3/ラーイウラ王城 -6 第十四組の勝者
「か、……かたなっ!」
「カタナさん!」
皆の元へ戻ると、プルとヤーエルヘルが駆け寄ってきた。
「よ、よ、よかったー……」
プルの肩が震えている。
堂々と送り出してくれはしたが、やはり心配だったのだろう。
「ただいま。ざっとこんなもんよ」
「九十七点、というところか。褒めてやろう」
「あー、やっぱ減点入るか」
減点の心当たりは痛いほどある。
「メイス女への一撃が浅かったこと。そして、最後に降参を認めようとして不意を打たれたところだな。油断──というほどではないが、カタナは肝心なところでお人好しな部分が顔を出す。気を付けねばな」
「……そうだな」
俺自身の性格と言うより、日本という平和な国で生まれ育ったがゆえの甘さだろう。
相手が女性だからと全力で打ち込むのを躊躇したし、降参の言葉を聞いてすぐに気を抜いた。
御前試合という場においては、もっと非情に徹するべきだ。
「──そうだ、ネル。リボンありがとうな。今返すわ」
左腕に巻かれたリボンを解こうとして、ネルが俺の手に触れた。
「それはカタナが持ってて。返すのは、全部終わってから。前の御前試合で優勝したパパに買ってもらった縁起物だよー?」
「……そっか」
ネルの、大切なものなのか。
リボンの巻かれた左腕で、拳を握り締める。
勝って、返そう。
胸を張って。
「なら、さらに縁起物にしてやるよ。優勝二回で御利益も倍だ」
「言うねー」
ネルが、楽しげに笑う。
「負けたときの予防線なんて張っても仕方ないからな。絶対勝つ。気持ちで負けてたら、勝てるもんも勝てなくなる」
プルが顔を上げ、俺を見つめた。
「か、……かたななら、きっとできる、よ!」
「おう!」
「ふへ、へ……」
そのときだった。
「──ふうん。予選を勝ち残ったくらいで喜んでるんだ。滑稽だね」
俺の背後で、甲高い声がした。
振り返る。
そこにいたのは、ネルとの血縁を感じさせる顔立ちの整った少女だった。
年の頃で言えば、ヤーエルヘルと同じくらいだろうか。
多くの従者と奴隷を引き連れた少女が、不敵に笑みを浮かべる。
「……ネルの知り合いか?」
「いえ、知らない子。ラーイウラの貴族は、ただでさえ数が多いから」
「ふん」
少女が、不愉快そうに鼻を鳴らす。
「ボクは、ロウ・ララクタの領主ジゼル=エル=ラライエの七女、ヴェゼル=エル=ラライエ。当然、ロウ・ララクタは知っているよね」
当然、知らない。
知らないが、口を挟む場面でないことはわかる。
「……ラーイウラで最も栄えた都よ。なにせ、王都がこんなんだから」
俺たちの様子を察したのか、ネルが注釈を入れてくれた。
「本来であればボクの威光にひれ伏すべきだけど、今だけは許してあげる。感謝にむせび泣いてもいいんだよ」
「……あー」
戸惑いつつ、尋ねる。
「ほんで、そのヴェゼル様が何用で?」
「カタナ=ウドウ。君に勧告しようと思ってね」
「はあ」
「ま、見てなよ」
ヴェゼルが、顎で闘技場を示す。
試合開始の銅鑼が打ち鳴らされるところだった。
第十四組。
恐らく、俺と当たる相手が決まる試合だ。
「──…………」
一人の男性が目につく。
トン、トン。
足首の具合を確かめるように軽く跳んだ男性の姿が、一瞬、掻き消えたように見えた。
「!」
神眼を発動する。
速い。
速度だけで言えば、ルインライン級。
ヘレジナと同じかそれ以上の体操術の使い手だ。
男性が傍を通り過ぎるたび、奴隷が血飛沫を上げて倒れていく。
第十四組の試合は、ほんの二十秒足らずで片が付いた。
「──奇跡級上位、アーラーヤ=ハルクマータ。あれでも本気は出してない。わかるよね。奇跡級中位程度の実力があれば、自分と相手との力量の差くらいは」
「──…………」
「ボクとしては、降伏を勧めるけど?」
「……そいつはどうも。でも、いらんお節介だ」
「そう」
ヴェゼルは、呆れたように溜め息をこぼすと、
「最後の夜を楽しみなさい」
そう言って、きびすを返した。
ヴェゼルと従者たちを見送ったあと、ヤーエルヘルが呆然と呟く。
「奇跡級、上位……」
「ふん」
ヘレジナが、眉間に皺を寄せる。
「何が上位だ、馬鹿馬鹿しい。カタナは気付いているな」
「ああ」
見ればわかる。
級位詐欺だ。
「あれは、ただ速いだけの奇跡級中位だ。特筆すべきは速度だけで、それ以外はすべて凡庸だ。強敵であることは間違いないが、倒せぬことはない」
「ただ、最悪、燕双閃を切ることになる」
「……そうだな。その点は厄介だ。このカードは、できればジグに使いたい」
試合の順序が問題だった。
一般的な奇跡級であれば、一度や二度見せたところで原理は解析できないだろう。
だが、相手がジグとなれば話は別だ。
ジグの最大の武器は、剛拳でも、剛指でも、剛脚でもなく、何もかもを見通すその眼力なのだから。
「それと、燕双閃・自在の型だぞ」
「あ、はい……」
細かい。
「か、かたなの必殺技って、そ、……そんなに、すごい、の?」
不安げなプルに、ヘレジナが答える。
「ええ。初見で対応できるのは、陪神級、あるいは本物の特位くらいのものでしょう。奇跡級上位の中でも、アイヴィルほどの実力があれば、なんとか致命傷は避け得るでしょうが」
「へえー」
ネルが、感心したように頷く。
「燕双閃・自在の型、か。物々しい名前ね」
「私が名付けたのだぞ」
「あー……」
ネルが苦笑する。
「カッコいい名前でしね!」
「そうだろう、そうだろう。ヤーエルヘルはよくわかっておるな。カタナは何故か嫌がるのだ。まったく、センスのない男め」
「いや、長いんだよ。燕双閃か自在の型、どっちかだけでいいじゃん……」
「片方だけでは、あの技を表現しきれんではないか」
そうかもしれないけども。
まあ、それはいい。
「アーラーヤについてはなんとかできるはずだ。ただ速いだけなら神眼は有利だからな」
アーラーヤにもヘレジナと同じ弱点があった。
速すぎるのだ。
速度に振り回されて、動きが非常に粗い。
恐らく、自分の動作すべてを把握しきれていないのだろう。
その点を突けば、決して勝てない相手ではない。
「──さてと。そろそろ十五組が始まりそうだな。敵は、ジグとアーラーヤだけじゃない。全員の実力を測っておかないと」
「ああ、その通りだ」
「や、ヤーエルヘル。み、耳、ふさぐ?」
「いえ、大丈夫でし。慣れてきました……」
「そ、そっか……」
人の死を見慣れるのは複雑だが、怖がり続けるよりは幾分かましだろう。
視線を闘技場へと向ける。
アーラーヤを下せば、どちらかの予選通過者と当たるだろう。
俺は、まばたきすら忘れて、試合の行く末を観察し続けた。
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