3/ペルフェン -7 送別会
「──さあさ、飲め飲め! 食え食えィ! 今日はウガルデ様一世一代のお大尽よ!」
「うおおおおおお──ッ!」
「こっち、羊肉の鉄串焼き! 十人前な!」
「死ぬほど酒持ってこいやー!」
酔漢たちが、酒に、料理に溺れていく。
「……これ、俺たちの送別会で合ってるか?」
若干、冒険者特有のノリに置いて行かれた感がある。
「ふへ、へ。も、盛り上がってるかーい……」
プルが小声で何か言っている。
放っておこう。
「店員、飲み物を頼む!」
ヘレジナが声を張り上げると、
「はい!」
反応したのはヤーエルヘルだった。
「いや、ヤーエルヘルではなく、あちらの店員に声を掛けたのだが……」
「つい反射で……」
「店員として勤めていたのだから、わからんでもないが」
「で、でも、注文くらい取りましよ。飲み物のご注文はいかがなさいましか?」
「私はエールで」
さすが二十八歳、アルコールを頼むのに躊躇がない。
「や、ヤーエルヘルの、おすすめ、……は?」
プルの質問に、ヤーエルヘルがしばし思案する。
「シリジンワインなんていかがでしょう」
「酒か……」
「じゃ、じゃあ、……それで」
「俺はいいけど、プルは駄目だろ」
「え、な、なんで?」
心底驚いた表情のプルを見て、気付く。
「……もしかして、サンストプラって、何歳未満は酒飲んだら駄目とかって常識ないのか?」
ヘレジナが答える。
「パレ・ハラドナにはあるぞ。十六歳未満は酒類を飲んではならん」
「プルは?」
「じゅ、十五歳……?」
「駄目じゃねえか」
「こ、ここ、パラキストリだし……」
「そもそもプルさまは、幼少時よりちびちびと盗み飲みしておったからな。いまさらだ」
「止めろよ……」
それでいいのか、従者。
「それに、でしね。ラーイウラ王国では、水を飲むという習慣がないそうなのでし」
「水を飲まない……?」
「はい。代わりにシリジンワインを飲むそうでしよ。シリジンの果実は糖度が低めでしから、アルコール度数の低いワインになりまし。それを水代わりに飲んでいるのだと聞きました」
「はー……」
そう言えば、古代ヨーロッパでも、ビールとワインを水代わりに飲んでいたと聞いたことがあるな。
魔術で発展した異世界と、技術で発展した現代世界。
まったく別のアプローチで発達した文明がところどころ似通っているのは興味深い。
収斂進化のようなものだろうか。
「なら、俺もそのシリジンワインってやつ頼むわ。飲み水代わりになるなら慣れておかないとな」
「わ、わたしもー……」
「了解でし」
ヤーエルヘルが、カウンターまで注文を届けに行く。
数分後、四人分のジョッキを両手で危なげなく持ちながら、ヤーエルヘルが戻ってきた。
「ヘレジナさん。これ、エールでし」
「ああ、ありがとう」
「そして、こちらがシリジンワインでしね」
俺とプルの前に、ほぼ透明な液体の入ったジョッキが置かれる。
「ヤーエルヘルのはなんだ? なんか黒いけど」
「スグリ酒でし」
「酒じゃん……」
「甘酸っぱくて美味しいでしよ。あちし、昔からスグリ酒が好きで」
「ええ……」
いいのか、それ。
「ヤーエルヘルって何歳なんだよ」
「十二でしよ?」
「……いつから飲んでるんだ」
「物心ついたときから飲んでましけど……」
「な、なかま、なかま」
「仲間でしー」
「──…………」
呑兵衛ばっかりか、このパーティ。
わかってる。
わかってるんだ。
恐らくいちばん飲まない俺が、酔っ払いを介抱する係に回されるんだ。
旅行積立金が給料から天引きされているにも関わらず自腹で行かされる社員旅行で、何度も何度も貧乏くじを引いたのだから。
「トレロ・マ・レボロは寒いので、お酒を飲んで体を温めるのでし。魔法が忌避されていて、火をつけるのも一苦労。なんらかの方法で体温を高めないと凍死しかねません」
「ああ、そういうことか」
理由があるなら納得できる。
むしろ、理由もないのに飲んでいるプルが悪い。
プルを白い目で見つめながら、シリジンワインを口に運ぶ。
「──すっぱ!」
味は悪くないのだが、レモンもかくやという酸味だ。
そのおかげで、アルコールが入っていることを忘れてしまいそうなほどだった。
「わ、お、おいしい、……かも!」
「酸味きつすぎないか?」
「わ、わたしは、このくらい、好き。ふへへ」
「まあ、嫌いではないけど……」
ちびちびとしか飲めないな、これは。
「カタナさん。お口に合わなかったのなら、スグリ酒飲んでみましか?」
ヤーエルヘルが、まだ口をつけていないジョッキを俺に手渡してくれる。
「どれ」
パッと見では黒く見えるスグリ酒だが、よく見ると濃い赤色であることがわかる。
嗅ぐと、甘い香りがした。
ひとくち飲んでみる。
「あ、これカシスに似てる……」
「カシス、でしか?」
「俺もよく知らんけど、近縁種か何かじゃないかな。思ったより甘いし、美味い美味い」
もしキンキンに冷えていれば、もっと美味しかったろうに。
この世界には、火法や炎術はあっても、物を冷やす魔術が存在しないのだ。
