2/ハノンソル -終 再会
「──タナ……、カタナ……!」
声が聞こえる。
聞き覚えのある少女の声だ。
うっすらと目を開く。
焦点の合わない視界の中、俺の顔を覗き込む誰かの姿があった。
「……ヘレジナ?」
「ああ!」
上体を起こし、伸びをする。
「事情はすべて〈七番目〉から聞いたぞ。とんでもない活躍をしおって!」
「まあ、な……」
ずっと引っ掛かっている。
自分の実力ではないものを認められ、褒めそやされて、そうして評価が上がっていく。
正直、据わりが悪かった。
「ルインラインも一緒なのか?」
「当然だとも! 師匠は今、リビングで朝食を取っておられる。カタナも腹を満たしておけ」
「わかった」
身支度を整えて寝室を出ると、ルインラインが朝食の一品らしきパンをミルクで流し込んでいるところだった。
「──…………」
心の中でメルダヌアに感謝する。
彼女は、自らの誇りにかけて、俺との約束を果たしてくれたのだ。
「おお、カタナ殿。おはよう。高級ホテルだけあって。パン一つ取っても美味いぞ。ひとつどうかね」
「ああ、もらう」
ルインラインが投げて寄越した丸パンをキャッチし、頬張る。
バターがたっぷり使われているようで、確かに美味い。
「プルは?」
ヘレジナが答える。
「プルさまは、まだ眠っておられる。一度起こしたのだがな。旅路の疲れが一気に溢れ出たのかもしれん」
「昨夜、朝方まで起きてたからな。そのせいもあるだろ」
「それにしても──」
ミルクを飲み干したルインラインが、口元を拭いながら続ける。
「まさか、〈七番目〉を引っ張り出すとはな。さすがはカタナ殿だ」
「──…………」
「正直なところ、儂は、解放されるまで二日はかかると踏んでいた。市井に紛れて暮らす〈二番目〉と〈十一番目〉とは面識があってな。儂の名を供にして探し歩けば、向こうから接触してくると睨んでいたのだ。それが半日で済んだのだから、カタナ殿は、誰憚ることなく自分の有能さを誇るべきであろう」
丸パンの残りを口へ放り込み、咀嚼する。
ルインラインに言葉を返す気には、どうしてもなれなかった。
「……あふ」
ぼりぼりと腹を掻きながら、ナクルがベッドルームから姿を現す。
「カタナの兄ちゃん、誰か──」
ナクルの寝惚け眼が、一瞬にして見開かれる。
「も、もしかして、ルインライン=サディクル──さん、ですか……?」
「むん?」
ルインラインが、胡乱げな視線をナクルに向ける。
「なんだ坊主。パン食うか、パン」
「いや、食うけど……」
ナクルはルインラインに憧れている。
世話になったし、紹介するくらいならいいだろ。
「ルインライン。こいつはナクル。今回の功労者だ。ナクルの観察眼がなかったら、あんたらはまだ伯爵の屋敷で朝メシ食ってるとこだったろうな」
「ほう」
ルインラインが姿勢を正す。
「すまんな、ナクル殿。侮った。貴殿の言う通り、儂の名はルインライン=サディクル。パレ・ハラドナ騎士団〈不夜の盾〉の団長を務めておる」
「本物……?」
「本物だとも」
「……ほ、本物なら、証拠を見せろください!」
やたらと微笑ましい。
大人びているつもりでも、年相応の顔もできるんだな。
「ふむ、証拠とな」
しばし思案したのち、ルインラインが立ち上がる。
「どうやら、儂について、あることないこと吹き込まれている様子。逸話というのは厄介だな。儂の手を離れ、勝手に尾ひれがついていく。何を以て証拠とするかは難しいが、どれ、技のひとつも見せようか」
そう言って、腰に提げた鞘から剣を抜き放つ。
その剣は、柄と同じ長さの刀身のみを残し、不格好に折れていた。
「──折れた神剣アンダライヴ!」
拳を握り締めながら興奮気味に声を上げるナクルを見て、ルインラインが呆れた顔をする。
「剣の銘まで出回っとるのか……」
「さすが師匠!」
「嬉しくないのう」
辟易した様子で、ルインラインが広いベランダに出る。
「まあ、必要もないのだがな。サービスと行こう」
ルインラインの右手に螺旋状の火が走る。
火は神剣を這い回り、やがて炎の刀身を成した。
「うおおおおおおッ! 炎の神剣、炎の神剣だ! ほ、ほ、本物だ! やべえ! オレ今日死ぬかも!」
「この程度で死ぬでない……」
「いや、わかる。こいつはさすがにカッコいい。よすぎる」
「まさか、カタナ殿まで」
「魔法剣とか、男の子の夢過ぎるだろ……」
「仕方がないのう」
ルインラインが、炎の神剣を上段に構えた。
「──覇ッ!」
一閃。
炎の神剣が虚空を斬り裂き、あまりの剣圧に、体重の軽いナクルがたたらを踏んだ。
轟、と吹き荒れた炎の嵐が、周囲一帯の空気を焦がす。
「す、……ッげ……」
「はー、やれやれ。年は取りたくないのう。一振りで、もう腰が痛いわ」
ルインラインが大儀そうに椅子へと腰掛ける。
「カタナ。それにナクル殿。今のが師匠の奥義である」
ヘレジナが空を指差した。
「あれを見ろ」
言われるままに空を見上げると、
「……は?」
「──……!」
雲が、真っ二つに割れていた。
「ふふん。師匠はすごいだろう!」
「あ、ああ……」
すごすぎて引くレベルだ。
「……これも、魔法?」
「魔法でも魔術でもない、遠当てという技術である」
「ヘレジナもできるのか?」
「……うでのながさくらいなら」
「見栄を張るな、ヘレジナ。その半分にも達しておらんだろう」
「う」
それでも十分すごいとは思う。
ルインラインと比較しなければ、だが。
「すッ……、げえ──ッ!」
ぴょんぴょんとその場で跳ね回りながら、ナクルが大声を張り上げた。
「カタナの兄ちゃんについてきてよかった! ほんと、よかった……!」
「泣くほどか……?」
「な、泣いとらんわ!」
それだけルインラインへの強い憧れがあったのだろう。
「──ああ、そうだ。カタナ殿。〈七番目〉から預かり物があるぞ」
「メルダヌアから?」
にまりと口角を吊り上げたルインラインが、懐から鍵を取り出した。
嫌な予感がする。
「寝室の合い鍵、だそうだ」
「──…………」
「いやあ、カタナ殿はモテるのう!」
あの女、まだ諦めてなかったのか。
ああ、ヘレジナの視線が痛い。
明らかな圧を感じる。
そのとき、選択肢が現れた。
【白】受け取る
【白】受け取らない
自分で決めろってか。
ああ、わかったわかった。
「ナクル。この鍵、メルダヌアに返しといてくれ」
「もったいねえなあ。現地妻ってことにして、キープしときゃあいいのに」
「都合のいい女。都合のいい男。そういう割り切った関係を維持できるほど世間擦れしちゃいねえんだよ。大した恋愛経験も積んでないのに、そっちを知ったら戻れなくなるだろ」
「そんなもんか」
ヘレジナが、密かに触れていた短剣の柄から手を離す。
「──よろしい。妙なことを言い出せば、この場で斬り捨てるところだったぞ」
「こういうのもいるしな」
「……銀琴で殺されかけたってやつ、スゲー納得した」
「だろ」
プルが自然に起きるまで、俺たちは、ルインラインの武勇伝を本人から聞くという贅沢な時間を過ごした。
ナクルの瞳は、ずっと輝きっぱなしだった。
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