3/地竜窟 -1 [羅針盤]
【赤】右足を大きく踏み込む
【白】左足を大きく踏み込む
【青】後ろに跳び退く
【白】その場に屈む
「──ッ!」
選択を済ませると、体が勝手にその場から飛び退く。
左斜め前方から飛来した投げナイフが、今まで俺の頭があった場所をかすめていった。
間一髪だ。
ナイフを投擲した相手の姿が、一瞬だけ視界をよぎる。
「ルインライン、岩陰だ!」
「応!」
折れた神剣の一振りで、岩陰が、岩ごと寸断される。
数秒後、その隙間から赤黒い液体が滲み出し、俺は思わず目を背けた。
慣れなければ。
これが最初ではないし、これが終わりでもない。
振り返れば、夜闇に紛れた無数の屍。
二度目の夜襲は大規模だった。
「……カタナ。あと何人か、わかるか?」
身を挺してプルを護衛していたヘレジナが、油断なく尋ねた。
世界から色が失せ、選択肢が浮かび上がる。
【白】警戒を続ける
【青】二時間ほど休息する
【青】交互に見張りを立て、朝まで睡眠を取る
「──……ふう」
大きく息を吐き、答える。
「大丈夫そうだ。朝までの保証しかできないけどな」
「そうか!」
ルインラインが、折れた神剣を鞘に戻しながら言う。
「油断するな、ヘレジナ。カタナ殿の[羅針盤]とて万能とは限らん。常に最悪の事態を想定する癖をつけろ」
「はい」
[羅針盤]。
俺の選択肢能力に、ルインラインが勝手に付けた名だ。
「少々血生臭くなってしまったな。しばらく進んでから野営の準備をするとしよう」
灯術の明かりが照らし出すのは、岩肌と、深い渓谷。
決して高い山ではないが、急斜面や崖が数多く、足を滑らせれば命はない。
俺たちは、しばらく進んだ先に広く平らな地形を見つけ、そこで野営をすることにした。
「ひっきりなしに刺客が来るおかげで、思ったように進めんな。だが、致命的な遅れではなさそうだ。地図の縮尺が正確であれば、儀式の当日には問題なく間に合うだろう」
「そうか。なら、手伝う甲斐があるってもんだ」
ルインラインが、ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべる。
「ほんに、カタナ殿は、我々にとっての[羅針盤]だのう。襲撃のタイミングを察知し、奇襲さえ封殺できれば、あとは儂が殲滅するのみだ。カタナ殿は、我々が地竜窟まで辿り着けるよう、エル=タナエルが遣わした使者に違いあるまい」
「──…………」
どう答えればいいかわからず、助けを求めるように視線をプルへと向ける。
プルは、揺らめく焚き火の炎を、ただ静かに見つめ続けていた。
「プル」
「……?」
こちらを見る。
「どうした。らしくないぞ」
「……ふへ、へ」
自嘲にも思える笑みをこぼし、プルが再び目を伏せる。
その様子を見かねてか、ヘレジナが口を挟んだ。
「私も、プルさまの様子が気になっていました。傍から見るに、心ここにあらずといった具合で……」
「……そ、その。なんでもない、でっす」
「──…………」
「──……」
ヘレジナと顔を見合わせる。
なんでもない。
そんなはずがない。
「俺たちは馬鹿じゃない。友達が、家族が、落ち込んでいれば嫌でも気付く。そんな嘘で誤魔化せると思ってるのか?」
「……う」
プルが絶句する。
だが、
「カタナ殿。ヘレジナ。そういじめてやるな。プルクト殿にだって、言いたくないことの一つや二つはあるだろう」
「それは……」
そうかもしれない。
正しさを問うのであれば、ルインラインに軍配が上がるだろう。
だが、心配なのだ。
「……もし気が変わったら、私どもに相談ください。私も、カタナも、決して茶化したりはしませんから」
「う、うん。……ありがと、ね」
「──さて、今日はもう寝るとしよう。昨日と同様に、テントはプルクト殿とヘレジナが使うといい。儂とカタナ殿は火の番をしながら野宿だ。構わんか?」
