2/魔術大学校 -19 自分を卑下するということ

「──ふう」

 息をつく。

「パドロの言葉に嘘がなければ、ひとまず危険は退けられたみたいだな」

「わからんぞ。あれは食えない男だ。油断を誘おうとしているわけでは、恐らくないだろうが」

 パドロは俺たちの実力を評価している。

 油断を誘った程度でどうにかなる相手だとは、最初から思っていないだろう。

「ひとまず戻ろっか。赤葉寮から退学者が出たかどうか、調べておくね」

「わかった。俺は冬華寮のほうで聞き込みをしておくよ。本当にいなくなっていれば、九割くらいは安全と見ていいだろ」

「でしね」

「──…………」

 イオタが、ぽつりと呟いた。

「……カナトさんは、本当にすごいですね。暗殺者が束になっても勝てないだなんて……」

「言ってやれ、言ってやれ。もっと褒めてやれ。変に自己評価が低いのだ、この男は」

 ヘレジナの言葉に苦笑する。

「そういうわけじゃ」

「──…………」

 顔を伏せたまま、イオタが問う。

「……すごくないんですか? カナトさんは、自分のこと、すごくないって思うんですか?」

「まあ、皆が言うほどには」

 自戒と自嘲を込めて、言う。

「……俺は、さ。ほら。ずるいから」

 ヘレジナが呆れ顔をする。

「お前、またそんなこと──」

 イオタが顔を上げる。

 その表情は、くしゃくしゃに歪んでいた。

「ふざけないでください。あなたがすごくないのであれば、ぼくはなんなんですか。ゴミですか。塵ですか。竜の糞ですか。あなたが自分を卑下すればするだけ、ぼくはどんどん惨めになっていく。それを、わかって言ってるんですか」

「──…………」

 思わず、呆然とする。

「……すみません」

 最後にそう言って、イオタが駆け出した。

 寮とは反対の方向へ。

 危ない。

 まだ、デイコスが引き上げたわけではないのだ。

 だが──

 イオタを傷つけた俺に、追い掛ける権利はあるのだろうか。

 追いついて、何を話せばいい。

 言い訳をすればいいのか。

 どうすればいいのかわからなくなったとき、ユラが俺の手を取った。

「……追い掛けてあげて。きっと、カナトにしかできないことがあるから」

「ユラ……」

「ね、師匠?」

 茶目っ気を含んだその言葉に、勇気をもらう。

 俺は、いつだって、この子には勝てないのだ。

「行ってこい」

「慰めてあげてくだし……」

「──ああ!」

 俺は、三人の言葉を背に受けて、駆け出した。

 夜が近い。

 イオタを見失わないように、必死に足を動かす。

 体操術を使うイオタの足は思いのほか速く、追いついたのは、あの第四グラウンドでのことだった。

「──はあッ、は……、はァ……」

 膝に手をつくイオタの背後から、声を掛ける。

「はあ、はァ、ふー……。ようやく、追いついた」

 イオタが、背を向けたまま、口を開いた。

「……ごめん、なさい。守ってもらって、教えてもらって、励ましてもらって。それなのに。それが、なんだか惨めで……」

「──…………」

「あの研究棟で、ぼくは、ヤーエルヘルさんに何も言えなかった。でも、カナトさんは、たったの数言で彼女を笑顔にしてあげた。……それが、悔しかった」

 あのとき、そんなことを考えていたのか。

「でも、カナトさんはぼくの師匠で、とてもすごい人だから。それはそれで、よかった。よかったんです。でも──」

「……俺が、自分を卑下したからか」

「──…………」

「だから、爆発してしまったんだな」

 自分の言うべきことが、伝えるべきことが、理解できた。

 足元の小石を幾つか拾い上げる。

「見ていてくれ」

 イオタがこちらを振り返るのを待って、小石を適当に投げ上げる。

 そして、神眼を発動した。

 適当に投げた小石の軌道を完璧に読み、そのすべてを右の掌中に収める。

「……すごい」

「どうしてこんなことができると思う?」

「わかりません、けど……」

「ハィネスの神眼。そう呼ばれるものが、俺の目に宿っている」

「ハィネスの、神眼?」

「意識すれば、すべてのものがゆっくりに見える。一秒が十秒にも感じられる。だから、できるんだ」

「それ、とんでもないですよ……」

「ああ、とんでもない。天賦の才なら、まだよかったさ。俺は──」

 唇を湿らせ、言葉を継ぐ。

「俺は、別の世界から来た。恐らくは、カガヨウと同じ世界から」

「タナエルの者、ですか?」

「ああ」

「なんとなく、そうじゃないかと思ってました。でも、あのときはシオニアさんがいたから」

「……異世界から来た、なんて、さらに追加で乗せられないだろ?」

「あはは……」

 苦笑するイオタに、続ける。

「元の世界では、俺は、ただの学生だった。体力だって十人並み。当然、強くなんてなかったさ。でも、あるとき──」

 目を閉じ、記憶を掘り起こす。

 最初の記憶を。

「……女の子を、助けたんだ。助けて、たぶん、死んだ」

「死んだ……?」

「不思議だよな。そしたら、この世界に来ていたんだ。最初は死後の世界かと思ったけど、それはどうやら違うみたいで。そして、この世界に転移した俺には、"羅針盤"って能力が宿っていた。ふとしたときに選択肢が見えるんだ。枠の色で、その選択肢を選んだ先の未来がなんとなくわかる。そんな能力」

「すごいじゃないですか」

「すごいよ。本当にすごい。この能力で、ハノンソル・カジノで大勝ちした。とんでもない強敵にも勝てた。ユラを助けることだって、できた。でもさ。それは、俺がすごいんじゃないだろ。能力がすごいだけだ」

「──…………」

「その後、この"羅針盤"は一時的に失われた。そのとき代わりに手に入れたのが、ハィネスの神眼だ。選択肢が出るとき、それを吟味するためなのか、時の流れが緩やかに感じられていた。その部分だけが半端に残ったのだと思う。だからさ」

 そっと、自分の目を指差す。

「この神眼だって、俺のものじゃない。誰かから与えられた、借り物なんだよ」



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