1/流転の森 -2 プルとヘレジナ

 上着を広げる。

 あるいは、伏せる。

 選択肢を吟味していると、発見があった。

 赤枠の選択肢から、冷や汗が滲むような嫌な予感がするのだ。

 対して、白には何も感じない。

「信号で考えるなら、赤は危険ってことかな」

 だったら、選べる選択肢は一つだけだ。

「──伏せる」

 そう口にした瞬間、白枠の選択肢が砕け散り、世界に時間と彩りが戻った。

「おわッ!」

 選択は絶対とばかりに、俺の体が勝手に動く。

 すなわち、泉へのダイブだ。

 いやま、ここで伏せるとなればこうなるけどさ!

 文句をつけるべき相手が思い浮かばないため、悶々とした気持ちで顔を上げる。

 瞬間、


 一筋の光が俺の頭上を灼いた。


「は?」

 ほぼ同時に爆発音。

 パラパラと、無数の細かい何かが水面を叩いている。

 光線の向かった先へと視線を向けると、岩壁に、直径三十センチほどの窪みができていた。

「──…………」

 脊髄の代わりに氷柱を差し込まれた気分だった。

 仮に赤枠の選択肢を選んでいたら、あの光の矢がこめかみで爆裂していたのだろうか。

 死ぬだろ、普通に。

 近くで羽を休めていた小鳥が飛び立つのを他人事のように見上げていると、凜とした声が泉の周囲に轟いた。

「貴様、パラキストリの刺客か! よくもプルさまを手込めに!」

「してないしてないしてない! なんで伝言ゲーム一手目から間違うんだよ!」

「この銀琴で顔面に風穴開けてくれるわ!」

 新たに現れたのは、異国の鎧を身に纏った金髪の少女だった。

 機動性を重視したと思われるその鎧は、保護する場所を主な急所に絞っている。

 彼女は、竪琴と見紛うばかりの美しい弓に、光を押し固めたような矢をつがえながら、俺の一挙手一投足を油断なく観察していた。

 魔法か、今の。

 マジか。

 だが、今はそれどころじゃない。

 金髪の少女に向かって、今度こそ自分の上着を広げてみせる。

「ほら、俺のだ。この子が着たら、だぼだぼだろ」

「……ふむん?」

 金髪の少女が、プルと呼ばれた少女へと視線を向ける。

「ぱ、ぱ、ぱんつとか隠してるかも……」

「なんだと!」

「……あー」

 パンツという単語で、遅まきながら、ようやく点と点とが繋がった。

 プルはここで水浴びをしていて、今は一糸纏わぬ状態なのだろう。

 そこに怪しい男が唐突に現れたものだから、警戒心MAXのパニック状態というわけだ。

「やはり盗んだのだな、プルさまの下着を! よりにもよってお気に入りのフリルマシマシを!」

「な、な、なんでヘレジナがわたしのぱんつ……」

「プルさまはよく転ぶので」

「ふぎゃ……」

 愉快な二人組だ。

 俺は、軽く両手を挙げながら言った。

「ほら、持ち物検査でもなんでもしろ。何も出なかったら潔白ってことでいいな?」

「──…………」

 金髪の少女──ヘレジナが軽く思案し、頷いた。

「いいだろう」

 よし。

 覗きの疑いもあったが、ひとまずは誤魔化せそうだ。

「まあ、プルさまの早とちりのような気もしてきたところだしな」

 よくあることらしい。

 清水を掻き分けながら川岸へと向かい、ヘレジナの前で両腕を挙げてみせる。

 白髪の少女と、金髪の少女。

 西洋のものとも東洋のものともつかない時代錯誤の鎧。

 そして、一瞬で見知らぬ場所へ瞬間移動したという動かしがたい現実。

「──これって、異世界転移ってやつか?」

 そして、あの選択肢は、いわゆるチート能力というものだろうか。

「?」

 俺のボディチェックを行いながら、ヘレジナが小首をかしげる。

「何か言ったか?」

「いや、なんでもない」

 信じたくはない。

 だが、辻褄は合ってしまう。

 この二人から、上手く情報を抜くことができればいいのだが。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

面白いと思った方は、是非高評価をお願い致します

左上の×マークをクリックしたのち、

目次下のおすすめレビュー欄から【+☆☆☆】を【+★★★】にするだけです

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る