3/ラーイウラ王城 -13 二回戦(下) 血操術
「──これより、二回戦第四試合を執り行う。リィンヤンの領主ネル=エル=ラライエの奴隷、カタナ=ウドウ。並びに、カルナガロアの第二位貴族ナクター=エル=ラライエの奴隷、ルアン=デイコス。前へ!」
名を呼ばれ、立ち上がる。
「行ってくる」
「ヴェゼルの情報は有益だった。やつの血液には、十二分に気を付けろ。振る舞いとしては奇跡級下位だが、どう出てくるかわからん」
「カタナさん、怪我しないでくだし……」
「む、……無理は、しないでね。おねがい」
「──…………」
ネルが、意志を湛えた目で俺を見る。
「……さっきは、ごめん。今度こそ、怪我したらまかせて。すぐに治してあげる」
「ああ」
皆に背を向け、ラライエ四十二世の御前へと歩いていく。
御前には、既に、一人の青年の姿があった。
眼帯をした金髪の青年は、覗いている方の目で俺の一挙手一投足を油断なく観察している。
その腕には、包帯が巻かれていた。
「強いね、君」
「──…………」
「でもね、僕も負けるわけには行かなくてさ」
そう言って、包帯を外す。
そこにあったのは、無数の傷口。
主に刃物で作られた、痛々しい創傷だった。
「耳がよくてね。全部、聞こえていた。あとで、全員殺さないとね」
「……殺す?」
「うん。いちおうね、秘伝だから」
「やめてくれ、と言ったら?」
「やめると思う?」
「……思わないな」
薄刃の長剣を抜き、正眼に構える。
俺の様子を見て、ルアンも短刀を逆手に構えた。
「二回戦第四試合、──始め!」
神眼を発動する。
ルアンは動かない。
二歩を踏み込み、浅く薙ぐ。
警戒してか、ルアンが大きく飛び退いた。
「──燕双閃・自在の型、だっけ。どんな技なのかな」
どこかで俺たちの会話を聞いていたらしい。
「一撃必殺だったりするのかな。怖いな。神眼って、ハィネスの神眼のことだよね。まさかと思ったけど、前の試合で、すごく目がよかったからさ。本当なんだね。でも、あれってたぶん──」
ルアンが、構えを解く。
「こうして待たれるのに弱いんじゃないかな」
「暗殺者って、よく喋るんだな」
「こんなもんだよ」
図星を突かれた。
神眼は、待ちに弱い。
神眼を発動し続けると、脳に負荷がかかるからだ。
ならば──
「──ふッ!」
俺は、ルアンに向けて、深く深く踏み込んだ。
最善手でなくとも、こちらから攻めるしかない。
腿を狙った一撃を、ルアンがバック宙で鮮やかに避ける。
二撃、
三撃、
四撃──
まるで軽業師のように、大きく距離を取って避けていく。
幾度目かの回避の際に、
「──っ、と」
血に足を滑らせたか、ルアンが僅かに体勢を崩した。
わかってる。
乗ってやるよ。
俺は、体勢を崩したルアンの腹部を、皮一枚だけ薙いだ。
血管まで到達しないほど、浅く、浅く。
だが──
「──…………」
ルアンの口角が吊り上がる。
衣服の裂けた腹部から、鮮血が溢れ出す。
ルアンの手口は見当がついていた。
相手の攻撃をわざと受け、元よりある傷口から自在に血液を噴出させる。
相手に付着した血液を血操術によって針に変え、怯んだ隙に致命の一撃を放つ。
バレないはずだ。
こんなもの、事前に情報を聞いていなければ見抜けるはずがない。
だが、対処法はある。
鞘を捨てずに正解だ。
俺は、左手で鞘をベルトから抜くと、噴き出した鮮血の一滴一滴をすべて打ち払った。
「な──」
ルアンの表情が、初めて歪む。
それは、明確な隙だ。
腹部のまったく同じ場所を、再び薙ぐ。
今度は、深く。
傷を与えれば与えるほど、ルアンは攻撃手段が増える。
現状、露出しているのは、腕と、腹部の裂け目。
あちこち斬って増やすわけにはいかない。
「──……ッ!」
腹部から、腕から、血液が針のように鋭く射出される。
なるほど、付着前から状態変化は可能なのか。
だが、同じことだ。
左手の鞘で、すべて叩き落とす。
三度、腹を薙ごうとして──
「Ahhhhhhhhhhhhhhh!」
ルアンが、言葉にならない叫びと共に、右目の眼帯を引き剥がした。
右目から放たれたのは、槍。
水晶体と血液の入り混じった、超高速の槍だった。
「く……ッ」
上半身を捻り、なんとか避ける。
そして、大きく距離を取った。
「──はッ、はあ……! はあ……ッ! ぼ、……僕に、奥の手を、使わせたな」
「──…………」
「見られて、さ、さらには、避けられたからには、確実に息の根──」
「──その名を口にすることすら憚られる尊き王よ」
「は……?」
ルアンが、目を見開く。
「主人は罰金刑で」
「──あっ」
次の瞬間、ルアンの全身に無数の矢が突き立った。
「──勝者であるカタナ=ウドウに免じ、ナクター=エル=ラライエを減免とする。罰金一万アルダンを国庫に納めることで罪を贖え。慈悲深き我らが王に感謝せよ」
アーラーヤのような化け物は、そういない。
俺は、ルアンが絶命するのを見届けると、皆の元へときびすを返した。
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