3/ペルフェン -終 ヤーエルヘルの選択 [第二章・了]

 二十人の冒険者たちをなんとか殴り倒したあと、全員に担ぎ上げられ、浴びるほどエールを飲まされた。

 このハーレム野郎、だの。

 どの子が本命だ、だの。

 うちのヤーエルヘルを泣かせたら承知しねえ、だの。

 正直、なんと答えたかは記憶にない。

「──……んが」

 気が付けば、朝。

 俺は、冒険者たちと一緒になって、酒場の床で眠っていたらしい。

「あいででで……」

 二日酔いの頭を抱えながら、なんとか身を起こす。

 プルたちが途中でヤーエルヘルの部屋へと引き上げたのは覚えている。

 だが、それ以外の記憶が曖昧だった。


 ──がたっ。


 ふとした物音に、そちらを振り返る。

「──あ、カタナさん。二日酔いはだいじょぶでしか?」

 ヤーエルヘルだった。

 冒険者たちを起こさないよう、一人静かに後片付けをしていたようだ。

「……正直、ちょい来てる。飲み過ぎたな」

 頭痛だけでなく、胸焼けもある。

 久し振りの飲酒でブレーキを踏み損なった。

「つらいなら、発つのを遅らせたほうがいいかもしれません……」

「……いんや、これだけ盛大に送別会を開かれたらな。出立しないと気まずいだろ」

 ヤーエルヘルが、くすりと微笑む。

「それはそうかもでしね」

「──…………」

 あぐらをかき、ヤーエルヘルを見つめる。

「……決まったか?」

「はい」

 ヤーエルヘルが、深く頷いた。

「あちし──あちし、考えたのでし。寝ないで、ずっと。もし、あちしの知らないところでカタナさんたちがひどい目に遭ったとしたら、絶対に後悔しまし。あちしに何ができるかはわからない。でも、ほんのすこしでもお役に立てるのなら」

