2/魔術大学校 -25 礼拝
「でも、思ったよりは礼拝者少ないんだな。銀曜日だし、もっと混み合ってるもんだと思ってた」
「銀曜日はあくまで個人の祈りの日ですから、礼拝者は逆に減るんです」
「そうなんだ」
「それに、ウージスパインは北方大陸の西端である。大陸中央に位置する銀輪教の総本山、パレ・ハラドナから離れれば離れるほど、信仰は薄れていくと聞く。ほら、ドズマなど、見るからに礼拝に行かなそうではないか」
「見た目は関係ねーだろ、見た目は。まあ、礼拝しねえのはそうだけどな。銀曜の夜だって、寝る前にちょいと祈って終わりだ」
ユラが、ぽん、と手を叩く。
「せっかくだから、すこしお祈りしていかない? 銀曜日の祈りも、何度かさぼってしまっていたし……」
銀曜日の祈りは、個人の祈り。
誰もいない場所で一人、月と語らうものだ。
ネルの屋敷であればともかく、騎竜車の旅では、一人の時間を確保するのも難しい。
「そうですね、せっかくだし。ぼくも、大聖堂へ来たのは数ヶ月ぶりですから」
「あちしたちは初めてでし! 霊験あらたかーな感じでしね」
「ぴぃ!」
「ええと……」
事情を知らないドズマとシオニアを横目で気にしながら、尋ねる。
「……礼拝って、どうするんだ?」
教会付きのネルの屋敷に一ヶ月も住んでおいてなんだが、俺は一度も礼拝を行ったことがない。
その暇と余裕がなかったのだ。
「カナト、お前マジか」
さすがのドズマも呆れ顔だ。
「しゃーない、しゃーない。カナト君、東のド田舎出身なんだもんね!」
「あ、うん」
その設定、ちゃんと覚えててくれたのか。
嘘をついていることに、軽く罪悪感を覚える。
「てことは、東端から西端まで、大陸横断してンだな。すげーわ。出身は、ルルドカイオスとか、トートアネマとか、あのあたりか」
「まあ、そんな感じ」
ルルドカイオス、トートアネマは、いずれも北方大陸東端に位置する国だ。
地図を見たことがあるくらいで、どんな国かはさっぱりわからないのだが。
「本来は聖書を手に聖句を読み上げるのだが、今回は簡易礼拝で構うまい。まあ、まずは座れ」
聖堂の長椅子に、七人で腰掛ける。
右隣のシオニアが、両手の指で輪を作ってみせた。
「まず、こうするんだよ。この輪は銀の糸車を表すの」
「銀輪教の紋章も、たしか糸車だったよな」
「そうそう。そして、この輪を胸の中央、心臓の真上に重ねるんだ」
「ふんふん」
「あとは、目を閉じて、心の中で好きな聖句を唱えるだけ。簡単でしょ?」
「聖句って言うのは、聖書の一節とか?」
左隣のユラが、頷く。
「うん。聖書も荷物には入ってるんだけど、カナトは読めないからわからないよね。でも、この言葉は知ってるはず」
ユラが、目を閉じて諳んじる。
「"運命の銀の輪は、あなたの隣人が回す"」
「ああ、知ってる。ユラが、何度も口にしていたから」
「この言葉は、聖句だよ。わたしがいちばん好きな一節なんだ」
そうだったのか。
道理で耳に馴染むわけだ。
「さあさ、祈ってみましょ! お祈りの時間だ!」
「わかった」
胸の前で輪を作り、目を閉じる。
運命の銀の輪は、あなたの隣人が回す。
この聖句がなければ、俺は、あの流転の森で行き倒れていたかもしれない。
そう考えると、なんだか敬虔な気持ちになれた。
ラーイウラでは、この言葉のおかげでひどい目にも遭ったけれど、結局は素晴らしい出会いが俺たちを待っていた。
良くも悪くも俺の銀の輪を回した隣人たちの顔が、次々と脳裏をよぎる。
ルインライン。
ナクル。
メルダヌア。
ウガルデ。
ハイゼル。
ヴィルデ。
アイヴィル。
ゼルセン。
ダアド。
レイバル。
ラングマイア。
エリエ。
ヴェゼル。
アーラーヤ。
ジグ。
そして、ネル。
祈る。
それは、あるいは初めての行為だったかもしれない。
数分ほど没頭して、目を開く。
周囲を見渡すと、既に祈り終わっていたヤーエルヘル、イオタ、ドズマと目が合った。
パレ・ハラドナ出身のユラとヘレジナはともかく、シオニアの祈りが長いのは意外だった。
やがて、全員の祈りが終わり、俺は小さく伸びをした。
「礼拝は、これで終わり?」
「うん、終わり! 次へ行きましょゴーゴーゴー!」
「次もまともだといいんだがな」
「全部まともじゃい!」
イオタが尋ねる。
「次はどこへ行くんですか?」
「次はねー……」
心のドラムロールと共に、シオニアが宣言する。
「ノートカルド広場!」
「まともだったわ」
「前から思ってたんだけど、ドズマってアタシのことなんだと思ってるんだい?」
「言ったら怒るから言わねえ」
「怒っていい?」
「まあまあまあ」
漫才を行う三人を見て皆でくすくす笑いつつ、俺たちは、次の目的地であるノートカルド広場へと向かうのだった。
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