「それでいいよ」
騎竜車があれば野宿は避けられたのだが、いかんせん険しい山道だ。
ないものねだりに意味はない。
この二本の足で、一歩一歩、大地を踏み締めていくしかないだろう。
山道は待ち伏せに有利な地形だ。
歴戦の勇であり、かなりの高精度で敵の気配を看破できるルインラインでさえ、数が多ければ取りこぼすこともあるし、長距離からの射撃には反応が遅れることもある。
ルインラインひとりであればなんとでもなるのだろうが、守るべきはプルなのだ。
そのため、ヘレジナがプルの護衛に回るのだが、先程のように数を頼みに来られると守り切るのは至難の業だ。
だが、俺がいる。
俺の[羅針盤]は、待ち伏せに対し、一方的に有利を取れる能力だ。
相手がどこに隠れ、どのタイミングで奇襲を行うかがわかってしまえば、先手で遠当てを叩き込み、散り散りになった敵を各個撃破するだけでいい。
パラキストリの襲撃は昼に夜にと続いたが、山道を下る頃には人数もまばらとなり、地竜窟のある湿地帯へと至るころには完全に途切れた。
当然だろう。
俺がパラキストリの指揮官でも、こんなところで待ち伏せはさせない。
見通しの良い湿地帯に、身を隠す場所などないのだから。
歩を進めるたび、じわりと滲み出る水に足を取られながら、道なき湿原を行く。
革靴に染み込むぬるい水の感触が不快だった。
「──はあッ、は、はっ……」
「ほら、カタナ。しっかりしろ」
「流転の、……森とッ、はっ、どっちがマシだったか、……なッ」
「軽口が叩けるのであれば、まだ余裕だな。ほら、地竜窟はもう目の前だ」
ヘレジナに手を引かれながら、なんとか顔を上げる。
遥か彼方の丘陵と重なって見えるあの岩山が、地竜窟の入口なのだろう。
もうすぐだ。
もうすぐ辿り着く。
旅路の終わりを喜ぶと共に、帰りも同じ道筋を辿らなければならないことに辟易していると、選択肢が現れた。
【白】そのまま歩く
【白】ヘレジナに礼を言う
【青】後ろを振り返る
【白】プルの様子を窺う
プルの様子は気に掛かるが、青枠があるときは青枠を優先すべきだ。
振り返ると、遠くの空に十数個ほどの点が穿たれていた。
「──なんだ、あれ」
俺の言葉に反応し、全員が背後を振り返る。
「飛竜だ」
「飛竜……」
「まあ、空を飛ぶ騎竜のようなものだ。軍事用に調練されたものだろう」
「そんなことまでわかるのか」
「パラキストリの飛竜騎団と言えば、有名だからな」
「なるほど」
「弓術や魔術の射程外の高度から一方的に攻撃を行う。理に適った戦術だ。……もっとも、私たちに対しては、あまり意味はないのだが」
そうだろうな。
ルインラインが、大儀そうに、折れた神剣を抜き放つ。
「この距離は、ちとつらい──のうッ!」
真一文字に放たれた不可視の剣閃が、数秒後にほとんどの飛竜を撃ち落とす。
「ふむ。二体ほどかすめたか」
この数日で麻痺してたけど、とんでもないことしやがる。
「ヘレジナ、儂は腰が痛い。あと頼む」
「はい、師匠!」
ヘレジナが銀琴を構え、奏でるように光矢を連射する。
青空に二つの花火が上がり、一瞬ののち、爆発音が響いた。
「よし!」
弟子は弟子でとんでもないんだよな、この師弟。
「あれで全部──じゃあ、さすがにないだろうな。他にもいると仮定して動いたほうがいい」
「その通りだ。だが、先遣隊であれ、本隊であれ、以降も無策で突っ込んでくる阿呆揃いではあるまい。次があるとしても、しばし時を空くだろう」
神剣を鞘に収め、ルインラインが俺の腰を叩いた。
「──ほァだッ!」
馬鹿力に思わず仰け反る。
「ほれ行くぞ、やれ行くぞ。地竜窟はすぐそこだ」
叩かれた腰をさすりながら、溜め息を吐く。
相変わらず元気なオッサンだな。
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