……です。才能のある人、間に……、努力されたら、もう、オレたちはどうしようもない……」

「──…………」

 見ていられなかった。

 だから、俺は、その言葉を口にしてしまった。

 この人を、殺したくない。

 そう思ってしまったから。

「……降参しろ、ラングマイア」

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