「じゃあ、あちしはシリジンワインもらいましね」
「悪いな」
美味い酒を飲みながら、美味い料理を堪能する。
しかも、共にテーブルを囲むのは、器量も性格もすこぶる良い女の子たちだ。
ストライクゾーンからは外れているし、メルダヌアのような色気こそないものの、気分が悪いはずもない。
アルコールのおかげで軽くなった口で冗談混じりの会話を楽しんでいると、不意に底意地の悪そうな声がした。
「──よう、ワンテ。随分派手にやったそうじゃねぇか」
振り返る。
思った通り、ハイゼルだった。
「ペルフェンで数百人も雇った挙げ句、目的のやつには逃げられちまったんだって? まったく、お可哀想にな。コインの一枚でもくれてやろうか。一ラッド鉄貨でよければな」
さすが、性格が悪い。
だが、この性根の悪さも、慣れれば愛嬌に思えてきた。
「うるせー。つーか、ワンテってなんだよ。略すな略すな」
「ワンダラスト・テイルだからワンテに決まってんだろ。お前らだって銀の刃って略すんだから、お互いさまだ」
「ぬ」
これは言い返せない。
ハイゼルが、空いた席に勝手に腰掛けて言った。
「──んで、お前らこれからどうすんだ」
「ラーイウラ経由でウージスパインだかなんだか……」
アルコールのせいで頭がぼんやりして、よく思い出せない。
「そりゃ奇特なこって。お前らが痛い目見ることを遠い空の下から祈ってるぜ」
「祈るなンなこと」
プルが尋ねる。
「ぎ、銀の刃は、どうする……ん、ですか? た、たくさんお金入ったから、もう、冒険者やめるの……?」
「あー……」
ハイゼルが頬を掻く。
「……なんつーか、案外つまらねぇもんでな。一生遊んで暮らせる金が手元にあるっつーのはよ」
「ふふん。お前たちであれば、ハノンソルかどこかで豪遊するとばかり思っていたのだがな」
「でしでし」
「お、なんだヤーエルヘル。いい度胸じゃねーか」
「ごめんなし!」
「やめんか」
「へいへい」
ハイゼルが肩をすくめる。
「俺たちが遺物三都に来たのは、一攫千金のためだ。だが、いざ目標を達成しちまうと、やることがなくなっちまった。ヴィルデ以外のふたりは、さっさと別の街へ引き上げたよ。冒険者辞めて楽しく暮らすんだと」
「そのヴィルデは?」
「あそこにいるぜ」
ハイゼルが、奥のテーブルを示す。
目が合うと、ヴィルデがこちらに手を振ってくれた。
「……実を言うと、だ。お前らが遺物三都に残るってんなら、銀の刃に誘おうと思ってたんだよ。迷宮には、まだまだ財宝が眠ってる。金貨はもういらねぇが、神代の魔術具なんて見つけたら面白そうだろ」
「こっちのが人数多いんだから、逆じゃないでしか……?」
「あァん?」
「ごめんなし!」
ヤーエルヘル、ちょっと楽しそうだな。
「まあ、出て行くんなら仕方ねぇ。あのとき俺に従っとけばって後悔しろ」
思わず苦笑を漏らす。
こういうやつだよな、ハイゼルは。
「──んで、奇跡級サマよ」
「そこそこ付き合いもあんだから、いい加減名前で呼べよ……」
「知らねぇよ、お前の名前なんて。興味もねぇし」
「よくそれで仲間に誘おうとしたな」
「そもそも名乗られた記憶もねェ」
「──…………」
そうだわ。
名乗ってないわ。
「……カタナ=ウドウだ。ちゃんと覚えとけよ」
「ぷ、プルク──あ、違う。プル=ウドウ、……でっす」
「ヘレジナ=エーデルマンだ」
「ヤーエルヘル=ヤガタニでし」
「お前は知ってんだよ」
ハイゼルがヤーエルヘルの額に軽く手刀を落とす。
「た」
「ま、忘れるまでは覚えといてやる」
「光栄っすね」
「──と、話が逸れた」
ハイゼルが、片方の口角を吊り上げながら言った。
「おい、カタナ。勝負しようぜ」
「あのざまで、よく再戦願おうと思えるな……」
「今回、相手は俺だけじゃねぇ。酒場にいるやつ全員だ」
ハイゼルがそう言った瞬間、男衆が一斉にこちらを向いた。
話は既に通っているらしい。
最初に小指を折ってしまった大男もいる。
数少ない女性陣は、呆れた様子で俺たちを眺めていた。
「ウガルデ! 構わねぇだろ!」
ウガルデが答える。
「武器はなし。備品も壊さねぇ。もし壊したらハイゼル、お前が弁償だ。カタナの兄ちゃんがその条件で頷くんなら、いいぜ」
「いよし! お前ら、テーブル端に寄せんぞ!」
「よっしゃ!」
「応!」
「やってやらァ!」
酔漢たちによって、手際よくスペースが作られていく。
「か、かたな。だいじょうぶ……?」
「あー……」
やるなんて一ッ言も言ってないんだが。
まあ、いいか。
「ボコボコにされたら治癒頼む」
「せいぜいが強くて師範級中位であろう。カタナであれば問題あるまい」
「気をつけてくだし……」
「ああ」
腰を上げ、酒場の中央へと赴く。
アルコールのおかげで浮ついた気分だった。
「うッし!」
やる気を示すように、両の拳をぶつけ合わせる。
「ま、かかってこいよ。揉んでやるぜ」
──そして、大乱闘が始まった。
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