 その瞳には、決意が宿っていた。

「──一緒に、行きたいでし」

「そうか」

 自分が微笑んでいるのがわかる。

「歓迎するぜ、ヤーエルヘル。一緒に行こう」

「えへへ……」

 ヤーエルヘルが、俺に右手を差し出した。

「よろしくお願いしまし!」

 その手を握り、立ち上がる。

「──…………」

 周囲を見渡す。

 冒険者たちは、全員、泥のように眠っている。

 プルとヘレジナは、ヤーエルヘルの部屋にいるだろう。

 ふと、ある衝動が湧き起こった。

「ヤーエルヘル」

「なんでしか?」

「ちょーっとだけ、獣耳触らせてくれない?」

「えっ」

「ずっと気になっててな……」

 下心などではなく、純粋な興味だ。

 そもそも、こんな子供に下心を持っていたら、ヘレジナに三枚に下ろされても文句は言えない。

「──…………」

 ヤーエルヘルが、照れたように目を伏せ、帽子を取る。

「……二人には、秘密でしよ」

「サンキュー」

 恐る恐る獣耳に触れる。

 ぴく。

 猫のような薄い耳が、可愛らしく動いた。

「おお……」

 撫で、触れ、つまむ。

「く、くすぐったいでし」

「なるほど、こういう感じなのか……」

 偽物だとは思っていなかったが、本物だと実感できると、これはこれである種の感動がある。

 しばし獣耳の感触を楽しんだあと、ヤーエルヘルに礼を告げる。

「ありがとうな。変なこと頼んで悪かった」

「……た、たまになら、いいでしよ?」

「じゃ、また頼むわ」

 触り心地良かったしな。

「えへへ……」

「んじゃ、この惨状をなんとかするか……」

「手伝ってくれるのでしか?」

「そもそも、散らかしたのは俺たちだろ。ヤーエルヘル一人にやらせるのがおかしい」

 ヤーエルヘルが、改めて帽子をかぶる。

「えへへ、ありがとうございまし。落ちてるお皿とか、拾い集めてもらえましか?」

「はいよ」

 俺たちは、死んだように眠る冒険者たちを避けながら、なんとか酒場を片付けていった。




「──……いででで」

「か、かたな。だいじょうぶ? ち、治癒術って、二日酔いには効かないから……」

「……なんで、なってない。お前は。二日酔いに」

「な、なんでだろ……」

 強い陽射しが、すこしつらい。

 だが、風は心地よかった。

「まったく、自分の強さもわきまえず馬鹿みたいに飲むからだ。これに懲りたら、ラーイウラでは節制するのだな」

「お前も飲め飲め囃し立ててたじゃん……」

 ヘレジナが目を逸らす。

「……覚えとらんな」

 覚えてるな、絶対。

 国境まで見送りに来てくれたウガルデが言う。

「うちの馬鹿どもが悪かったな、カタナの兄ちゃん。結局、たったひとりにのされてんだから、まったく情けねェやつらだぜ」

「まあ、何発かいいのはもらったけどな」

「一対二十だぞ。それっくらいはしてもらわねェと、仕事回す気もなくなるわ」

 出入国管理所の列が、徐々に短くなっていく。

 そろそろ俺たちの番だ。

「……ウガルデさん」

 ヤーエルヘルが、ウガルデの前に立つ。

「今日まで、ありがとうございました。師と別れてからずっと、あちしはひとりだと思ってた。でも、それはちがくて。ウガルデさんがずっと見守っててくれたことに、ようやく気が付いて」

「──…………」

「……ずっと、酒場のお仕事をして暮らしても、きっとよかった。カタナさんたちに一晩考えてみろって言われて、いろんな未来を考えて。でも、あちしは、やっぱりワンダラスト・テイルの一員なんでし。遺物三都を出れば、使わなくなる名前かもしれない。でも、三人と一緒に冒険して。財宝を見つけて。石竜を倒して。それが、すごくわくわくして、どきどきして、楽しかったから──」

 ヤーエルヘルが、深々と頭を下げた。

「いままで、ありがとうございました。あちしは、この道を選択します」

 ウガルデが、ヤーエルヘルの帽子に手を乗せた。

「ああ、行って来い。もし旅に疲れたら、そのときは帰って来い。お前の部屋は、いつだって空けてあるからな」

「──はい!」

 ヤーエルヘルが、満面の笑みを浮かべ、頷いた。

「別れは済んだか」

「はい。もう、大丈夫でし」

 荷物検査を通過し、国境を越えようとしたとき、ウガルデが大きく手を振った。

「それじゃあな、ワンダラスト・テイル! 楽しかったぜ!」

「──ああ!」

 ウガルデに手を振り返し、俺たちはベイアナットを──パラキストリ連邦を後にした。

 銀琴は失った。

 だが、銀琴よりも価値あるものを手に入れた。

 無意識に目で追っていると、ヤーエルヘルが俺の視線に気が付いた。

「?」

 小首をかしげる。

「どうかしましたか、カタナさん」

「……いや、なんでもないよ」

 豆醤まめひしおが香る。

 ラーイウラ王国。

 俺たちが選択した道だ。

 この先、どんな出会いが俺たちを待っているのか。


 それは、運命の女神エル=タナエルしか知り得ないことだろう。



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第二章 あとがき


第二章、いかがだったでしょうか。

第一話で冒険者となり、第二話でダンジョンを攻略し、第三話で竜を退治する。

王道ファンタジーを一つの章のギュッと詰め込んだ内容になっていたと思います。

亜人の少女ヤーエルヘルとの出会いが、これからの物語にどう影響していくのか。

形無たちの行く末を今後も見守っていただけると幸いです。


もし面白いと感じていただけたなら、一言でもいいのでレビューをいただけると、筆者の今後の糧となります。

難しいのであれば、★評価のみでも構いません。

どうぞ、よろしくお願い致します。


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