2/魔術大学校 -26 智慧の丘
ノートカルド広場。
スヌズ=カランベ学士像。
北ネウロパニエ大農園。
ノトンボリーガラス植物園。
パニエスト橋下市場。
ア・ポロダクタの大時計。
そして──
「──はい、ここが智慧の丘! ネウロパニエが一望できるでしょ!」
時は既に夕刻を迎え、ネウロパニエのビル群の向こうに太陽が隠れつつある。
「わ、綺麗でしー……!」
「ああ、確かに。わざわざ登ってきた甲斐があるというものだ」
「はー……、ハァ……、で、ですね……」
イオタが膝に手をつき、息を整えながら頷く。
トレーニングを開始したからと言って、すぐさま体力がつくわけもない。
「しッかし、こう巡ってみると、案外名所あんなネウロパニエ」
ドズマの言葉に同意する。
「地元の観光名所なんて、そうそう行かないもんな」
ベンチに腰掛けたユラが、弾む笑顔で口を開いた。
「シオニアさんに感謝、だね。わたし、観光なんて初めてだから、すごく楽しかった」
ハノンでも、遺物三都でも、ラーイウラでも、それどころではなかったものな。
「でっしょー! でしょでしょ! アタシ、この街好きだから。みんなにも好きになってほしかったんだ!」
「ああ、なかなか良い街ではないか。平和で見応えがあるし、住みやすい。スラムなど治安の悪いところもあるが、皆たくましく生きていたしな」
シオニアが、笑顔で言う。
「みんなも卒業まで住むんだから、案内しておかないとね!」
「──…………」
思わず、ユラたちと顔を見合わせる。
どうすべきか。
それは、もう、わかっていた。
「……シオニア」
「なにー?」
「俺が、全優科の査察に来たって話、誰にもしなかったよな」
少なくとも、噂になってはいなかった。
「だってカナト君、秘密にしてって言ってたし」
「──…………」
心が痛む。
あの場面で正直に話す選択肢はなかったにしろ、シオニアを信用していなかったのは確かだ。
だから、俺は、正直に事情を話すことにした。
「……ごめん。あれ、嘘なんだ」
「えー!」
シオニアが目をまるくする。
「カナト君、ひどい! 嘘つき! 女たらし!」
「女たらしはどこから出てきたんだよ……」
「嘘をつくような男は五股するって銀組の教官が言ってた」
「その件は忘れような」
俺も思い出したくなかった。
「──ともあれ、今度こそ本当のことを言うよ」
「もう嘘つかない?」
「つかない」
「お願い権発動!」
「……ここで?」
「うん。ほんとのほんとーに、正直に言ってね」
その瞳の真剣さに、心打たれる。
「わかった」
深く、深く頷き、覚悟と共に口を開いた。
「俺たちは、イオタの護衛だ。イオタの父親であるツィゴニアさんが、暗殺者に狙われている。同じくイオタも標的になっていて、誘拐されかかっているところを助けた縁で校内での護衛を任されることになったんだ。護衛の期限は、ツィゴニアさんがカラスカへ戻る今月末まで。夏休みに入れば、俺たちは、全優科を離れることになる」
「え──」
シオニアが絶句する。
「……なるほどな、そういうわけか。道理で学生離れして強いわけだぜ。読み書きできねーのに銀組に入ってきたのも納得行くわな」
「黙ってて、ごめん」
イオタがすかさずフォローを入れる。
「校内にも暗殺者が入り込んでいて、言うわけにも行かなかったんです。変に不安を煽ってしまうし、気付いていると知られれば標的にされかねないから。もっとも、暗殺者たちはもう引き上げたみたいですけど……」
「そらしゃーねーわ」
ドズマが、納得したように頷いた。
「お、お願い権発動! カナト君たち、卒業まで全優科にいて! せっかく友達になったのに、三週間でお別れなんて、ヤダ!」
「──…………」
ラーイウラで別れたネルの姿が、シオニアに重なって見えた。
「それはさ、できないんだ」
「なんでさ!」
ヘレジナが言葉を引き継ぐ。
「理由はいろいろとあるが、そもそも不可能なのだ」
「不可能って……?」
「金がない。全優科の学費は、聞いた。我々の手持ちでは、四人では一年も通えん。今は、伝手で一時的に通わせてもらっているだけだ」
「そんなあ……」
「それに、私は十四歳ではない」
ドズマが腕を組む。
「まあ、そんな気はしてたよ。ヤーエルヘルに合わせてンだろ、たぶん」
「そういうことだ」
イオタがヘレジナに尋ねた。
「ヘレジナさんって、何歳なんですか? ぼくも知らないや」
「ふふん、聞いて驚くな」
ヘレジナが薄い胸を張る。
「二十二歳だ!」
「──…………」
「──……」
「──…………」
しばしの沈黙ののち、
──驚愕の声が、智慧の丘に響き渡った。
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